句柄は十人十色 だから惹かれあうの
幌谷魔王
金賞のひよこもみがらまみれなる 岡村知昭
銀賞のひよこ用いる除霊かな 岡村知昭
人間様が付けた価値など、ひよこにとっては何一つわからないのだ。高く評価されたことなど全く知らないまま、ひよこは今日も籾殻にまみれてよちよちと歩く。
一方で、金賞になれなかった銀賞のひよこは除霊術の生贄となってしまった。金賞のひよこと銀賞のひよこを分かつものは、人間様の付けた賞のたった一文字の違いであった。
略奪を終へきみとほき冬の滝 中嶋憲武
あなたを狂いそうなくらい愛していたから奪った。こんなにも近くに君がいるはずなのにどうして君は遠いの。冬の滝の奥に君の欠片を置いてきてしまったよ。
こゑは船となり待春の風に遭ふ 中嶋憲武
船となった声は、待春の風に揉まれながら進んでいく。本当に届けたい人の元には辿りつかないかもしれない。辿り着いたとしても、船は壊れてしまっているかもしれない。作者の声が届けたい誰かにきちんと届いていることを願う。
梨の木を焚けばりんごの匂ひせり 藤本る衣
「んなわけあるかい!」と笑ってしまったが、そういえば私は梨の木を焚いた匂いを嗅いだことがない。もしかしたら本当にりんごの匂いがするかもしれないし、そもそも梨の匂いとりんごの匂いをきちんと判別できるのだろうか。考えれば考えるほど迷宮に入り込んでしまいそうである。
http://oishiinashi.com/ringonasi/ringonasi.htm
ちなみに香りと形がりんごで、味が梨という果物は実在するらしい。
列島はきのふ沈みてそんな雪 藤本る衣
列島が沈んだという歴史に残る一大事も、「そんな」の軽さが加わることで優しい一句になっている。「今日」沈んだ列島のことを考えている人は一体どこにいるのだろう。ひょっとすると列島と一緒に沈んだ人の魂が、優しく降る雪の中で考えているのかもしれない。
薄氷やベンチしなびてゐてまだ木 坂入菜月
ベンチの材料のことを「木材」と捉えることはあっても、「木(森に生えているような)」と捉えることはほとんどない。かつて森に生えていた木が切り取られて形を整えられ、水分が失われてボロボロになっていく流れに作者は生命を感じたのかもしれない。
朝寝してまぶしき部屋や睫毛が疎 坂入菜月
目が覚めた瞬間、目に飛び込んでくる光。部屋の風景。そして瞬きをすれば、視界の上半分で遠慮がちに存在を主張する睫毛。ぼんやりとした睫毛が、朝の眩しさをさらに引き立てている。丁寧な一句。
蝶を追いつづける人工知能の眼 田島健一
悠々と飛ぶ蝶を捉えた不気味な人工知能が一体何を考えているのか、それは人工知能の開発者にも分からないのだ。蝶と人工知能の対比が光る一句。
繰りかえし着る鳥の巣に似た私服 田島健一
たくさん着てクタクタになった洋服をまた着るときの感情は、軒先にある鳥の巣を眺めるような感情なのかもしれない。鳥が巣を離れては帰ってゆくように、人もまた同じ服を何度も着る。
ヒヤシンス意味知らぬまま読む漢字 野住朋可
漢字辞典で漢字を調べると、読みや用例の他にも漢字の意味や成り立ちが載っている。知らない意味が出てくるたびに、熟語としての意味は知っていても漢字そのものの意味を知らないことに気づかされる。作者は一体どの漢字を見てそう思ったのか、少し聞いてみたい。
手を上げるだけの挨拶つばくらめ 野住朋可
手を上げるだけだなんて素っ気ない、と思う人もいるかもしれない。でも本当に気心の知れた相手には、燕の滑空のようにすっと手を上げるだけで十分なのだ。
■坂入菜月 キスをして 10句 ≫読む
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