西遠牛乳
せいえん ぎゅうにゅう
4. マラカニアン宮殿
牟礼 鯨
昼から酔っ払っている車屋さんが小学校の先輩だった。
車屋さんは、東京で私が勤務していた会社の取引先でもあり、私がお嬢さんの家庭教師をして高校に受からせた。
夕立あがり。機械油と焼酎の混ざった臭いが立ち籠める車屋さんの野外応接間で、私が寿退社して浜松へ引越すことを告げると
「じゃあ、お別れ会だ」
となった。
引っ越す二日前の夕方、車屋さんの野外応接間を訪ねた。
木梨憲武と同年代の族上がり五人が集まって、酎ハイを氷割で飲んでいた。
車屋さんの店じまいが済むとシラフの私が軽バンを運転して京王線八幡山駅まで酔っ払い達を運んだ。
最初は個人経営の居酒屋で、脳溢血氏が接客業嫌いの店員さんの乳首に触れそうになった。出入禁止になる前に勘定が済んでいた。
日付が変わった。シラフの私が軽バンで酔っ払い達を千歳烏山駅まで輸送した。脳溢血氏は千歳烏山の闇に溶けた。
二次会は老人ホームに似た内装のスナックで、酸っぱいお通しを食べさせられた。
車屋さんは還暦の尻を揉んでいた。
車屋さんの親戚であるファミリーマート氏が「あの尻、見たいか」と私に訊いた。
「いいえ」と応えた。
やはり勘定はいつの間にか終わっていた。
午前二時を回った。鳶職はタクシーに攫われた。
三次会は甲州街道と旧道の間に建つ雑居ビルの三階、ガールズバーとコンビニの悪いところをとって合わせたような店だった。
ファミリーマート氏が山羊顔の女給に「出身どこ」と訊いた。山羊顔の女給は「お米は好きだけど朝食はパン」と応えた。「胸を揉んでもいいか」と訊くと「彼氏がいるの。学生だけど」と答えた。
ファミリーマート氏は「この店は会話が成立しない」と言った。「そうでしょうね」と私は相槌を打った。
車屋さんはこの店で二十年前の恋人以上セフレ未満と再会して胸を揉んでいた。全身イレズミの整備屋さんは白内障の猫を膝の上に載せて遊ばせていた。
ファミリーマート氏が全額支払い、午前四時の松屋に入った。カウンターで四人が一列に並んだ。
「鯨はすげーよ。転職して自分の環境を変えようと思えたんだから。俺は怖えーもん」と全身イレズミの整備屋さんが牛丼をぼろぼろこぼしながら言った。
私は「タイヤ交換みたいなもんですよ」と言った。
ファミリーマート氏は牛皿にソースをかけ過ぎてテーブルを茶色に染めていた。
最後までシラフだった私が軽バンで酔っ払いをそれぞれの自宅へ配送した。
どの家も鈴虫飼つて女ゐて 鈴木真砂女
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