2026-09-20

柴田千晶【俳句の沃土】おがみばあば

【俳句の沃土】
おがみばあば

柴田千晶


おがみばあばの傾ぎし家の夕化粧  井上さち

井上さちの第一句集『巴里は未だ』(2018年/文學の森)は軽やかな句集だ。さちさんは、農家の暮らしの中で出会った人や動物たち、自然や事象をしなやかな文体で詠んでいる。農作業のリアルな手触りを大切に、五感で捉えた驚きを、詩の言葉に定着させている。その特徴は、多用される独特なオノマトペにある。

りるらりるらと春の地下鉄は

梅の風ころりんしゃんと逝きし人

春の水かぷかぷかぷかぷと子犬

ばたこばたこと日永の耕耘機

夏の霜とんすうとんと運ぶ筆

ごりりごりりと断つツイードや秋深し

ガムランのるろんらるろん雨の月

「りるらりるら」という明るい響きの春の地下鉄。「ころりんしゃん」とあっけなく逝ってしまった人。「かぷかぷかぷかぷ」と無心に水を飲む犬の可愛らしさ。「ばたこばたこ」という耕耘機の長閑さ。書道の筆の運びを音で表すと、「とんすうとん」確かにこんな感じ。厚い布を裁つ鋏の「ごりりごりり」という手応え。ガムランの音と雨音が混じり合って生まれた「るろんらるろん」という異国の音。さちさんのオノマトペは、音の余韻が空間に広がってゆくような大らかさがある。

オノマトペの句以外にも、魅力的な句がたくさんある。  

小鳥抱くように夫の手に無花果

太陽やゴッホの描いたようなる蛾

蔵見せて欲しいと男昼の月

父のいない父の体や秋気澄む

夕日の粉振り撒いて行く狐の尾

小鳥を両手で包む時の幽かな力の要れ具合、ゴッホが描いたような大胆な蛾の羽の模様、蔵は女性の胎内。昼の月がそう思わせる。魂が抜けた後の父の体、夕日の中を帰ってゆく狐。どの句も独創的。

これらの句の間に、ときおり登場する「おがみばあば」という人物がいる。

おがみばあばの傾ぎし家の夕化粧

「おがみばあば」は、拝み屋のことだろうか。あの世とこの世を繋ぐ人。傾いた廃屋のような家に咲く夕化粧が妖しい。

私の母の郷里、秋田にも口寄せや透視、祈禱などをする老女がいた。田舎の人たちは「オミヨさん」と呼んでいた。

茸採りに出かけた叔父が、夜になっても戻らなかった時のこと。心配する叔母に、オミヨさんは「白い狐がもう迎えに行ってる。大丈夫だ」と言った。翌朝、白い猫(狐?)に導かれて、叔父は無事山を下りてきた。

「おがみばあば」もそんな存在なのだろう。句集の頁を捲ってゆくと、「おがみばあば」の家の様子が少しずつ変化してゆく。

曼珠沙華おがみばあばは今日も留守

おがみばあばの家に貼り紙かじけ猫

おがみばあばの家は更地や赤とんぼ

この世とあの世の間に、忽然と姿を消してしまった「おがみばあば」。この句集には、さちさんと「おがみばあば」、生者と死者の二つの時間が流れている。

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