2020-04-12

【句集を読む】ほの見ゆるこころ 行方克巳句集『知音』の一句 小沢麻結

【句集を読む】
ほの見ゆるこころ
行方克巳句集『知音』の一句

小沢麻結


暖炉燃ゆこころといふがほの見えて  行方克巳

季題は「暖炉」で冬。昭和六十年作。暖炉で燃える薪の火は、ガスや石油の炎と比べると柔らかく、変化に富んでいる。薪が燃え出した時の勢いの良さ、また時折爆ぜると火花が跳ねて大きく炎が揺ぎ、その陰影が部屋に映って踊ったりする。かと思えば燃え尽きそうに弱く暗むから、すぐさま薪を継いだりする。

暖炉の前で、火をみつめていると飽きることがない。薪にとりつく炎は生き物のように、勢いが強くなったり弱くなったりして、姿がとどまらない。まるで言葉を発するかに耳にというよりも、その動きで心に直接語り掛けてくるようだ。無心に見入っているうちに心はほぐれていく。それは寒さを感じていた身体が温まってゆくのと同時に起きるから無意識のうちに生じる心の変化である。時間がゆっくりと流れるのも暖炉という暖房器具の持つ味わいだ。季題が効果的である。

掲句の場合の「こころ」とは作者自身ではなく、その場に共にいる傍らの人の「こころ」だ。最初は当り障りのない話をしていたのだが、暖炉に当りながら過ごすうちにくつろぎ、言葉より雄弁なコミュニケーションが生じた。ふと相手の心底がほのかに見えたような気がしたのだ。それは普段言葉にされることのない作者へ寄せる相手の気持ち。人のこころは目には見えないし、本音はなかなか知り得ないものである。話される言葉でさえ、真実を常に伝えているとは限らないのだ。だが薪を呑み込み、揺れながら姿を変える炎のように、一瞬だが確かに作者の心に触れてきた相手の感情があった。

「えっ」、「もしかして」、作者の心は不意を食らって驚き逸る。けれど賢明に、気付かぬ様子で何気ない会話を続ける作者である。火の揺らめきは恋の駆け引きのようだ。平静を装いながら作者の気持ちも揺れている。燃え始めたばかりの小さな炎は、手を翳すように大切に見守り育てなければちょっとした風にもかき消えてしまう。思わせぶりな表現が読み手の想像を誘い、心に残る一句である。

行方克巳句集『知音』昭和六十二年(1987年)/卯辰山文庫

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