作品1
心夕集 生駒大祐
春
奥行きに降りこむ雨や花薺
白梅に分厚き夜のかむさりぬ
茗荷竹くさぐさの喩を拒めるは
時のごと菜の花古びゆきたるよ
一睡と芝焼きたるは同じこと
蛤や水を叩けばはねかへる
暁はかならず槇のおぼろかな
海ちぎりとり掌に月日貝
明るしと思へば夜や街の梅
掲げむとして空に置く花篝
夏
蚊遣の香消えゐる波の響きかな
雲は雨後輝かされて冷し葛
荒梅雨は柱のごとく歩み去る
梅雨さんざ活字零して去りにけり
菖蒲伐る仕草をすれば日の暮るる
仮の世の仮の水辺のあめんぼう
夕立は浮きたつものと皿小鉢
夕暮は金魚の旬と昔昔
橘の花に家居の旅心
戦国の世の空蝉は花ならむ
秋
水を汲む時は水あり秋の湖
刈稲の光はあれど散蓮華
夢の日や壁にとんぼの絵がかかり
大空や絵にゆきわたる秋の水
蘭匂ふあそびにつかふ昼もまた
虫籠の中の日暮や爪楊枝
切先がなめらかに菊へとつづく
秋草の世の再見を言ひかはす
描かれて線は草木秋の園
指が引き伸ばす初秋の粗き景
冬
雪の空夜にはつかはれぬ言葉
うすらやみ梟のこゑ疲るるや
冬の雲高遊びして落ちてこず
冬晴れてはや逆光の椿の木
寒林を離れ立つ木も絶えし今
物憂さも冬の渚へ出る程度
かの月もやがて吾がもの蕪蒸
手遊びに似て膝掛に描かれし絵
水の世は凍鶴もまたにぎやかし
真昼から暗むは雨意の帰り花
雑
魚どちのあたま高みに手漕舟
文字散し愉快な紙の上の宵
西国の人とまた会ふ水のあと
鉄は鉄幾たび夜が白むとも
白昼を鯉にまみえし泥煙
漱ぐ汝のうなじも連歌かな
陰日向吉野と聞けば駆け参じ
楡の暮れなづむ南無妙法蓮華
然と見る水無瀬の鳥はあをかりしや
いつやらの季題を君としてしまふ
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