2020-03-22

【週俳1月2月の俳句を読む】かつていた世界 西川火尖

【週俳1月2月の俳句を読む】
かつていた世界

西川火尖


週刊俳句で1月2月に発表された俳句は、当然ながら新型コロナウイルスの混乱がここまで酷くなる以前の日常で作られた。それを改めて今読むというのは「あの星の光ははるか昔の星の光なんだよ」みたいなものに近いだろうか。

もう少し踏み込んでいえば、原発事故のときのような超えたらもう二度と戻ることのできない線を否応なく超えていく感覚を、私はここ最近ずっとなす術もなく感じている。

もちろん作ることと読むことはこれからも変わらず続いていくし、人によってはまったく俳句とは関係のない出来事なのかもしれませんが、それでも私はこの不可逆的な変化を常にどこかで俳句に関わる出来事として気に留めていくと思う。

さて、では我々がかつていた世界の俳句を読んでいこうと思う。

木守柿ジョンが残らず取ってしまう  山本真也

初富士を駆け下りて来るリンゴかな  同

鮟鱇を獲るぞイエローサブマリン  同

タイトルの「マジカル・ミステリー・ジャパン・ツアー」の元となった映画「マジカル・ミステリー・ツアー」を未視聴のため、ウェブで大体のあらましを確認した。ウィキペディアからの引用では「『マジカル・ミステリー・ツアー』のコンセプトは様々な「普通の」人々(ジョン・レノンの叔父、チャーリーを含む)が観光バスに乗り込んで旅行し、予測できない「マジカル」な冒険をするというものであった」が実際は「マジカル」な冒険は起きないまま無秩序な作品になってしまったという。

しかしこの連作は、いかにも「ジャパン」な季語と、それによって浮き上がるビートルズメンバーの姿がやけにコミカルで、じわじわとマジカルみを感じる連作に仕上がっている。

子守柿を残らず取ってしまうジョンはこれから良くないことに巻き込まれそうであるし、初富士を駆け下りて来るリンゴはすでにマジカルな冒険中という印象である。

そして、それらの句の世界を想像するときは、古い像の粗いカラーフィルム映像のようなイメージで湧きあがり、「ビートルズ」固有のイメージが想像の中でしっかりと確立していることに気づく。

鮟鱇を獲るぞイエローサブマリン」は作中で最も好きな句である。陽気なバンド音楽を演奏しながら海底深くの鮟鱇を獲りに行く、黄色い潜水艦にはみんなが住んでいて、黄色い潜水艦はそのままどんどん海底へ潜っていく、どこまでも陽気であり少し破滅的な雰囲気のする句である。


笑つても笑つても冬プラタナス  細村星一郎

「もしかして」10句より。「笑っても笑っても」どうあっても冬であるというのは、どこかもがいているようにも見えるのだが、それなのにプラタナスの一語で非常に明るい雰囲気が出ており、そこがまた「笑っても」のもがきを引き立てているように思う。

そしてその屈折によって一句全体では瑞々しい雰囲気をまとっている。どこかで波郷句の「プラタナス夜も緑なる夏は来ぬ」を思い出してしまうのはプラタナスと四季という組み合わせだけではなく、その瑞々しさのせいかもしれない。

地吹雪のどこかに電動のところ  同

地吹雪という巨大なメカニズムに電動のアシスト部があるという見方が非常に面白い。これは地吹雪を起こしているのは人であるという見方ではなく、轟々とものすごい音を立て吹いて来る吹雪のありようを、なるべく自然に描写したところ、このような思いに至ったのではないだろうか。

電動の力強く恒常的なイメージが、地吹雪の「機械的」な部分に気づかせ、新鮮なイメージを引き出している。


鶯餅谷保駅降りてすぐ右の  田口茉於

「横顔の耳」10句より。谷保駅は南武線の駅で、東京の中では気取ったところのない街である。「やほ」という地名は実際の谷保を知らなくても、何となく野暮ったいイメージが湧くのではないだろうか。何ということのない景だが、谷保駅という選択がしっかりと句の雰囲気を担っていて、存外緻密に構成されていると感じた。

鶯餅と聞くと俳句的に嬉しくなってしまうのは「街の雨鶯餅がもう出たか 風生」以来の習性かもしれない。弾むような音の流れが心地よい一句。


前田凪子「新都心」10句。都市で働く風景を軽く鋭い切り口で取り上げる10句に不意打ちのような好感と共感を持った。

梅ふふむ有給取得率可視化  前田凪子

有給取得率のグラフ、可視化することによって「見えない」ことに気づく有給と言う概念が、梅ふふむという微かで確実な雰囲気と取り合わされるおかしみ。いや、悲しみ?

蟇出でよ閉じては開くブラウザー  同

Win+Dとか便利なショートカットキーはあるが、ブラウザが邪魔で閉じて、また開いてということをなぜか私も毎日繰り返してしまっている。閉じたブラウザが再び立ち上がるまでの少しの間に差し込まれる「蟇出でよ」という唐突な呼びかけは、いったい何が何だか分からないまま、明日からの私のデスクワークに少しの影響を与えるかもしれない。

クリップひとつかみ放り投げ焼野  同

新都市の外には畑が広がる。まるで事務の種のようなクリップを投げるが当然芽吹くことはない。


山本真也
 マジカル・ミステリー・ジャパン・ツアー 10句 ≫読む
細村星一郎 もしかして 10句 ≫読む
第669号 2019年2月16日
田口茉於 横顔の耳 10句 ≫読む
第670号 2019年2月23日
前田凪子 新都心 10句 ≫読む 

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