2017-10-15

西遠牛乳 6. オルガン賭博 牟礼鯨

西遠牛乳
せいえん ぎゅうにゅう

6. オルガン賭博

牟礼 鯨



伊那市駅近くに建つビジネスホテルに宿をとった。山に囲まれているため、まだ日没ではないのに薄暮となった。晩飯を食べるため、歩いて坂をおりて駅前のアーケード商店街へ。昭和の下駄履き住宅に個人経営の看板がかかり、シャッターが下りていた。天竜川の河川舟運で伊那が賑わったのは随分と前の話。居酒屋のネオンだけが変に輝く。地元の女子高生たちが逞しい太腿で自転車をこいで道を横切った。

天竜川へ注ぐ小沢川に架かる橋に句碑が建つ。

柳から出て行舟の早さかな 井上井月

橋場歯科という、廃業した歯科医院を改装した居酒屋のガラス戸が開け放たれて、光を川面に投げかけていた。

伊那大橋のたもと、古蹟天竜川船着場の近く、ピンクサロンが入居している煤汚れた狭い区画に、萬里という中華料理屋がある。看板に「ローメン発祥の店」と謳っていた。油で濡れたカウンターに座り、馬心という馬の心臓料理とローメンを頼んだ。ローメンは蒸し麺と羊肉がスープに浸っていて、いくらソースや酢をかけても、どこにもピントのあっていない白黒写真を食べているようだった。

萬里のすぐ近く、権兵衛街道沿いにある珈琲館プリンスは酔客で騒がしかった。羊と馬の脂でぎとぎとになった食道と胃をブレンド珈琲で洗いながら私は『オルガン』の最新号を読んだ。奥のテーブルを陣取る高齢者集団が

「むかしは旅館でおいちょかぶをやった。勝った奴は布団の下に札束を入れて寝た」

「かぶの貸しは会社の経費で払った」

「それに比べればチンチロリンやるなんてかわいいもんだ」

と、じゃりン子チエや麻雀放浪記でしか聞かないような単語を連発しながらフルーツパフェを崩していた。『オルガン』の内容が頭に入ってこなくなった。夜の深さをどこまでも川が盈たす。

川の音の濃い階段よ秋の暮 鯨

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