2020-04-05

僕の愛する俳人・第2回 不思議な龍太 西村麒麟

僕の愛する俳人・第2回
不思議な龍太

西村麒麟

初出:「ににん」第74号

1. 龍太について

数年前に親しい方から角川書店刊行の飯田龍太全集(全十冊)を譲っていただきました。どの巻にも教科書のように赤鉛筆で線が引いてあり、さらに読み終わった日付が巻末に記されていて、大切に扱われてきた事が伝わってきます。

龍太の世界を深く覗きこもうと思うならば、全句を繰り返し読む事よりも、十冊の全集を読む方が近道かもしれません。龍太の大切にしている美意識は、釣りや石垣などの一見なんでもないようなエッセイにたっぷりと詰め込まれています。龍太が楽しそうに残した、さりげない、なんでもないような話にこそ、大きなヒントを感じます。

2. 俳句の技術とは

龍太には明朗な句が多く、読者を良い気持ちにさせてくれます。確かな技術を感じさせる句もたくさんありますが、その全句を通して読むと、技巧派というイメージは湧きません。もっとほのぼのとした、暖かな印象があります。後ほどまた龍太の俳論に触れますが、次のような言葉があります。
格別、芸などと考え、術と意識することなく、ただただ表現の妙をたのしむことに専心したのではないか。(「月並礼讃」より)
龍太は俳句の技量のようなものが作品の前面に押し出す事を照れ臭いような、嫌味な感じがすると考えていたのではないでしょうか。もしくはそんなものは真の技量ではないとも。

それでも「龍太時代」とまで表現された人ですから、その生涯で飽き飽きするほど「名人」のような呼ばれ方をしてきた事とは想像できます。しかし、どうも全集を読んだ印象では、「巧い」なんて評価に喜ぶ人ではないように思いました。全句集にはやや妙な句や不思議な句がたくさん収録されており、それらの句には上手く説明が出来ないような魅力があります。代表句〈一月の川一月の谷の中〉もそのような一句ではないでしょうか。

そもそも、実作における俳句の技術(巧さ)とは一体どういう事を指すのでしょうか。回答者の数だけ答えがあるような問いですが、僕は例えば次のように考えます。

詠みたい内容を的確に表現する事が出来る。

感動を定型(あるいは破調でも)に上手く嵌め込む能力と言っても良いかもしれません。その能力で言えば龍太は十分上手い作家であると言えます。三十四歳で刊行した第一句集『百戸の谿』の句をいくつか見ていきます。

夏富士のひえびえとして夜をながす  『百戸の谿』

強霜の富士や力を裾までも

露草も露のちからの花ひらく

鰯雲日かげは水の音迅く

代表句の一つ〈春の鳶寄りわかれては高みつつ〉は二十六歳時の作品です。上記の句はどれも詩情と明快さを合わせ持った作品です。当たり前の事を言っても大して面白くはありませんが、青年時代から龍太は高い技術を持った作家聞こえるでしょう。

しかし龍太の魅力はどうも別の部分にあるような気がします。今回はそんな「不思議な龍太」の紹介が出来れば嬉しく思います。

3. 『童眸』

第二句集『童眸』の有名句と言えば

大寒の一戸もかくれなき故郷

雪の峯しづかに春ののぼりゆく

晩年の父母あかつきの山ざくら

等でしょうか、どの句もよく知られている句です。では次にこれらの句はご存知でしょうか?

子の声と翡翠のゆくへ澱みなし

鍬の影するどくあそぶ土の熱

雀歩くたのしさ霜のトタン屋根

豪華な愚かさ夏富士のいただきまで

百姓のおどけ走りに雪嶺湧く

有名句の例として挙げた句と比べると、乱暴な言い方をすればどこか素人らしい句にも見えないでしょうか?結社の句会やカルチャー教室では省略をもっと効かすように、と添削されてしまうかもしれません。例えば「するどくあそぶ」「たのしさ」「豪華な愚かさ」「おどけ」は過剰表現(言い過ぎ)と判断され、よりスマートな形に添削されてしまう可能性がある言葉です。しかし無駄にも見えるその部分こそ必要な表現だったはずです。

4. 『麓の人』から『涼夜』まで

省略が出来そうな表現、詩になるのかあやしい題材などはますます増えていく傾向にあります。細かく拾ってはきりがないのでいくつかご紹介します。

春の湖山脈西をたのしくす 『麓の人』

灼熱の炉の奥やさし雪の夜は

冬の灯の消されてきえる児童の絵 『忘音』

種蒔くひと居ても消えても秋の昼 『春の道』

返り花風吹くたびに夕日澄み 『山の木』

妹の籠のトマトをひとつ食ふ 『涼夜』

呆然としてさはやかに夏の富士 『今昔』

もちろんこの期間にも誰もが知っている名句は詠まれています。〈一月の瀧いんいんと白馬飼ふ〉〈どの子にも涼しく風の吹く日かな〉〈一月の川一月の谷の中〉〈吊鐘のなかの月日も柿の秋〉〈かたつむり甲斐も信濃も雨の中〉等は季節ごとに誰もが思い出す有名句作品です。

それらの名句と上に挙げた句を同時に発表した真意は何でしょうか。古典となり得るような有名句がいくつもある中で、まるで子どもが詠んだような句も収録されています。龍太の句は何度も通して読んでいますが、時々どんな句を詠めば良いのかがわからなくなり事さえがあります。

5. 龍太俳論より

実作の美意識が読み取れるような龍太の文章をいくつかご紹介します。ほんの一部から切り取って引用しますので、気になった方はぜひ全集から全文を読んでいただけたら幸いです。
どうも私には感覚だの個性だのと言ったものは、それだけでは格別な俳句として上等なものとは思われない。そのひとでないと作れまいと思われるうちは、まだ最上級の名作とはなるまい。(「好尚一句」より)
名句は俳人だけの評価で定まるものではない。真の名句とは、俳人以外の人々のこころに響いて共感を得た場合に生まれる。(「俳句の隆盛」)
特に高浜虚子の句を語る文章(「表現としての俳句の面白さ 虚子『五百句』について」)には興味深いものが残っています。多くの虚子の作品を褒めながらも、以下の有名な虚子の句に対しては低評価です。例を挙げてみます。

白牡丹といふといへども紅ほのか

凍蝶の己が魂追うて飛ぶ

爛々と昼の星見え菌生え

一句目、発見に興じ、表現に過信が見える。二句目、表現に重くれがある。三句目、知恵が入っている。というのが評価しない理由です。一般的には指摘された箇所が句の要点ですから龍太の考えは興味深いものです。これらの龍太俳論を踏まえた上で最後の句集『遅速』に注目してみたいと思います。

6. 『遅速』について

飯田龍太の句集は生涯で全十冊。その最後の句集が『遅速』です。この句集の大きなポイントは、自選である事です。つまり最後の句集ではあるけれど、遺句集ではないという点が重要です。他者の目ではなく、龍太自身の選によって編まれた最後の句集となります。『遅速』は六年間の作品の中から二三六句(龍太の句集では三番目に少ない収録数)。捨てた句は八四九句と中々の厳選です。この句集には、技術的な上手さ(巧さ)に重きを置かない龍太の美意識が最も強く表れています。

満月に浮かれ出でしは山ざくら

おのがこゑに溺れてのぼる春の鳥

それぞれの中七は言い過ぎかもしれません。しかし、龍太の詩魂が山桜に、春の鳥になりきっているように見えるところが、これらの句の魅力です。そのやうに考えると、やはり削れない表現なのでしょう。今までの句集は自然と近い距離を感じさせるものでしたが、『遅速』は作者が自然そのものになりきっているような句が特徴的です。

二三匹菜虫をつまみ文化の日

巫女(かんなぎ)のひとりは八重歯菊日和

兼好忌おたまじやくしは蛙の子

座布団のいろのさまざま春隣り

俳句は最短の詩形ですから、省略を利かし完璧な姿を求めがちです。まるでより完璧な刀を造ろうとする刀工のようです。龍太が最後の句集で示した俳句は、完璧な刀とは程遠い作品です。それどころか、木刀のような、生の素材を感じさせるものです。龍太はおそらく、「完璧な刀」が纏う冷たさのようなものを嫌ったのではないでしょうか。俳句は表面的な技術を追求し過ぎると、作品が大理石の彫刻のような冷ややかな印象を纏います。しかし読者の共感の方を重視すると、多くの賛同を得る代わりに表現は「月並」になってしまいます。現代の俳人の多くは「月並」を嫌い、技術面を優遇しがちではないでしょうか。どちらかが俳句の作り方として正しいわけではありません。実に厄介な事ですが、どちらも手放してはならないものなのでしょう。

僕の好きな『遅速』の句をもう少し紹介します。圧倒的に有名なのは〈涼風の一塊として男来る〉ですが、今回は『遅速』ならではと思う句を。

新涼の離れて睦む山と雲

鶏鳴に露のあつまる虚空かな

眠り覚めたる悪相の山ひとつ

露の夜は山が隣家のごとくあり

ひたすらに桃食べてゐる巫女と稚児

耳聡き墓もあるべし鶫鳴く

龍太の句が特に人から愛される理由は、技術と共感のどちらの要素も一句の中に多量に含まれているからではないでしょうか。だから龍太の句はどこか陽だまりのようにあたたかい。〈どの子にも涼しく風の吹く日かな〉という代表句はその事がよく表れている代表句です。

7. 不思議な龍太

僕が愛唱しているちょっと変わった龍太の作品をいくつか紹介させていただきます。龍太は全句集こそ面白い。

肉鍋に男の指も器用な夏 『童眸』

雪光の中に風呂焚く豪華な音 『童眸』

餅搗のこころ浮遊す石だたみ 『麓の人』

ころころと畳に死蛾を掃く少女 『忘音』

鉦叩元関取も老後にて 『山の木』

涼しくてときに羆の話など 『涼夜』

あかつきの湯町を帰る鰻捕り 『今昔』

涼新た傘巻きながら見る山は 『山の影』

精選句集ではちょっと入集しにくいこれらの作品にこそ、龍太の作家としての面白さが惜しみなく出ています。俳句とはこういうものだ、という考えから自由になる事は、熟練の俳人ほど難しくなってきます。龍太のすごさは俳人としての自由度を最後まで失わなかったところではないでしょうか。

8. 最後に

今年の一月、どうしても一月の狐川が見たくなり、山廬を見学させていただきました(もちろん事前に許可をいただいて)。現在の当主の秀實さんが敷地内の丘に案内していただいた日は、目を開けていられないほどの強い風が吹いていました。秀實さんはいきいきとした表情で「これほどの八ヶ岳颪はめったにない、良い時に来たね」と心底面白がっている様子でした。

龍太に対して上手いなんて表現はつまらない、そうじゃない。大きいだとか、新鮮だとかそんな呼び方の方が似合っている。猛烈に吹く八ヶ岳颪を浴びながらそんな事を考えていました。最後に〈一月の川一月の谷の中〉における龍太自身の文章を引用します。
幼児から馴染んだ川に対して、自分の力量をこえた何かが宿し得たように直感したためである。それ以外に作者としては説明しようがない句だ。(『現代俳句全集』第一巻より)
龍太は大きい、その俳句も。

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