言葉を使って、言葉のある世界を
小笠原鳥類
生野幸吉・檜山哲彦編『ドイツ名詩選』(岩波文庫、1993)の、檜山哲彦訳、ボブロフスキー「つねに名付けること」(299ページ、301ページ)から
「つねに名付けること、
木を、飛ぶ鳥を、」
テレビが、ワニのようだ(いつでも昆布が、ペンギンを待っている)
「緑に流れる川の
赤らむ岩を、」
ケーキ(と、マヨネーズ)が、イカを思いながら、クリームになりたいものだ・布とエイ(軟骨、)
「森越しに夕闇が降りてくるとき
しろい煙につつまれる魚を。」
ドラマと電気を出すウナギ(でんきうなぎ)と、歌(楽譜が金属のように鳩と、ペリカンと、みみずく・むささび・むささび)
「記号、色、それはひとつの
賭け。ぼくは考えこんでしまう、」
学校は机だ(トカゲだ)花だ。オルガンと水槽が並んでいるアザラシだ、上が緑色になっている。
「ぴったりうまく
けりがつかないかもしれない。」
映画で見た楽器とクラリネットが、歩いているアコーディオンであるだろうエビ。機械と、砂と、いろいろな金魚、
「だれが教えてくれるだろう?
ぼくが忘れてしまったことを。石たちの
眠り、飛ぶ鳥たちの」
ヒトデ。いそぎんちゃく
「眠り、木々の
眠り、――暗闇に
それらの話し声がするのに――?」
畳をボールと透明になったような(テニスをしながら、であるような)気持ちで気持ちで、見るだろう。蛙というものカモメというもの
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