三鬼賞本気ハッ句〔前編〕
稲葉航 川北聡司 西園寺Q太郎 沼野晴人
俳句個人誌『なるほど』創刊号(2025年11月)
※転載に合わせて微修正
二人組の銀行強盗はあまり好ましくない。二人で顔を突き合わせていれば、いずれどちらかが癇癪を起こすに決まっている。縁起も悪い。たとえば、ブッチとサンダンスは銃を持った保安官たちに包囲されたし、トムとジェリーは仲が良くても喧嘩する。三人組はそれに比べれば悪くない。三本の矢。文殊の知恵。悪くないが、最適でもない。三角形は安定しているが、逆さにするとアンバランスだ。それに、三人乗りの車はあまり見かけない。逃走車に三人乗るのも四人乗るのも同じならば、四人のほうが良い。五人だと窮屈だ。というわけで銀行強盗は四人いる。伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』(祥伝社、二〇〇三年)より
西東三鬼(一九〇〇~一九六二)の生まれた岡山県津山市が主催する西東三鬼賞。
二〇二五年で第三十三回を迎える歴史ある俳句賞である。
今宵俳句を愛する四人が集まった。
◆第一夜(二〇二五年某月某日)
?●お集まりいただき、ありがとうございます。三鬼賞の大賞は一句五十万円の賞金が贈られます。皆で五十万円を目指しましょう!
?●いいよ。十二万五千円ずつの山分けでどうでしょう。
?●わろた。やろう。
?●五十万円はでかい~。
?●最初にお名前だけいただけますか。
?●西東三鬼に因んだ方がよければ、南北四鬼とか。
?●駄目。
川●川北聡司、でいきます!
?●お早い!実直な句を作りそう。
Q●では、西園寺Q太郎でいきます。
沼●華族だ。私は沼野晴人でお願いします。
稲●難しいですね。稲葉航でいきます。
沼●ありがとうございます。では、本当に捕らぬ狸の皮算用かもしれないのですが、事前に山分けについて相談しておきましょう。平等に十二万五千円ずつもいいと思うのですが、作者にインセンティブがあってもいいかなと思っています。
Q●ちなみに秀逸は二万円です。
沼●なるほど。作者は二十万円、残りの三人は十万円ずつでどうでしょう。秀逸は作者総取りとしましょうか。
稲・川・Q●賛成です。
沼●二十万円あったら何したいですか。私は津山市に御礼参りに行こうかな。
川●ピアノを買います。
Q●今度こそ笙を買おうかな。
稲●じゃあギターを買います。
沼●音楽隊を引き連れて、津山市に御礼参り。決まりました。
川●ピアノ一切弾けないです。
稲●ムード盛り上げ楽団として。
沼●素敵!では、山分けについても決まったので、次回ミーティングでは、西東三鬼賞を「ハッ句」しましょう。
◆第二夜(二〇二五年某月某日)
沼●最終目標は、西東三鬼賞で誰か一人が一等を獲ることです。
そのためには、西東三鬼賞を攻略する必要があるんですけれど、だからと言って最初からそこに飛びつくとちょっと品がないなと思いまして。
川●品の問題なんだ。
沼●はい、なのでまずはちょっとだけだけれど、西東三鬼を知ろうというところから始めようと思います。『西東三鬼全句集』(角川ソフィア文庫)の自句自解百句から好きな句を選んでの句会をしましょう。便宜上掲載順に私が番号を振りました。特選一句、並選五句、いいなと思った自解一句で選を御願いします。
~選句中~
沼●ありがとうございます。選句結果はこちらです。
川●特選が重なることあるんだ。
沼●ですねえ。で、番号の若い順に句会をしてもいいんですけれど、点数順でしようかなと思います。少し立ち戻るのですが、今回自句自解を選んだのは、三鬼の俳句(韻文)そのものだけでなく、俳句観(散文)も伺えるかなと思って、最終目標の「三鬼賞ハッ句」につなげやすいかなと思いました。作者に作者の句を語らせるということは、ナンセンスなところもあるかもしれないんですけれど、でも私は結構読み物としても好きですね。ふらんす堂のシリーズ自句自解シリーズとかも。さて、選句結果はこちらのとおりです。
6 白馬を少女瀆れて下りにけむ 川(並)
10 算術の少年しのび泣けり夏 沼(自解)
20 空港の硝子の部屋につめたき手 Q(並)
25 冬園に哭けり十箇の爪光る 川(並)
31 冷房の時計時計の時おなじ 川(自解)
41 雷と花帰りし兵にわが訊かず 川(並)
42 月夜少女小公園の木の股に 稲(並)
43 寒き窓きちがひ少女失はず Q(自解)
47 滝の前処女青蜜柑吸ひ吸へといふ 稲(並)
51 国飢えたりわれも立ち見る冬の虹 稲(自解)
55 志賀直哉あゆみし道の蝸牛 稲(特)・Q(並)
60 中年や遠くみのれる夜の桃 Q(特)・沼(特)・川(並)
62 朝の飢ラジオの琴の絶えしより 稲(並)
64 穀象の一匹だにも振り向かず 沼(並)
66 餓えてみな親しや野分遠くより Q(並)
72 舞の面われに向くとき秋の夜 稲(並)
74 枯蓮のうごく時来てみなうごく 沼(並)
75 露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す Q(並)
81 冬浜に沖を見る子のいつかなし 川(特)
84 嚔また嚔や合の米ひかる 稲(並)
87 火事赤し一つの強き星の下 川(並)・沼(並)
97 黒蝶は何の天使ぞ誕生日 沼(並)
99 広島や卵食ふ時口ひらく Q(並)・沼(並)
沼●では句会に戻りまして、Q太郎さんと沼野の特選と、川北さんの並選の60番から参りましょう。
60 中年や遠くみのれる夜の桃
Q●中年を詠み込むのって、場合によってはすごいグロテスクになりかねないんですけれど、この句はそれがすっと嫌味がなくできている。遠く実る夜の桃の豊かさのお陰で、「中年や」って始まるんだけれども、その中年があんまり臭くない。この感じがちょっといいかなと思いましたね。
沼●ありがとうございます。私もほぼ同意見です。「中年」という扱いづらい言葉を、抒情を持ってその自分自身を詠めている。「桃」にも「夜」にも官能的なイメージがあるんだけれど、それが遠いってところバランスを保つことができているなと思いました。巧い句です。あと、一方で自分である中年ではなく、寧ろ他者である少女を詠んでいる句は自句自解のなかにも多かったんですけれど、面白いと思ったり、なんだかちょっと嫌な甘ったるさを感じたりしました。それと比べても、この「中年や」の句のバランスはすごく良かった。最近、老いにについてやや考えることもあり、いい歳の重ね方をしたいなと思う場面が多くて、そういう私自身の感慨も込めて、いただきました。
Q●老いは難しい。
沼●本当にそうですね。では川北さん、御願いします。
川●三十代も中盤に差し掛かると、老いというものが、身体のピークとその下り坂がやっと見える。
Q●やっと人生無限じゃないことに気づいた。
川●そうそう。「中年や」って多分もうだいぶ前にこのピークを経験している。自解の方でもそういうことを言っていた気がする。中年というのは一日で言えば夕方であるみたいな。
沼●「午後四時頃だ」と言っていますね。
川●「夜の桃」っていうのは更にその午後四時の先にあるということが、自解を通して見えてきて、すごく面白かったです。作中主体が自分は今中年で、どんどん老いが見えて来る。でも見据えた先に見えるのは、遠くで実っている夜の桃であって、うっすらと明るいことが分かるような存在。死は単純な身体の老いではなく、もっとこう象徴的に自分
の中での時間の先にあるものが浮かび上がってくるような感じがして、面白かったですね。
沼●ありがとうございます。
Q●私は句単体から自分で読み取ってみたけれど、川北さんの自解を踏まえての選評を聞くと、更に納得感が増しました。
川●自解、めっちゃ面白かったな。
沼●取らずの弁というところでお聞きしたいのですが、稲葉さんはこの句をどう読みましたか。
稲●私もいい句だと思いました。見えていないものを見えているような書き方をするということは、爽波でもあるというか、見えないものを見たいように書いている。この桃が、さっき川北さんも言っていたように、薄灯りの灯っている感じもある。桃のこれまでのイメージと比べると、「中年」と取り合わされているからか、希望なんだけれど希望すぎないというか、中立な単語のように見えるのも面白かったです。整っている句であるから自分が取らなくてもいいかなと選には入れませんでした。良くできている句。一方で作ろうと思っても作れない。
沼●ありがとうございます。
川●どうなんですかね。この一句、西東三鬼賞に値しますか?
沼●ん?
Q●この句を三鬼が作らなかった世界線で、もし三鬼賞に応募したときに、果たして獲れるのか。
川●ちょっと象徴度が高い気がする。
稲●もっとパンチがあった方がいいのかな。でもいいラインの句ですね、これ。伝わりやすさもある。
Q●まだ受賞作研究をしていないけれど、抽象度が高いと嫌われるのかな。そんなこともない気もする。
川●飛ばすにしても、抽象度の方で飛ばすというよりは、名詞と名詞との関係値でより鮮やかに見せるみたいな印象でした。
Q●受賞作研究が楽しみですね。
沼●ありがとうございます。確かこの句はすごく獲ってもおかしくないけれど、なんだかサラっと流れてしまうかもしれませんね。単語自体にパンチがあるわけではないからかな。西東三鬼は三鬼賞を獲れるのかっていう視点、面白い。
稲●「パンチがないけれど、とても印象に残る句」って、この百句を通して意外と少ない気がしました。この句はずっと覚えていられる気がする。
沼●いい句ですよね。さて、三鬼賞には一人五句提出できるので、パンチはないけれども印象に残る句とか、派手な句とか、色々な句を取り揃えていただけたらと思います。では続いて、稲葉さんの特選、Q太郎さんの並選です。
55 志賀直哉あゆみし道の蝸牛
稲●私はあまり文学者に詳しくないんですけれど、だからこそ誰でも良さそうに思うけれど、三鬼にとっては絶対志賀直哉なんだろうなというこの上五が面白く感じました。私は現に『暗夜行路』くらいしか知りません。だからたとえば森鷗外とかでも良さそうに思う。けれど志賀直哉が動かない感じが愛せる。置き換えられそうだけれど、志賀直哉としているところに作者のリアルな実感があって、ブサカワみたいな感じがしました。
沼●ブサカワ?
Q●ブサカワ?
川●ブサカワ?
稲●えっと、隙のあるような上五がかえって愛おしいという意味です(笑)。蝸牛で着地するのも穏やかで、切れがない形で良いと思い、いただきました。
沼●ありがとうございます。続いてQ太郎さんお願いします。
Q●私も特選にするか悩みました。「あゆみし道の蝸牛」は普通に上手い。道があって歩いていくという言葉のイメージから、「蝸牛」が出て来た瞬間に、その歩みがにゅーんって、ゆっくりになるみたいなイメージの転換とか上手い。で、問題はその上五で何を言うかということになるが、それこそ人間の名前なら何でも成立しちゃいそうな気がする。私も志賀直哉の作品を読み込んでいないから分からないけれど、蝸牛に関係するものがあるのかないのか分からない。稲葉さんの評にも出て来たように、他の人物でもいけそうだからこそむしろ逆に作者の偏愛みたいなものがうっすら逆説的に浮かび上がってくるのが面白い。辻褄が合いすぎると誰でも作れる句になるけれど、理論的にはここが志賀直哉であることの辻褄がないことによって、その人にしか出せない句になっている。分からないけれど、西東三鬼あたりの世代からしたら、志賀直哉って結構憧れの存在なのかもしれない。あんまり世代が戻りすぎると、だいぶ体感のない、歴史史上の文学者みたいになっちゃう。志賀直哉のチョイスはとてもリアル。
川●自解で「尊敬する」ということを書いていた。
Q●自解にも書いてあったんだね。以上です。
沼●ありがとうございます。
Q●我々もさ、「夏目漱石を敬愛しています」というより、「平野啓一郎を敬愛しています」と言った方が、実感というか熱を感じる。
沼●わかりやすい喩えをいただきました。それでは続いて、川北さんと沼野の並選です。星の「した」かな「もと」かな、ちらだろう。
87 火事赤し一つの強き星の下
川●やっぱり景が鮮烈で良かったですね。真っ赤な火事が一つ、地面の方で上がっていて、その上に一つ強い星があるっていう、まず景がすごい美しかった。凄惨な光景ではあるんだけれど美しかった。あと、「輝いている星」とか光についての表現は他にもあるような気がするなかで、「強い星」っていう表現、面白かったです。三鬼の句については、見えない力関係が看破してるような印象があって、火事が起こっている地面を圧迫するかのような星なのかなと感じました。凄惨なはずの火事が、星の光によって矮小化するというか。むしろ火事によって星の強さを改めて思い出したかのような印象でした。加えて「一つ」っていう表現もすごいと思いましたね。
沼●ありがとうございます。さっきの特選の「60 中年や遠くみのれる夜の桃」は奥行きの句だと思ったんですね。それに対して、87は上下の空間の使い方がすごいと思いました。あとはまだ川北さんが言ってないことだと、この詠み方が良いかはさておいて、なんかある種の運命みたいなのを「その星の下に生まれた」という言い方があると思うのですが、そういうドラマチックさを感じました。だから火事はやっぱり悲惨なことなんだけれども、ただの一つの事象みたいな俯瞰した捉え方が、この句の大きな捉え方と合っていると思いました。以上です。
Q●この句、私もいただこうか悩んでいて、「66 餓えてみな親しや野分遠くより」と悩んで、66にしました。「強き」はやっぱり言えそうで言えない。
沼●ありがとうございます。続いて、Q太郎さんと沼野の並選です。
99 広島や卵食ふ時口ひらく
Q●「広島や」が色々なことを象徴している。そこに中七下五の妙なシュールさというか滑稽さがあることで、「広島」っていう言葉を、過度に悲しくもさせず、可笑しくもさせず、妙な距離感にあるところが結構面白い言葉の繋がりだなと思いましたね。これも私は自句自解をあまり読まないようにして選んだから、三鬼が何を言っているか分かんないけれど、言葉の距離感が面白かったです。
沼●ありがとうございます。私もこれいただいたんですけれど、色々な本を読んでいたら、「廣島」表記のものも見かけましたということが一つ。だからどうということでもないんですけれど。
川●旧字から新字に移行したのは第二次世界大戦後だからちょうとその切り替わりの時期だったのかもしれませんね。
沼●なるほど!ありがとうございます。あとは今回自句自解の「うでてつるつるした卵」という評を読むまで、ずっと「生卵」だと思っていたんです。生命の根源により近い生卵を割って飲み干すという句だったので驚きました。『神戸』にもこの句のことは出て来ますし、面白いので是非読んでみてください。
川●「玉子」ではなく「卵」の字だから、余計に生卵かと思うかもしれませんね。
沼●なるほど!納得しました。とはいえ、「広島や玉子食ふ時口ひらく」だと、ダメだと思うんですけれど、「卵」の字に誘われて「生卵」だと思ったのかもしれません。この句を初めて読んだときから一枚のシュールレアリスムっぽい絵が頭のなかに浮かんでいて、画面の下の方に口を開けてる人間、画面の真ん中の方に卵が割れていて、下に落ちているところ。背景には原爆のキノコ雲が上がっている。この絵がずっと強烈なイメージで、生命の生々しい力強さにずっと惹かれています。以上です。さて、続いて川北さんの特選です。御願いします。
81 冬浜に沖を見る子のいつかなし
川●下五はいつの間にかいなくなっていたってことだと思うんですけれど、自解の方で、「それだけのことである」と書いてあったのが、かっこいいと思って。本当にそれだけのことだということに、感銘を受けました。結構私の好みな感じの句でもあるんですけれど、子供が沖を見ていて、それをある時点で自分も見ていた。なんなら僕も一緒に子供と一緒に沖を見ていたみたいな、そういう距離感だと思う。それがふっと目をそらしている間にいなくなっていた。「いつか」って言っているくらいだから、そこにはタイムスパンが多少あるはずで、いなくなったっていうことを認識した瞬間に、さっきまでいた瞬間の時間もまた自分の中で思い出される。その間、海は波を揺らしたり輝かせたりしていて、形を変えていて、自分の中での子どもについての何ということもない軽い記憶と今の自分との考えの時間の距離感とかもすごい僕は好きでした。沼野さんがさっき火事の句で距離感の話をしていたように、私も距離感が鮮やかに見える句が三鬼のなかでもとても好きだなと思いましたね。この句も、作中主体、子ども、沖という三点が、空間上で一直線上にあり、かつ、過去の自分、過去の子供、みたいな、時間のなかでも三角形関係みたいなところまでこう結構複雑に見えてくる感じがする。一方で述べ方は、「いつかなし」という手放しな感じであって、自解も「それだけのことである」と言い切れるような素っ気なさがあって、私はとても好きだったんだなあ。でも、もういなくなっちゃったね。
稲●昔の恋人の話をしているみたい。
沼●二人は別れちゃったんだよね。
川●そう、三鬼はもういないんです。賞になっちゃった。
Q●俳人は、死ぬとたまに賞になる(?)。
沼●私はとても誤読していて、「いつ悲し」だとずっと思っていました。
川●そこは読みが読者によって割れるかもしれません。
稲●「沖を見る」がゆったりした感じがあって、それが急に「いつかなし」タイムスパンが切り替わった感じがして、いいですね。
沼●三鬼の良さを知ることを超えて、我々は三鬼賞を獲るという意味でいうと……
川●これは獲れないね。
沼●いい句なんですけれどね。
川●だって前回の三十二回では、「全て空に放ち風船売り辞める」(西田克憲)が大賞でしょう。派手さが要るね。
沼●ここからは並選をさくさく行きましょうか。続いて川北さんの並選です。
6 白馬を少女瀆れて下りにけむ
川●「少女」は「おとめ」の読み方もありかなと思っています。で、目の前には少女がいて、少し変な汚れ方をしている。「けむ」が過去の推量であることからして、「きっと、ああ、そこらへんにいる白馬に乗って、汚れたんだろうな」と想像した句だと思いました。この乙女に対する心寄せみたいなのが、おじさんすぎるはすぎるんだけれど。
沼●ごめんなさい、これはちょっと気持ち悪さの方が勝つかもしれない……(笑)。
川●三鬼、全体的にちょっとおじさんすぎるところはあります。でもこれは結構面白かった。目を離せない感じがする一句でした。「白馬」に「少女」に、ロマンチックなモチーフを重ねて、そこから汚れてという、物語を崩すような形での句の作りで、句の立ち姿として、結構ギャップもあって面白かったです。以上です。
沼●ありがとうございます。では続いて20番お願いします。Q太郎さんの並選です。
20 空港の硝子の部屋につめたき手
Q●たとえば俳句甲子園の東京大会をする羽田空港とかに、飛行機を見やすいガラス張りの部屋ってありますよね。そこで、身体全体には言及せず、手だけを描写しているところが、トリックっぽくて面白かったです。「空港」も「硝子」も詩的ポエジーがありすぎる感じがするけれど、その大きさに対して手の小ささが対照的で、ぎりぎり成立しているなという感じがしました。
沼●ありがとうございます。では続いて25番は川北さんの並選です。お願いします。
25 冬園に哭けり十箇の爪光る
川●この句も自解が面白くて、翻って句も面白くなった。「どうしていいか分からなかった」と自解に書いてあって、つまり、相手に泣かれている句なんだろうなと思って。顔を覆っている爪を見ている句。私は最初自分が泣いている句だと思って、その爪が光っている句だと思って、いい句だと思った。それで自解を読んだら、相手に泣かれているのに、その心情に心を寄せようともせず、「あ、爪が光っている」っていう、非常に表層だけを見ている関係がすごい面白かったですね。あと書かれてはいないけれど、光る爪の奥で、涙に濡れた顔もまた少しきっと光っていると思いました。以上です。
沼●岩田奎さんの「枯園にてアーッと怒りはじめたる」を思い出しました。岩田さんの方が後の句なので、三鬼の句を見て思い出すのは逆かもしれない(笑)。ともかく私も自分自身のことだと思いましたね。あとこれは見当違いかもしれないけれど、もしかしたら男性はこの時代、少なくとも外では泣かないとされていたのかもしれないね。読んでいない本を紹介して恐縮だけれど、数年前に本屋で寺田英視『泣く男●古典に見る「男泣き」の系譜』(文藝春秋)を見かけました。いつから泣かないとされてきたんだろうね。では続いて、41番。川北さんの並選です。
41 雷と花帰りし兵にわが訊かず
川●すごい上五だと思いました。そのまま読むのでよければ、帰ってきた兵に私は雷と花について聞かなかったという句になるはずだと思うんだけれど、それは微妙になんか句として分かりづらいというか、でも取り合わせとしてすごい面白い感じがする。何はともあれ、上五の「雷と花」がかっこよすぎて凄かった。この「花」って桜のことかな?
稲●花瓶とか、そういうはない花にも思える。
沼●どうなんだろう。たしかにニュートラルな意味かも。
川●雷が夏の季語としてある感じなのかな。結構薄暗い、薄ぼんやりとした部屋で、遠くで稲●妻が光って、花瓶がパッとその明るみで見えるみたいな。そこに帰りし兵と私が沈黙して、座している空間作りが映画的でビビッと来た感じがして好きだったかな。
沼●ありがとうございます。三鬼は自身は従軍していないというところがきっと自認として大きいでしょうね。
川●今調べたところ、この時期かなり三鬼は病気を患っていますね。
沼●なるほど。それで招集がなかったのかもですね……。続いて稲葉さんの並選です。
42 月夜少女小公園の木の股に
稲●現代っぽい句で、ライトな読みをできたのが新鮮でいただきました。軽い味付けの句だと思いました。物語っぽさなのか素朴さなのか、小公園という場所設定なのか、癖(へき)を感じました。でもライトにも読めて、田舎というよりは街っぽさがある。現代っぽさ、都会っぽさを感じる句を一句はいただこうと思い、いただきました。
沼●……これも「6 白馬を少女瀆れて下りにけむ」と同じく、少女を何かに跨らせようとするところが、俳句が上手い・上手くないの次元ではなく、もっと手前にある感覚として生理的に嫌だなあとを思ってしまったんですよね。私がそこに暗喩のようなものを読み取ろうとするのは意地が悪いというか、嫌な読者なだけかもしれないんですが。
Q●でもね、それは私も思いました。
沼●そうなんですね。で、だから稲葉さんの「軽い味付け」のところをもう少し詳しくお聞きしたいです。あんまり私は軽く感じなかったので。
稲●私は実は跨るという景を想像していなくて、木の根元の股に腰かけているというか。
沼●なるほど?ホワイトボードもありますし、ちょっと描いてみますね。私は樹上でした。
稲●私はこんな感じでしたね。もっと地面のところの根に、ぽつんと足を揃えて座っている。
川●私は稲葉さんの方の景を想像していました。
Q●私は沼野さんの描いた方ですね。というか、根を「木の股」と言うんでしょうか。
川●あれ、たしかに辞書的には樹上かも……。
沼●加えて私は「月夜」という言葉からも、空の方の樹上に意識が誘導されたかもしれません。とはいえ、この空間で読みが二対二になったように、読者によって分かれそうですね。
川●でも、小公園で頑張って木登りなんてするかしら?
稲●完全に都会の静かな公園のイメージでした……。
Q●自解を読んでみようか。
稲●「お転婆なお嬢さん」だ。登っているかも。誤読でした。続く47番も私の並選なので、このまま喋ってしまいますが、どこまでニュートラルに読めているか自信がないです。ごめんなさい……。
47 滝の前処女青蜜柑吸ひ吸へといふ
沼●いやいや!この二句は確実に三鬼らしい句ではあるので、誰か取ってくれたらいいなとは思っていました。改めて、42と47を絡めて評をいただけますか。
稲●音数としては「しょじょ」でも「おとめ」でも嵌りませんね。いずれにせよ、字余りが凄い句ではあります。「処女」という言葉には抵抗があるが、「青蜜柑吸ひ吸へといふ」という物語は面白いと思った。官能的というよりかは、『もののけ姫』のような、『君の名は』みたいな感じがして、端的に言うとそこに気持ち悪さもあるんだけれど。
Q●『もののけ姫』、分かります。
川●『もののけ姫』、メモしておこう。
稲●ここは「処女」でなくとも、「翁」でも「嫗」でも「人」でもいいんですが、「滝」という舞台設定を思うと、神事のような巫女のようなイメージもありました。その神事のイメージからさっき『君の名は』を挙げてみました。さして親密ではない気もするが、青蜜柑を分ける関係ではあることが面白いと思いました。すみません、以上です。これを取るのはどうかなと思いつつ、印象には残ったのでいただきました。
Q●三鬼っぽい句だし、いいんじゃないでしょうか。
沼●「処女」という言葉を深い意味では言っていなさそうな感じもしますね。
Q●自分でかぶりついたあとに、「お前も食え」って感じがする。
沼●かぶりつくんですか(笑)!てっきり房で分けているものかと。一つの青蜜柑を分け合っている感じはしますね。
Q●やっぱり『もののけ姫』っぽいですね。要は野性味を「処女」のなかに見出して、物語に展開を生む場面を見せる感じ。
川●この句、「蜜柑」なら音がぴったりなのに、わざわざ「青蜜柑」にしているんですよね。そこにセクシュアルな眼差しがあるような。
沼●未熟という意味なんでしょうね。
稲●「青」、要らないですね。でも甘い蜜柑ではない方が面白いかもしれない。
川●じゃあ、「滝の前青蜜柑吸ひ吸へといふ」だとどうですか。
稲●それでいいですね。
川●「処女」を入れるところに邪念がありますね。
稲●その邪念が三鬼のやりたいことでもある。音数余らしてまでしている。
Q●三鬼のやりたいことなんだね。少年少女を出して、誰かを詠む。
沼●三鬼賞にも通じますが、自己か他者か両方か、とにかく句のなかに人間がいますよね。
川●人間探求派ってコト?!
沼●それは違うかも(笑)。続いて62番も稲葉さんお願いします。
62 朝の飢ラジオの琴の絶えしより
稲●これは喋りやすいですね。何かをしてから「飢」を思い出すモチーフはありそうなのですが、この味付けが成り立っているのが凄い。時代背景を含めずに句単体を読めば、朝起きてお腹が空いたという句に見える。で、絶えるのは「ラジオ」でもなく「琴」でもなく「ラジオの琴」なのが絶妙でフラットで、実感があって面白かったです。
川●自解を込めて読むなら、この「飢」は戦後の食糧難ということでしたね。
Q●「琴」しか流すものがないラジオ。
川●まだポップミュージックないでしょうしね。軍歌ももう流せないでしょうし。
Q●回帰して「琴」なんだね。あと飢えてもラジオという文化は売らないんだね。
沼●あと稲葉さんの言ったとおり、どの語に重点があるのかは、確かに分からない。
稲●結果的に過度な演出ではなく、呟きのように自然なものになっている。
Q●確かに「ラジオ」と「琴」の二つを繋げることで、イメージの次元で打ち消しが起きていますね。
沼●では、続いて沼野の並選です。
64 穀象の一匹だにも振り向かず
沼●穀象に首の関節はないので振り向くことはないので、ある種の擬人化をしている。きっと他にも穀象がたくさんいることを示唆しつつ、たった一匹に注目したミクロな句である。穀象がこちらに気が付くということもないから、やっぱり擬人化をしているんだと思います。句のなかには書いていないけれど、貴重な米が食べられていっているんだろうと思いました。以上です。続いてQ太郎さんの並選。
66 餓えてみな親しや野分遠くより
Q●これにするか火事にするか、最後の並選を悩みました。皆で飢えると皆のことを親しく共感を持てるというロジックは、危ないロジックでもあるんだけれど、理解できるなと思いました。野分という危険な自然現象がもうすぐ来る前には強い清々しい風が吹いてくるもので、そこに飢えとの共通性を思い、いい響きあいだと思います。本当は自分も周りも飢えなくて済めばいいんだけれども、実際には飢えてしまって、そうしたらこの一句に至る発見が生まれたんだと思うと、考えさせられました。
沼●極限の環境におけるシンパシーという点では、レベッカ・ソルニットの『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』の一冊を思い出しました。続いて稲葉さんの並選です。
72 舞の面われに向くとき秋の夜
稲●こういう句も詠むんだなあという意外性がありました。私は今回沢山並選の候補があったのですが、たとえば27番「王氏の窓旗日の街がどんよりと」と75番「露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す」で迷って、結局ババ抜きのように両方落としてしまったりして、そうしたらこの句が光って見えてきて並選にしました。内容はシンプルな句ですよね。ゆっくり振り返る舞の所作のなかで、自句自解では能でしたが、その人が私を向いた。上五中七でたっぷり詠んだあと、「とき」という一瞬を詠んで、下五では更に大きなものを詠むという季語の付け方が凄いと思いました。たとえば「鳳仙花」とかにしちゃいそうなところを、より長い時空間の季語を付けるのが面白いと思っていただきました。以上です。
Q●これいい句ですね。このゆっくり振り向く演出は、『千と千尋の神隠し』とかにありそう。
稲●ありそう(笑)すごくジブリじゃん。
Q●ジブリの人が三鬼を読み込んで映画を作ったのかもしれない(?)
稲●三鬼がジブリをめっちゃ観て作品を作ったのかもしれない(?)
沼●あるとしても逆逆逆(笑)。
川●皆で『もののけ姫』を観て作ったらいい句ができるのかもしれない(?)
Q●多分ジブリスタッフには三鬼の句が好きな人が多いんだよ(?)
沼●これもドラマチックな句だと思うんですよね。
稲●この場面を描きたいというところに拘りというかフェティシズムも感じます。あと他の句にも宮崎駿っぽいフェチを感じます。
川●宮崎駿も少年少女の題材好きですよね。
稲●「42 月夜少女小公園の木の股に」とか、ほぼ『となりのトトロ』かもしれない。
川●三鬼は駿なんだよ。
Q●今日の一番の発見は、三鬼は駿だということですね。少女への目線が三鬼と駿はとても似ている。それが長所でもあり弱点でもあるというところも一緒ですね。
沼●なるほど。続いて沼野の並選です。
74 枯蓮のうごく時来てみなうごく
沼●これも『となりのトトロ』のメイちゃんの探検のシーンみたいだし、あるいは『君たちはどう生きるか』のお庭のシーンのようにも見えてきました。植物ひとつとっても客観写生ではなく、まるで意志を持っているような擬人化的でドラマチックな描き方をしますし、これもまた中七の最後が「時」で区切られていて、72と奇しくも同じ形ですね。転換点としての「時」。やっぱりジブリっぽい。
Q●誰かツイートとかしていないかな。「三鬼 ジブリ」で検索してみようかな。
沼●論文とか評論とか既にあったらアツいですね。次はQ太郎さんの並選。
75 露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
Q●これもまたジブリっぽい。内容は違うけれど、作画でいうと『千と千尋の神隠し』の神様のご飯に手を付けてしまうお父さんっぽい、ぬるぬる動く作画。べちゃっと柘榴が地に落ちてしまう。叫ぶ感じがするし、顔のなかでも特に口がデフォルメされていそう。「打ち落す」とあるから、チョップでも銃でもなく、木の棒ですかね。
川●これが代表句になるってヤバくないか。
Q●過剰さが常にあるところもジブリっぽいですね。デフォルメにアニメを感じます。リアリズムの高畑勲と比較すると、余計に駿は三鬼っぽい。戦中戦後を見るにしても、高畑勲の『火垂るの墓』っぽくないでしょう。このワシコフの造形は、ちょっと違うかもしれないけれど『風立ちぬ』でクレソンを食べまくっているあのおじさんかもしれない。でもあのおじさんは叫ばないだろうから違うかも。
沼●三鬼はこれが代表句になっているのもヤバいんですが、これがフィクションではなくて本当に神戸時代に隣人にワシコフがいたと書いているのもヤバいと思いました。本当にいたとしても凄くヤバい。
Q●外国人を異質な他者として描く視線はありますよね。隣人だったならワシコフに対して色々な観察をして、色々な場面を切り出せそうなのに、一番気が狂っている場面をわざわざ切り出している。そういう眼差しを感じてしまうところはありますね。
84 嚔また嚔や合の米ひかる
稲●「合」という一語が好きでいただきました。くしゃみして、別に唾液が飛んだとかそういう訳ではなく、何だか米が光ってるなという単純な句なんですけれど、「嚔めまた嚔や米の光りたる」では弱い句になる訳で、やはり「合」という言葉が凄くいいし、この「合」という言葉をキーワードにして、これからずっとこの句を覚えていられるような気がしました。
沼●「櫃」だとどうですか。
稲●いや、違いますね。「櫃」だと木の升が見えてきてしまう。「合」だともっと米だけが見えて来る。
沼●なるほどね。続いて沼野の並選です。
97 黒蝶は何の天使ぞ誕生日
沼●これもヤバい句なんですよね。語彙力なくてすみません。
稲●癖が強い。
沼●「黒蝶」を「天使」に例えるのは、堕天使ぽい気がしますけれど呑み込めました。「蝶」ってポエジーがあるし、ロマンチックな素材だし、そこに「天使」っていうのを重ねるのはいいんですけれど、下五の「誕生日」の取り合わせはヤバすぎる。更に自解を読むと普通に誕生日に読みましたみたいな感じがして、これがヤバいのを三鬼が分かっていないというか、自解が自解になっていないのが面白くていただきました。天使から祝祭や生誕みたいな感じで誕生日なのかな、うーん。やっぱりこの下五の誕生日という置き方にすごく痺れて、いただきました。語のぶつけ方の二物衝撃の衝撃の強さがすごくて、いただきました。以上です。はい、じゃあ自解の選に入りましょうかね。次も沼野が喋ります。
10 算術の少年しのび泣けり夏 沼(自解)
沼●この句も三鬼の代表句として、三鬼という名前より先にもしかしたら覚えた句だったかもしれません。でも自解を読んだのは今回が初めてで、形が「奇異」と述べていることへの納得感と、あとはこの「少年」って自分の息子のことだったのかというがっかりしちゃうネタばらしの衝撃の二つでいただきました。「短詩の奇形児」みたいなことを金子兜太の周囲の「海程」の方々の書き物のどれかで拝読したことがあるんですが、その「奇形児」のなかでも更に奇形な感じが見てとれました。「奇形児」というワードチョイスは今日日しない方がよいかもしれないんですが、でもこのワードの強さによって今回再度思い出しましたね。
Q●私も俳句を始めたての頃に知った俳句なんですけれど、自分のなかでだんだん魅力がなくなってきたかもしれないです。「泣けり夏」の収め方が五月蠅いように感じるのかなあ。沼野さんも句が好きでというより、解説が面白い句として取っているのか。
沼●そうですね、句としてというより自解で取りました。
Q●吾子俳句として読むと、子ども可愛いではなく、キツい場面を取ってきている。
川●「しのび泣けり」が句跨りで、下五の「夏」の句割れで新しかったのかな。今では見慣れてしまった感じがありますね。
沼●三鬼が切り開いてくれたから、我々は見慣れることができているのかもしれない。
川●塚本邦雄の「革命歌作詞家」みたいな感じか。
沼●?
Q●塚本邦雄の「革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ」とか、塚本あたりの世代の歌人たちが、句割れや句跨りや初句七音とかをやってくれたおかげで、今ではもうすっかり当たり前になったみたいな感じです。
沼●なるほど。
Q●もうこういう「なんとか夏」みたいな組み合わせのパターンは、この句を超えない限り、作っても厳しいかもしれないですね。
沼●後世であることの辛さだ。続いて川北さんの自解選です。
31 冷房の時計時計の時おなじ
川●自解は「銀座の百貨店で作った。青い林檎を一つ買ったのを覚えている。」。二つツッコミポイントがあって、一つ目はよく覚えているなあ、しかも青いんだ。で、二つ目の驚きは百貨店まで行って青い林檎を一個しか買わないことなんてあるかということです。
沼●梶井基次郎の『檸檬』の逆だね(?)。檸檬を置いて行く
んじゃなくて、青林檎だけ買って帰る。
川●吟行しに行ったら、青林檎に心奪われて買ってしまったのかな。三鬼、全然生活をしていない。遊離している感じがしました。
沼●たしかに、青林檎は生活必需品ではない。あと、この句と、久保田万太郎の「時計屋の時計春の夜どれがほんと」はどっちが先なんでしょうね。
川●どちらが先にしても万太郎の句の方が絶対良い。
Q●そうだね。
稲●両句は、大体同じ時期かもしれません。
沼●時計という物が新しい素材だった時代っていう訳でもないですよね。とっくに発明されていそう。
稲●日本時計協会のページで調べてみます。「鎖国して時計作りは落ちた」らしいです。
川●Chat GPTにも聞いてみます。「日本で一般の人々のために、沢山の時計が売られ始めたのはいつ?」、これでどうだろう。一八九五年に、セイコー初の懐中時計が完成したそうです。一九三〇年代にセイコーとかシチズンとかで大量生産が開始したらしい。一九〇〇年生れの三鬼にとっては新しい素材だったかも。
沼●なるほど。これは読みが深まりましたね。続いてQ太郎さんの自解選です。
43 寒き窓きちがひ少女失はず
Q●句集の中だと、一番言ってはいけないことを言っていそうなのが、この句でした。助詞が一切なくて、省略されすぎてよく分からない。自解には「兵庫県立精神病院勤務の静塔を訪れた時の作。朝から晩まで直立して窓の外の一点をみつめるきちがいの少女。失うべきものを失うことなき少女。」とある。でも解説を読んでもよく分からなくて、分からないけれど、一句になったというところが面白いかなと思いました。散文の解説にも上手く落とし込めておらず、言語化できていないけれども、感覚だけで読めるところがあって面白かったです。この少女もまたロジックの世界にはきっと生きていない。今では作れない句ですよね。解説のところでも「きちがいの少女」ってそのまま書いてある。
川●社会のなかに精神の障がいを抱えている人がいることを想像できていない時代ですよね。今以上にもっと病院とかに隔離されていた。
沼●言わない(詠まない)ことによる不可視化も問題かもだけれど、この句は結構キツイところがありましたね。続いて、稲葉さんの自解選です。
51 国飢えたりわれも立ち見る冬の虹
稲●自解では「弾圧で五年間俳句を作らなかったあとに、リハビリとして一句作った」という旨のことが書いてあります。で、ツッコミとしてはこの句は「国飢えたり」から始まっているのに、「写生という方法を採った」と書いてある。
川●ヤバい。
稲●「われも立ち見る冬の虹」は三鬼にしては比較的写生かもしれない。再スタートするときの一句がこれというのが面白かったです。たとえ客観的に見たら主観が強く見えて、写生ではないと思ってしまうとしても、三鬼のなかでは写生だし、たしかに対象を見ているぞという目力は感じる。
Q●思ったことをそのまま書いたというところが写生なのかもしれません。それまでは、場面設定をしたりしたけれど、この句では戦後で国が飢えているし、虹をみんなと並んで私も見たということをそのまま書いてある。
稲●客観写生や花鳥諷詠ではなく、自分が見たという、田中裕明の言うところの詩的真実を感じる句が多いですね。
沼●ありがとうございました。これで駆け足ではありますが、三鬼の自句自解百句句会が出来ました。幾つかキーワードを出してみましょうか。追って三鬼賞も分析をしてキーワードも出して、どれくらい三鬼と三鬼賞が重なっているのか見てみましょうか。
三鬼の俳句のキーワード
・距離感
・擬人化
・過剰
・詩的真実
・フェティシズム
・ポエジー
・ジブリ
沼●はい、それでは次回は三鬼賞の分析をして、続いて応募する句作も頑張りましょう。本日はありがとうございました!
一同●ありがとうございました!(後編へ続く)
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