わたしは驢馬に乗って本をうりにゆきたい
聞き手:西原天気
Q●夜景さん、こんばんは。「みみず・ぶっくすBOOKS」のシリーズ、楽しませていただいています。かわいらしい本、ちょっと変わった本。毎回、心躍ります。
夜景●このシリーズはヴィジュアル重視なんです。手に入りにくい他国の本を「良書です」と言ってみても、本当かどうか誰も確かめられないでしょう? それで写真を多めにして、みんなそれぞれに俳句を愉しんでいる様子を中心に紹介できたらいいな、と。
Q●昨年はご自身の本『フラワーズ・カンフー』が出ました。内容やデザインとは別に、私が驚いたのは、上梓後に夜景さん自身が、いろいろな本屋さんに『フラカン』を卸していらっしゃることです。これは当初からのプランなのですか?
夜景●いいえ。でも自宅に届いた在庫を眺めていたら不思議と売りたくなりました。
Q●ああ、そうなんですか。
夜景●これを自己分析すると、なんというか、人類学的所業としかいえない感じで。つまり人類には、目の前に山積みになっているモノを見ると、それを「交換」の糧として旅する習性がある、とでもいうか……。とにかく『フラカン』を売り始めたのは、私自身にとっても思いがけない原始的衝動でした。
Q●夜景さんのブログの句集紹介ブログ記事に並んだ「小さな本屋さん」の数々。どこも素敵ですね。従来の書店とはひと味違う個性的でおシャレな書店が増えていることはなんとなく知っていましたが、「全国にこんなにもたくさんあるんだ」と、ちょっと驚きました。
夜景●あれは「本屋さん・素敵」でネット検索して、まず大まかなリストを作成し、次に各店のオンラインショップや検索画像などから扱っている本の傾向を確認しています。
で、そこから具体的な交渉先を絞り込んでメールを差し上げるわけですが、内容は、(1)『フラカン』の基本情報、(2)著者による紹介、(3)出版社による紹介、(4)著者のさいきんの活動、(5)販売条件を一覧にした上で、ブログに載せている現物写真へのリンクをつけています。
Q●ご自身のプロフィールは?
夜景●略歴・句歴・賞などは書かないですね。訊かれたこともないし。
Q●本の営業であって、自分の営業じゃない。そのへんは潔癖ですね。
夜景●さいきんでは本屋さんの側が「あそこに連絡してみたら?」と教えて下さったりもします。いちばん時間をかけるのは、本屋さんのキャラクターの把握です。なにせ手元の在庫が限られているから、いいなと感じた場所に卸さないと本がなくなってしまう。だからネットで拾える情報は端折らず確かめて、じっくり販路を広げるよう気をつけています。
Q●量が捌(は)ければいいという姿勢ではないんですね。
夜景●その姿勢だと東京偏重になるでしょう? この本は田舎の女の子に触ってみてほしいなというのが素朴な次元としてあるんです。私、自分が田舎育ちなので。
Q●「触る」んですか?
夜景●はい。触ってほしい。私自身、高校生くらいまではお金もないし、おしゃれな思想書とか、きれいなアートブックとか、ほとんどの本はお店でじっと眺めておしまいでした。でも実は、あのとき手に入らなかった本こそが今の自分の嗜好に大きな影響を与えているというのを、ほんと事あるごとに感じるんですよ。
田舎のほうが情報が乏しいからか、それらの本のタイトルや雰囲気を、書物への純粋な憧れを形成してくれたものとして、いまだにちゃんと記憶しているんですね。もちろん買ったり読んだりしていただけるのも、とても嬉しいことですけれど。
Q●なるほど。
夜景●都会以外では『フラカン』をあつかう本屋さん同士が地理的に近くならないよう配慮したりもしています。これは或る本屋さんとご縁をもったら、無粋を避けるために、もうその周辺の本屋さんには営業をかけないという意味です。
Q●その手の仁義はだいじです。
夜景●あと、やってみてわかったのは、新刊・古本を同時にあつかう本屋さんに魅力的な店がとても多いということ。それに気づいてからは古本屋さんもチェックするようになりました。
Q●お聞きしていると、たいへんな労力のように思えます。同時に、事務処理能力も必要です。
夜景●いえ、素敵な本屋さんって必ず「立ってる」から手間はかかりません。それに本をもって飛び込みで一軒一軒を回り、小売りするのは楽しいですし。日本に住んでいたら、きっと週末ごとに本屋さんをリアル行商していたんじゃないかしら。
Q●鴨居羊子に『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』という本があります。「ロバに乗って句集を売りにゆきたい」というわけですね。
夜景●鴨居羊子! 喩えにしても、あまりに畏れ多い……。
Q●そうですか。驢馬は、似合うような気がします。
夜景●あの本は今、ちくま文庫から出ているようですね。初版は三一書房だし、あの表紙だし、すごく格好良かった。ついでに申し上げると私、鴨居玲も、鴨居まさねも好きです。こちらに引っ越すことが決まったとき、鴨居まさねの漫画は日本から持ってきました。『秘書・恵純18歳』の恵純ちゃんが、かわいい。
ともあれ、一対一の出会いや旅が好きな方には、特に行商をオススメしたいです。全国の本屋さんとお話していると「ああ、こんな場所にこんな人がいたんだなあ。そしてみんな素敵に生きているんだなあ」と、いつも感動します。
Q●いい経験ができているということですね。もちろん、積極的にご自分で販路に関わったからこその経験。
夜景●はい。まったく新しい世界でした。
Q●『フラカン』はユニークな句集です。それは内容だけではなく、読者にどう届けようとするかという点でもユニークなのですね。
夜景●そうですか?
Q●通常、句集をつくったら、相当の部数が贈呈にまわり、その残りが手元に残る。大型書店や詩歌専門書店に並ぶ句集もありますが、それはあくまで一部。Amazon経由で売れていく部数も知れています。それが句集上梓後の一般的な流れです。
『フラカン』はそうした「通常」の枠組みをはみだした。日本に住む多くの俳人が思ってもみなかった販売方法を、日本から10,000キロ離れて暮らす夜景さんが軽やかにやってのけたわけです。
夜景●いえ私、ほんとうに何も考えていないだけで。というか、考えていたら、こんな一見大変そうなこと絶対できない。
Q●句集の売り方は、いま大きく変わってきているのかもしれませんね。このまえ「文学フリマ」(文フリ)というイベントに週刊俳句が参加したところ、並べさせてもらった句集が思った以上に売れました。『フラカン』も売り切れ。一般書籍に比べれば微々たる部数ですが、それでも、以前にはなかった販売ロケーションであることにはちがいない。
夜景●文フリ、覗いてみたいですね。
Q●フランスには「文フリ」のようなものはあるのですか?
夜景●文フリのような、プロアマ混じってという形態は存在します。ただ私にはその区別がつきませんが。さいきんも知人が本を出して、それは日本でいう自費出版だったのですけれど、発行元の屋号もあるしアマゾンでも売るしで、外から見ているだけではどれが非商業的マインドの活動なのかわからないなあと実感したばかりです。
Q●プロアマの境界が崩れつつあるのかもしれません。あ、そうだ、機会があれば、文フリで売り子をやってみるといいです。週俳のブースで。
夜景●嬉しい! その時はぜひよろしくお願いいたします。
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