成分表90
偽マキロン
上田信治
(「里」2022年8月号・改稿)
消毒薬で有名な「マキロン」にはそっくり商品があって、白い容器に青い蓋の外見がそっくりなだけでなく、成分がほとんど同じで、しかもずいぶん安い。
ドラッグストアでは並べて売られているので、うちでは「マキロン買ってきて。あ、偽のほうね」とか「偽マキロン買ってきたよ」とカジュアルに呼びならわされている。
もう本物の「マキロン」を買う人は、よほどちゃんとしたことが好きな人か、偽マキロンを知らない人だけだろう。
○
江ノ島のお土産は「貝最中」が美味しいのだけれど、売っている店が二軒ある。
江ノ島神社につづく参道の上のほうと下のほうにあるその二軒は、支店とかではなく全く別の店で、たぶん下の店の「貝最中」が本物というかオリジナルだ。
名称も下の店が「貝最中」を名乗っているし、店構えとか包装から、それは何となく分かる(味も美味しい)。
しかし、お土産は観光や参拝をすませて帰りに買う人が多いから、神社に近い上の店が有利で、下の店がだいぶ不利なのは気の毒としか言いようがない。
甲州土産の「信玄餅」の場合、いま「信玄餅」を名乗って売っているのは後発の会社で、そっちが先に商標登録をしてしまったというから、これもひどい。本家のほうはしかたなく「桔梗信玄餅」という名前で売っている。
そういう「悪い爺さん」のような会社があることは、この世のふざけた一面である。
○
カッコウやホトトギスは、託卵の性質で知られている。
托卵される側から見れば本当にひどい。カタツムリやカマキリの寄生虫が、宿主をあやつって奇妙な行動をとらせることも、やり過ぎだと思う。
托卵され寄生される側からすれば、なぜ自然界にそんな「悪意」が存在するのか、わけが分からないだろう。
○
観光地の名物菓子にそっくりさんが生まれるのは、土産物に雑に買われる宿命があるからだ。そこに、そっくりな二番手が生きていけるニッチ(生態学的隙間)が生じる。
生命が、生きていくという絶対的な使命に従って、なりふり構わず出来ることをしているうちに、託卵や寄生という方法にたどりついた一族がいるわけだ。
キリンの首が長くなったのは、彼らしか食べられない高所にも葉っぱがあるからだろうけれど、それと同様に「だまされる馬鹿がいるから」と言わんばかりの進化を遂げた「悪い」動物や人間集団がある。
つまり「悪」は、生命現象の一部として、この世にゴキゲンに存在している。これは、悪魔はもともと神の一部だ、というような話だ。
そういえば「いい」会社と呼ぶべき会社も確かにあって、この世に苦しげに存在している。
悪い会社は、自分たちが例外的に「悪い」ことで生じるニッチを謳歌し、いい会社は、自分たちだけが「善くあること」の苦しさに耐えている。
その不公平について、制度設計者である神様は、たぶん、人間がなんとかするだろうとしか、思っていない。
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