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2011-01-09

スズキさん 第23回 ジョニー 中嶋憲武

スズキさん
第23回 ジョニー

中嶋憲武


年の瀬も押し詰まって仕事納めの日となった。
例年暮れの29日に大掃除をするのだが、今年は28日に大掃除を済ますことが出来た。あとで集金に来た菓子箱を作っている職人の話では、どこでも1日前倒しで大掃除をしているという。それだけ仕事が無く不景気だということだ。

俺は印刷も大掃除も終ってしまったので、今日は朝からスズキさんに付いて配達を手伝うように指示されていた。スズキさんに菓子箱をいくつ積むのか聞きに行くと、車庫の前に立っていたスズキさんは配達の前に車洗うからねと言った。納品に使われているミニバンは、そういえば洗っているところを見たことがない。ガソリンスタンドでも滅多に洗わない。今年のような時間のある年末ででもなければ出来ないことなのかもしれない。

倉庫兼用の車庫の出口に近いところにある戸棚を、ここに長いホースがあったはずなんだけどねとスズキさんがごそごそやっている間、俺はバケツに水を汲み雑巾として使われている汚れたタオルをゆすいだ。水が思いのほか冷たく、先日灯油缶の縁で切った親指の傷が沁みた。ないなあとスズキさんがもそもそしているので、一緒に戸棚の段ボールを探すと底の方に青くとぐろを巻くホースがあった。ホースを散水栓の蛇口につなぎ洗車に取りかかろうとすると、向かいの社長の自宅から社長が出てきて、ナカジマ、これでやれよとケルヒャーの高圧洗浄機を示すので、俺はそそくさと青いホースをごめんね働けなくてともとの段ボールに押し込み、そのスマートな洗浄機を手にした。

トリガーを引くとノズルから勢いよく水が噴射された。高圧の水で車体の汚れが忽ち落ちてゆくようだった。水を掛け終わったところから、スズキさんが襤褸で拭いてゆく。車体を洗い終えると、車内の椅子を倒して掃除した。細かいところも拭き終わり、こんなもんかなとスズキさんが言ったのを汐に掃除を切り上げ、スズキさんとふたりでしばしシルバーメタリックのボディを見ていた。

すっかり身ぎれいになった車は、エンジンの調子も良いように思えた。
納品の菓子箱を満載したバンに乗り、スズキさんと伝法院の横町へ差し掛かった。
「あれ、なんだろね」とスズキさんが言うので、前方を見てみると、A4判ほどの大きさのパウチされたチラシを、道路にサークル状に置き、その真ん中に大きな男と小さな男が立っている。魔方陣のなかのメフィストと悪魔くんのごときである。人ごみのなかを粛々と近づき、地面にばら撒かれたチラシを見てみると、ポップな書体の文章が散りばめられ、500円という文字が見えた。

「なんか商売してますね」と言うと、スズキさんは「ここは商売いけないんだけどなあ」と言った。その魔方陣は、歩道をはみ出し、年の瀬の往来の人々もいつにも増して多く、なかなか車を進める事が出来ない。魔方陣の男たちは、早くどけよという視線を投げかけ、不躾にこちらを見ている。「警察につかまるぞ」と言いながらスズキさんは、胸の前で両手でバッテンを作ると、男たちにかざして見せた。そこは駄目だよ、駄目、と言うふうにバッテンを2、3度振って見せたが、男たちの不躾な視線は動じない。「通じないみたいっすね」「あっちの人かな」「いや、日本人でしょう」そんな事を話しつつ、ゆるゆると車を進め魔方陣を通過する。仲見世に並んだ店の裏の細い路地へ、いつものように入って行く。団体旅行客がのんびりと歩いていて、すこぶる剣呑である。

納品が終るといつもは浅草寺に突き当たりそこから右へ折れるのだが、右へ折れたところに笠木シズ子の曲をひっきりなしに流している甘味処がある。その店の前はたくさんの人だかりがしていて、通るのにひと苦労しているので、この暮れの人出からすると今日あたりはとても難儀することが充分予想される。スズキさんは車を後退させて元来た道を引き返すことにした。俺は車のうしろに立ち、スズキさんを誘導した。路地の出口まで来ると、最前の男たちのところに人だかりがしているのが見えた。助手席に着き、ゆるゆると車は進む。
「なに売ってるんすかね」
「ずいぶん集まってるね」
窓から見ると、売られているのは5センチほどのぺらぺらの紙の人形だった。その人形には見覚えがあった。スズキさんがその人形をちらりとフロントグラス越しに見遣ったとき、かすかな悔いのような色が浮かんだ。

もうあれは10年ほども前だろうか。銀座を歩いていたときのことだ。南米系と見える男がくだんの人形を売っていたのだ。その男は人形をジョニーと呼んでいた。ジョニーはあなたの言うことならなんでも聞きます。ジョニー飛べと男が言うと、ジョニーは3センチほどぴょんと飛んだ。座れと言うとジョニーの足は紐ででも出来ているのか、膝を折って座った。男は些か興奮気味に声高になっていた。ジョニー、飛べ。ジョニーは20センチほどジャンプした。紙の人形が飛んだり跳ねたりしている。俺は喫驚した。手品なのか魔術なのか。幾人も周りを取り囲んでその見せ物をみていた。周りの人も及び腰で、どこへ顔を片付けていいのか分からないような風情だ。しばらくその不思議な人形に見取れていたが、なんか種があるのだろうと思い、目を凝らしてみたがなにも見えない。上から吊っているのだろうと思うが、そんな糸も見えない。片言の男はいよいよ興奮したさまで、ジョニーはあなたの言うことならなんでも聞きます、ジョニー飛べと繰り返し、ジョニーはぴょんぴょん飛んでいる。俺は人の輪からすこし離れてみた。すると取り巻いている群衆の端に立っている一人の女が目に止まった。女は下に垂らしたひとさし指をごく僅かにではあるが、くいっくいっという調子で動かしていた。男がジョニーに命令するたびに指を動かす。女のひとさし指に細いピアノ線のようなものが括り点けられていて、ジョニーと連結しているのだ。周りの人たちはその女に気づかず、小さな紙の人形に集中している。ひとりがジョニーを買うと吊られるように幾人かが買った。

「買っちゃったんだよ」
「そうだったんすか」
「やられたね」
「一見、まったく不思議ですよね」
「そうなんだよ。グルだったんだね」
「サクラも何人かいたんじゃないすか」
「畳の上でも出来ますかなんて聞いちゃったよ。充分出来ますだって」スズキさんは苦虫を噛み潰したような表情をした。後ろを見ると小さい方の男の姿が見えない。おおかた見物人に紛れてテグスを操っているのだろう。

伝法院の横町を出て大通りに入り、きれいになった車はすいすいと走り鴬谷を抜けた。日暮里へ向かうのだと言う。スズキさんは細い道をよく知っている。小道をくねくねと行くと夕焼けだんだんの上に出た。ちょっと待っててねと言うとスズキさんは、包装紙を何束か持ってドアを閉め出て行った。この石段の下をちょっと行ったところにうまいうどん屋があったっけなとそのうどんの事やら、その後に食べたコロッケのことなど思い出していると、スズキさんが戻ってきた。スズキさんは席に着くとカーラジオのスイッチを捻った。ウーマン・ニーズ・ラヴだ。懐かしいと思う間もなくスズキさんはチューニングした。中年の男と若い女が笑っていた。またチューニングした。坂本冬美が歌っていた。ダイヤルはそこで落ち着いた。スズキさんは、ちょくちょくダイヤルを変える。坂本冬美が歌い終わると、きっとまた変えるだろう。
「さっきの包装紙、あれなんすか」
「あれね、取引停止なんで返しに行ったの」
「取引停止って」
「いや、うるさいんだよ。何時何分に注文したんですけどまだ届いてないんですとか、電話かかってきて」
「何時何分」
「そうなんだよ。どうするナカジマくん。そんな奥さんだったら。散歩にも行けないよ」
坂本冬美が歌い終わった。やはりダイヤルを変えた。文化放送文化放送ジェイオーキューアールとジングルが聞こえる。そこで止めた。文化放送聞くんだ。
「何時何分に出て行ったから、今頃どこを歩いていてあと何分で帰ってくるなとかさ」
「息、詰まりますね。寄り道も出来ないっすね」
「寄り道するんだったら電話しなきゃ。どこそこに寄って行くから何時頃になるとか」
「たまらないっすね」
「そうだよ。大変だよ」
車は谷中の墓地の前を通り、大きくカーブして鴬谷へ降りて行く。
「細かいのも大変だけど、潔癖性も大変だよ。うちの近所でもちょっと大変な人がいたんだから」
「どう大変だったんすか」
「潔癖性が高じて自殺しちゃった人がいてさ」
「そりゃ悲惨っすね」
「そうだよ。大変なんだから」
人はそれぞれ多かれ少なかれ大変なのだ。俺はむく犬のお尻に蚤が飛び込んだような人間なので、不幸とか悲惨とか、いままでの人生にそのような憂き目が多々あったのだろうと思えるが、平気の平左を装って生きてきた。

前方にスカイツリーが見える。会社も近い。年の終りも近い。スズキさんは最後に積んである段ボールを捨てて行くと言った。紙類の回収業者のところへ持って行くのだ。

大きな倉庫のような建物はがらんとしている。建物の前で男がひとり、鳩にパン屑をやっている。段ボールを所定の場所へ置いたスズキさんは、にこにことその男を見た。男もにこにことパン屑をやっている。鳩は7、8羽もやってきていた。スズキさんは男に、かわいがってるねと言った。
「そのなかにボスがいるんだよね」とスズキさん。男はそれには答えずにこにことしている。

よかったよかったとスズキさんは車に乗り込んでくると、車を発車させた。さっきのひと、知り合いですかと聞くと、スズキさんは前を向いたまま、ううん、知らない人と言った。


スズキさん・バックナンバー

2010-06-13

スズキさん 第22回 夕日に向かって走れ 中嶋憲武

スズキさん
第22回 夕日に向かって走れ

中嶋憲武


手と手が重なった。スズキさんの手は柔らかく、すべすべとしている。

先ほど取引きのある印刷所で、刷りたての和菓子の包装紙を断裁しに行った。印刷所の片隅に設置してある断裁機を借りて、指示書通りにスズキさんが断裁する。俺はその断裁された包装紙の束を、停めてある車の荷台へ持って行って積むのだが、包装紙はだいたいが薄い紙が多く、500枚ともなると持つと真ん中あたりで撓んでしまってバランスを失って持ちにくく、無意味に重い。当初はまったく難儀したのであったが、スズキさんが紙の持ち方を教えてくれ、その通りに持つと難なく持ち運ぶことが出来た。紙に一本芯を通すような持ち方だ。こうやって持つと、どんなに大きな判の包装紙でも容易に、目方を軽く持つことが出来る。世の中のありとあらゆる物事には、このような秘訣というかコツがあるのだ。それを掴めるか否かによって、状況は大きく左右される。

5連の包装紙を500枚ずつ仕切り、それぞれ指示書通りに断裁された紙を持って車まで数メートルの距離を歩く間、焼きたてのパンのいい香りが鼻を突く。隣はパン工場で、販売もしている。いつだったか買ってみたことがあるが、美味しいパンだった。茨城県や神奈川県からも買いに来る人があるようだ。ジャガーやハーレーダビッドソンに乗って来る人もある。有名店なのかもしれない。

断裁がすべて終り、荷台はいっぱいになった。会社へ持ち帰り、きれいに包んで納品するのだ。穏やかな土曜日の、これから11時になろうかという頃、ゆるゆると国際通りを走る。
「猫、元気」とスズキさんが聞く。
「はあ、元気っす」と答える。昨年の暮れに知り合いを通じて、三毛猫を手に入れていたのだ。あきる野市あたりで野良猫をしていたところを捕獲されて、府中の獣医さんへ連れて行かれ、そこで里親を探しているという情報を知り合いから聞き、引き取ることにしたのだ。猫が家へ来てからというもの、昼間仕事をしていても今頃猫どうしているかなと猫のことばかり気になってしまう。猫にかまける日々になってしまった。
「名前、なんだっけ」
「ランちゃんです」
「何のランだっけ」
「ミケランジェロのランちゃんです」
「そうだったそうだった」
スズキさんもかつて猫を飼っていたことがあるそうで、野菜を煮たのをたまにあげていたそうだ。どうしても野菜が不足するからね、ナカジマくんもそうしてあげるといいよとスズキさんは言った。俺は、はあと気のない返事を返した。

会社へ帰り、倉庫で紙の包装にかかった。新聞紙を半分に畳んだほどの大きさに断裁された包装紙を、新聞紙1面ほどの大きさのハトロン紙で包むのだ。厚さは10センチほどだ。スズキさんは、器用に包装して行く。俺は水張りテープを水につけて、適切な長さにカットして用意したり、ハトロン紙の端を持って補助したりしていた。ナカジマくんもやってみるかとスズキさんは言った。俺は元来不器用なタチで、思った通り紙をきれいに折り込むことが出来なかった。見兼ねたスズキさんが、紙の端をこう、つまみながら中へ折り込んで行くんだよと助け舟を出してくれた。

倉庫の斜向いの商店が内装工事をしていて、イントレが組まれている。そのイントレに一人の若い工夫が立って、三階から降ろされる壁材を受け取って、受け取るたびに何か声を発していた。スズキさんはそれを聞いていて、こう言った。
「向こうの言葉だね」
「向こう?」
「外人だよ。多分。エルヤッタって言ってるでしょ」
「エルヤッタ?」
スズキさんには、若い工夫が東南アジア系の国の人に見えたのかもしれない。エルヤッタという単語を聞くと、俺も彼が東南アジアの人に見えてきた。
俺は耳をすまして聞いてみた。俺には、はい終ったと聞こえたので、スズキさんにそう言ってみると、
「終ってないよ。まだ作業続いてるでしょ」と言った。俺はもうすこしよく聞いてみた。すると何て言ってるのか判然としてきた。「はい、もらった」と言っているのであった。壁材を受け取るたびに、その若い工夫は確認のために、三階へ向かって「はい、もらった」と声を掛けているのだ。それが勢いよく発せられており、独特のイントネーションを持っているため、よくよく聞かないと分からないのだった。

「ほら、端を持たないと。こうだよ」とスズキさんが手を添えながら実地にコーチしてくれている。そのたびに俺の手に、スズキさんのやわらかい手が触れる。スズキさんのコーチの甲斐あってか、俺の包装もなんとかきれいに仕上がるようになった。ぴしっと端が揃うと、気持ちいいだろとスズキさんが満足そうに言った。

夕方はスズキさんの納品を手伝うことになった。助手席に座って空を見ていると、素晴らしい夕焼け空だった。気味が悪いくらいよく出来た夕焼け空なので、なにか不吉な前兆のような気もしないではない。谷中を走っていたのだが、スズキさんがふと、この辺に夕日が沈むのがよく見えるところがあるよと言った。納品が終ったら行ってみようかと言うので、俺は内心すこしわくわくした。

納品が終ると、最前より空の赤みが消えかかっている。もうすぐ日没の時間だ。そこの路地、曲がったところだよと言って、スズキさんは車を停めた。空に闇が忍び寄ってきている。車のなかで、スズキさんはもう沈んじゃうかもしれないねと言って、そわそわとした様子だった。車を停めると、すぐそこだからとスズキさんは車を降りて走り始めた。俺もスズキさんの後を追って走り始めた。すぐそこまでは、だいぶあった。俺は作業場ではいつもサンダルを履いていて、そのまま納品に出てしまったので走りづらく、こんなことになるのだったらスニーカーを履いてくるのだったと思った。スズキさんとの距離が開く。俺は懸命に走る。夕日は気になる。サンダルは脱げそうだ。スズキさんにやっと追い付くと、そこは富士見坂という坂の上だった。ビルの陰にちらりと光る最後の陽光が認められた。スズキさんも俺も、荒い息をしながら、西の空にわずかに残った夕焼けを見ていた。

2009-09-06

スズキさん 第21回 不二家ネクター 中嶋憲武

スズキさん
第21回 不二家ネクター

中嶋憲武


おはようございますと僕が挨拶を返したそばから、朝いちで出るからねとスズキさんは言った。荷物は昨日のうちに車に積んでおいたらしい。年に一度のサンバカーニバルの日なので相当の人出が見込まれ、混まないうちに配達を済ませてしまうのだろう。朝からじりじりと暑い。最高気温は33度と予想されている。サンバが終れば夏も終りだ。夏の終りの一日のはじめ、スズキさんと車に乗り込んだ。

数日前、昼ごはんを食べているとき、もうすぐサンバだねとスズキさんがぽつりと言った。はあ、そうですねとイカフライを齧ってから気のない返事を返すと、スズキさんはデザートのプリンをひとくち食べてから、去年は行ったんだっけと聞いてくる。仕事終ってから行きましたよと答えると、大変だったでしょと言う。なにがですか。いや踊りがさ、すぐそばに裸に近い人が来てゆさゆさしたりするから、もうナカジマ君なんて大変だろうと思ってさ。興奮しちゃって。イカフライを咀嚼しながら考える。興奮したっけかな。目の行くところには目が行ったけど色っぽい興奮はしなかったように思う。打楽器と声の迫力に興奮したことは覚えている。スズキさんは興奮しますか。いや、僕はもう。去年興奮しましたよ。そうか、よかったよかった。去年もパレードを見て興奮するかしないかという事を振られたような気がした。

「ほらほら、あすこ」スズキさんの言う方を見ると、大きな荷物を担いだ一団が道路を横断しているところだった。
「あれ、サンバの人たちだよ。きっと。これからどっかで着替えるんだね」
出た。あれ、サンバの人たち。去年も配達の車のなかでスズキさんはこう言って、道行く人たちを全員サンバの人たちにしてしまったのだった。
しばらく走ると、あれもサンバだなとスズキさんは呟いた。まるまると太った中年のおばさんが二人、荷物を担いで歩いている。
「今日のサンバに僕の知り合いが出るんですよ」
「へえ、何番目に出るの?」
「なんでもいちばん最後だそうです」
「最後?そりゃ優秀な連だよ」スズキさんはチームと言わず、連という言い方をした。
「ジャグリングをやるんだそうですよ」
「どういう知り合い?俳句の?」スズキさんは僕が俳句をやっていることを知っている。
「ええ、まあ」
「脚立持ってった方がいいよ。あるだろ?店に。小さいやつ。社長に言って持ってくといいよ」
「かなり見えないですもんね。借りようかな」
「そうするといいよ」
「スズキさんも観ますか」
「そうだねえ」スズキさんは行くとも行かないとも分からないような曖昧な返事をした。

配達を終えて、浅草寺山門の手前を折れてそろそろ行く。そろそろと車を進めながら、なにか飲もうかと自動販売機をすこし過ぎたあたりでスズキさんは言った。こういう場合、いつもスズキさんに御馳走になっている。たまには僕がと言っても、いいよいいよと言われ、すっかり甘えてしまっている。

車を停めて、スズキさんが小銭入れを出す。買ってきてと言われ、小銭入れを受け取る。黒い合成皮革の丸っこい小銭入れ。いつもずっしりとしている。

車から降り、自動販売機に硬貨を入れる。スズキさんは紙パックのグレープフルーツジュース。僕はリアル・ゴールド。

停めた場所は人通りが多いので、すこし動かそうかと言ってスズキさんは車をのろのろと前進させる。いただきます。言ってからリアル・ゴールドを飲んでいると前方の自動販売機が目に入ってきた。NECTARの文字が見える。しかも100円だ。その自動販売機の手前で停車させるとき、スズキさんはうーむと言いながら、失敗したと言うように舌打ちした。その舌打ちに少なからず共感する気持ちがあったので、
「スズキさん、何がよかったですか。飲み物。本当は」と聞いてみると、ん?あすこにあるネクターと言って赤い缶の方を見た。
「僕もいま気がついたんですが、ネクター、いいですね」
「うーん、失敗したね。100円?」
「100円です」
「失敗したね。あんまり見かけないものね」
「そうなんですよ」
「ネクターの隣りの黄色い缶は?ネクター?」
「ネクターです。マンゴーですね」
「マンゴーか。失敗したね。100円?」
「100円です」スズキさんはしみじみと嘆息を洩らした。ネクターはいつ発売されたのだろう。小さい頃、ピーチのネクターが好きだった。カルピスと並んで昭和の香りのする飲み物だ。飲むたびにつくづくと美味しいと感じる。

土曜日は仕事が早めに終る。すべて片付け終えて時計を見ると、4時を少し回ったところだった。早い。土曜はおおむね5時頃終るのだが、なにしろ今年の夏はひどかった。未曾有の不況下で仕事が来ず、印刷機を掃除している時間の方が長かったような気がする。うちへ来る業者も取引先も顔には出さないが、内心どうしていいかわからずとまどっているのだと分かった。

作業場とすこし離れた倉庫の二階で、作業用のポロシャツとジーンズから着替えて帳場へ倉庫の鍵を持って行くと、今年中学生になった社長の娘さんが、犬の散歩へ出かけるところで、犬たちは帳場に座っている社長のお母さんや、スズキさんに愛嬌を振りまいていた。この娘さんは中学に入学した頃、セーラー服がうれしいのか帰ってきてもなかなか脱がず、僕は「ドラマで見てあこがれのセーラー服に袖を通し、身も心も軽くなったようだ。これからこのセーラー服を着て毎日通学するのだと思うと、大人になったようでなんだかわくわくする。心無しか、ひらひらと舞う紋白蝶もわたしを祝福してくれているようだ。これからセーラー服のままで犬のお散歩」というような内容の俳句を一句作ったことがある。娘さんの連れている三頭の犬は長毛種のダックスフンドで、それぞれマーゴ、ヴァネッサ、サンドラという呼び名がついている。社長が知人から譲り受けたもので、名前は知人が女優の名を取ってつけたのだと言う。

この三頭のうち、マーゴという黒毛の彼女とは相性が合わず、マーゴは僕の姿を見かけると、勢いよく吠える。ヴァネッサとサンドラはおっとりしていて、なついてくれたがマーゴだけはさっぱり駄目だ。鍵を返しに帳場へ行き、マーゴと目が合うと途端に吠えられた。マゴちゃん駄目でしょとスズキさんは、マーゴの顎を撫でながら言う。それでもマーゴがうるさいので、鍵を置いて挨拶をすると、さっさと引き上げた。

サンバの会場へ向かう。スズキさんは来なかった。脚立も返すことを考えると面倒なので、借りなかった。ひとりでサンバへ向かう。ひとり、ひとり、カムイと昔のアニメのテーマソングが不意に浮かんで鼻歌を歌う。たしか水原弘が歌っていたはずだ。忍風カムイ外伝。

六区も仲見世もいつもの倍以上の人出だ。なかなか前へ進めない。伝法院へ差し掛かる頃には、サンバのパレードの打ち鳴らす太鼓の響きが遠雷か海鳴りかとばかりに轟いていた。太鼓の響きは心をわくわくさせる。前進は意のままにならない。時間が気になる。気ばかり焦る。

馬道の沿道は人で埋め尽くされ、車道も段ボールを敷いたり、携帯用の折りたたみ椅子に座ったりして、びっしりと人の列が出来ている。どこか見やすい隙間はないかと物色して、人にぶつかりながらのろのろ歩き、松屋の前あたりまで行ったとき、わずかな隙間があったので入れさせてもらった。パレードの一団が過ぎ、すぐ前で見物していた人がどこかへ行ってしまったので視界が開けた。一歩前進して鉄柵へ寄った。オカモト君は最後のチームと聞いていた。時間を考えてみるにあと二つくらいだろうか。

あれこれと衣装や演出を凝らしたチームが過ぎ、待っていると次のチームが二天門の方からこちらへパレードして来ている。このチームがそうかなと思っていると、分銅のコスチュームの一団が来て踊った。この一団の次にジャグリングのチームがいたので多分そうだと分かった。ジャグリングの一団は、棒磁石のコスチュームだ。NとSというアルファベットを付けている。先頭で銀色のスティックを振り回しているのがオカモト君だろうかと目を凝らしているうちに、一団は過ぎて行ってしまい、方位磁石のコスチュームの一団が来て、そのコスチュームがあまりに斬新なのでそちらへ目を奪われてしまった。このまま雷門の方へ行き、そこで審査員による審査がある。審査はテーマ、躍動感、衣装、踊り、音楽といった項目別に点数を付けて行われるようだ。サンバを見たのは今年で二回めだが、生の声の合唱と太鼓の音がとてもよい。このエネルギーには圧倒させられる。全日本女子バレーがいくらやってもブラジルに勝てない理由も頷けるような気がする。丹田に籠る力の差が、根本的に違うのだ。

月曜日、どうだったとスズキさんに聞かれ、オカモト君のチームが優勝したんですよと言うと、スズキさんは、あそう、はじめて参加で優勝ってすごいね。よかったよかったと言った。

2009-07-19

スズキさん第20回 つるさんはまるまるむし(下)中嶋憲武

スズキさん
第20回 つるさんはまるまるむし(下)

中嶋憲武


承前 つるさんはまるまるむし(上)


横羽線へ入ってしばらくすると、横浜のインターコンチネンタルやランドマークタワーが視界に入ってきた。道路は空いていて、まったく混雑したところがなかった。横浜まで1時間ほどで来てしまった。横浜港が視界に広がると、ここでスズキさんはヘリコプターに乗ったことがあると言った。

「懸賞に当たってね。乗ったことがあるんだよ」
奥さんと乗ったのだと言う。
「こう、くるっと湾内を廻ってね。15分くらいだったけど、たのしかったよ」
「そうすか。ヘリコプターって、全面ガラス張りみたいだから、こう……」
と、俺が言い終わらぬうちに、スズキさんは話を引き取って喋りはじめた。

「そうそう。足下がすぐ空だからちょっと怖いワケよ。でも爽快だったよ。めったに出来ない経験だからね」俺は、スズキさんが奥さんとふたりでヘリコプターに乗っているところを想像した。想像のなかの空は冬のよく晴れた空だった。
「ふつうは湾内一周4500円らしいよ」
「よんせんごひゃくえんすか」
「いや、5000円だったかな」
15分で4500円だか5000円が一体全体安いのか高いのか、まるで見当がつかなかった。
「こういうのをね、利用すべきなんだよ、ナカジマ君」
「こういうのって……」
「女性をさ、誘うんだよ。乗らないかって誘うんだよ。キッカケ作りよ。大事だよ」
「キッカケっすね」
「そう、キッカケ。キッカケが出来たらあとは会話ね。ナカジマ君はあんまり会話、得意じゃなさそうだけど、みたところ。そんなことない?」
そんなことありませんとは言えないのだった。黙ってスズキさんの話に耳を傾けた。すでに狩場線に入っていた。
「ぼくはお見合いだったんだけどね、ぼくも会話はあんまり得意じゃなかったんで、お見合いして初めてのデートの時なんか、どこへ連れていったらいいのか分かんなくてねえちゃんに聞いたよ」

ねえちゃんというのは、社長のお母さんである。毎日店の帳場に座っている。
「ちょうどそのころ、菖蒲の見頃だったんで菖蒲園がいいんじゃないかって言うんで、菖蒲園へ連れて行ったよ。相手がきれいねって言えば、ああ、きれいだねって言って立ち止まって、菖蒲だけじゃなくて木なんかも生えているわけだから、この木の葉っぱはおもしろい形してるねって言えば、相手もああそうねていう具合で、そういうふうに会話ってのが出来上がっていくんだよ。相手がいま何に興味惹かれてるのかなって観察しててさ、あの花だなって思ったら、その花の色がどうとかいう話をすると、向こうも乗ってくるじゃない。まあ、そういう気配りも大切だよね。ナカジマ君もいつまでも独身でいるわけじゃないだろ?」

スズキさんは会話が得意ではなかったと言っていたが、いろいろと気の回る人なのである。他人を気にかけてどうしたらいいかいろいろと気働きする人は、それが言葉となって出て来るのだ。投げられた言葉を受け取った人は、その言葉を自分の言葉にして投げ返す。そこへ行くと俺なぞは、いままで自分本位のものの考え方をして来すぎはしなかったか。スズキさんが突然結婚の話をしだしたので、いささか面食らっていたが、俺があまりにもものを考えていないふうなので、日頃からヤキモキしていたのではないかしらん。スズキさんの話しぶりにそういう気配が僅かに感じられた。スズキさんには、俺という男がたぶん恐ろしく人間性に欠けていると映っているのではないかと、ふと考えた。事実その通りなのだが。

「結婚前は両目を開けて、結婚後は片目をつぶれってことだよ」
と、スズキさんは続けた。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、その内容ははっきりとした輪郭をあらわさなかった。

「結婚前はね、相手のことをよく観察するんだよ。ま、向こうもこちらを観察してるしね。いろいろとものを食い散らかすなとか、残すなとか、意外とだらしないところがあるなとかね。よくみるワケよ。結婚後は、もうお互い分かって結婚したんだから、少々のことは我慢するんだね」

結婚は我慢だよとだれかに聞いたし、結婚は人事だよともだれかに聞いた。要するに結婚は墓場だ。と、こうはやばや結論づける俺はまだ結婚に幾ばくかの夢をみていたのだ。
「両目をあけて、片目をつむるか。なるほど」と俺は感心してみせた。まんざら嘘でもなかった。
「最初はグループで交際してみるのもいいかもしれないね。3対3とかさ。誰かいないの?」
スズキさんに問われて考えてみたが、そういう存在は皆無であったので、いませんと答えると、そうかあ、いないかあとスズキさんは軽いため息とともに言った。

若宮大路を右へ折れて江の電の線路を越してすこし行ったところに、その店はあった。間口は狭いが奥行のある店だ。奥が工場になっている。工場のちょうど二階が倉庫になっていて、そこへ荷物を運び込むのだ。

荷物はホテルのダブルベッドの枕ほどの大きさで、わりあい重かった。全部で50もある。荷台からいったん台車へ下ろし、そこから持って行くことにした。
「じゃあ、3つずつ持って行こうか」スズキさんは言って、枕ほどな大きさの荷物を3つ持って、すたすた歩き出した。

3つ持ってみたが、ずしりと重い。中身が菓子を入れるための小袋なので、安定感がない。店のなかには店番をしている女性ひとりきり。挨拶をして、奥のドアから二階への狭くて急な階段へ向かう。奥のドアは半開きになっていて、造作の都合でそれ以上開くことが出来ず、荷物を抱えて蟹歩きして入ってぎりぎりの空間だった。

二階はコンクリート打ちっ放しの二間になっていて、手前の部屋は従業員の休憩に使われているのか、コンクリートの床より一段高くなったところに畳が敷いてあり、卓袱台が置かれてあった。奥の四畳半ほどの広さの部屋には段ボールやら袋やらが所狭しと置かれてあり、部屋の一番奥の棚へ荷物を入れるのだと、向こうからやってきたスズキさんが、すれ違いざまに言った。引越業者のように荷物を丁寧に扱い、ものとものの間をそろそろと通った。重い荷物はそろそろと扱うとますます重くなる。棚の手前に荷物が置かれているので不自然な体勢で荷物を入れた。

3つずつ持って3往復もすると、蒸し暑さのせいもあってかかなり疲れた。荷物は車の荷台にまだまだ山と積まれてある。俺は2つずつ運ぶことにした。棚へ荷物を入れて階段の手前あたりですれ違うスズキさんをみると、3つずつ運んでいる。気合が入っている。今日の俺の気合はまるで駄目だ。こんな時に無理して3つ運んで、うっかり落しでもしたら商品に傷がついてしまうかもしれない。無理することはない。と、心のなかで言い訳をして最後まで2つずつ運んだ。

すべて運び終え、受領書にサインをもらって車に戻ると、スズキさんと俺は汗びっしょりで喉がからからだった。店からすこし離れたところまで走り、自動販売機でペットボトルの茶を2つ買った。帰りの旅の仕度は整った。車はもと来た道を引き返した。

横浜横須賀道路を調子よく走っている。ラジオからスチャダラパーのラップが聞こえている。

ツイてねー
マジでツイてねー
ツイてねー
マジでツイてねー
ツイてねー
マジでツイてねー
もう ええっちゅうぐらい ツイてねー

スズキさんはチューナーをくるっと廻した。女性歌手の演歌が聞こえたところで回転を止めた。七五調の歌詞がゆるい。往きは全く空いていてすいすいと鎌倉に到着してしまったが、帰りも空いていてスズキさんはびゅんびゅんと走った。

「空いてますね」と言うと、
「空いてるね。月曜なのに変だね」と言った。
「そのうえ、ゴトー日っすよ」
「そうだね。変だね」
前にも後ろにも、乗用車ばかりが目立った。
「運送の車がいないもの。不況なんだよ」と、スズキさん。
高速道路の継ぎ目を走るとき音が、往きよりも軽くなっているのに気づいた。
「そういえば車、軽くなりましたね」
「荷物、下ろしたからね」
違う女性歌手が、違う演歌を歌っていたが、さきほどの歌手と同じように聞こえていた。

湾岸道路に入ったとき、スズキさんが横浜ベイブリッジを渡ってみようかと言った。いいっすねと俺は言った。もうドライブ気分になっていた。

横浜ベイブリッジを渡っているとき、スズキさんの横顔をちらりとみた。今日半日ほどこうして、運転するスズキさんの横顔をちらちらみていたわけだが、あるイメージとスズキさんの横顔が重なった。「つるさんはまるまるむし」という字描き歌がある。「つる三ハ○○ムし」と描くと、人の顔にみえるのである。その顔に似ている、と痛切に思った。その発見にわくわくし、居ても立っても居られなくなって、スズキさんにもうすこしで「スズキさんは、つるさんはまるまるむしの叔父さんに似てますね」と口走ってしまうところだった。だがすんでのところで思いとどまった。仮に俺が、誰かに「ナカジマくんは、へのへのもへじに似てるね」と言われたとしたら、どうであろうか。人間でも動物でもないものに似ていると言われて、ひとはどう思うであろうか。俺は憮然とするかもしれない。そういったことを慮って発言を控えたのであるけれど、窓の外をみながら「つるさん」と低く呟いた。

今夜、近所の公園に穴を掘ってそのなかに言ってしまおう、と見晴らしのいいベイブリッジのうえで、うすぼんやりと考えた。

2009-07-12

スズキさん第19回 つるさんはまるまるむし(上) 中嶋憲武

スズキさん
第19回 つるさんはまるまるむし(上)

中嶋憲武


「1時んなったら、すぐに出るからね」
スズキさんは言った。
俺は、「はい」と返事をしてNHKの「生中継ふるさと一番!」というお昼の番組の、森林を歩くいとうまいこを観ていた。

昨日、鎌倉へ配送されるべき荷物が間違ってうちへ配送されてしまったので、今日中に届けることになり、かなりの量の荷物ゆえ俺もヘルプすることになったのだ。

「鎌倉、どの辺なんすか?」
「なんでも大仏さんの近くだとか言ってたよ」
「スズキさん、行ったことないんすか?」
「ないよ。鎌倉なんてね。遠いから納品は業者頼んでるし」

二人でしばらく無言でテレビジョンを見つめていたが、スズキさんはうとうととし始めた。うとうとしていたかと思うと、はっと目を覚まし、「眠いねえ」とひとこと言った。
「陽気がよくなってくると、眠くってね」
「そうっすねえ。緑が濃くなってくると、眠っても眠っても眠い感じっすよね」
「ちょっと寝かしてもらうよ」
「どうぞ」

スズキさんは、うしろの壁へ背中を凭せ掛け、すうっと目を閉じた。このところ、スズキさんはお昼の弁当をしたためてしまうと、うつらうつらとするようになっている。春から新しい連続ドラマが始まっていて、まあ、少女がいて、散歩もすれば食事もする、恋もするといった態のドラマだが、スズキさんは寝てしまうので、このドラマを観ていない。始まった当初は観ていたようだが、だんだんつまらなくなったのであろうか。スズキさんの瞳には、笑止千万なドラマなのかもしれぬ。と、想像のつばさを伸ばして考えていると、くだんのドラマが始まった。

スズキさんがはっと起きて、リモコンで音量を2段階上げた。スズキさんはこまめに音量を調節する。ニュースなどは音量を21くらいにしているのだが、ドラマやバラエティなど割と音のレベルが高いものになると、さっとリモコンを手に取り音量を19か18にしてしまう。しかしながら、土曜日のお昼のバラエティ番組で上沼恵美子の発言になると、リモコンで音量を21に上げる。上沼恵美子はネタで「大阪城はウチの不動産」とかホラをよく吹かすのだが、スズキさんはこれがお気に入りとみえて、「ははは」と笑ったりしている。だからリモコンはスズキさんの手の届き易いところに置いておく。

リモコンを2段階上げたので、おっ、今日は珍しく見るのかなと思って、ドラマが始まって10分くらい経ったころ、スズキさんの方を見てみると、……寝ていた。スズキさんはそのまま寝ていて、ときどき「かふっ」「へめ」などの寝言を発した。

ドラマが終り、1時のニュースの登坂アナウンサーが現れた。彼は眉間に憂愁をかすかに漂わせて、画面右下にあると思われるドラマのモニタ画面を見つめていたが、きりっとこちらに向き直り、「1時になりました」と乾いた声で発声した。
「スズキさん、1時ですよ」と言うと、スズキさんは、んん?と言ったまま目を開けない。

登坂アナウンサーの「1時になりました」を聞いてからの俺の行動の順番はいつも決まっている。敷いていた座布団を、引き戸を開けて物入れに仕舞い、仕出しの弁当箱を二つ重ねて、この弁当箱二つというのは、ごはんの入っていた箱とおかずの入っていた箱の二つである。おかずの入っていた箱の方が、ごはんの入っていた箱よりもふた回りほど大きいので、それを下にする。おかずの入っていた箱と箸を持ち、上に乗せている箱の上に中濃ソースのプラスティックの容器を立てて、もう片方の手に湯呑を持ってバランスを取りつつ流しへ行く。流しで箸を洗い、湯呑にポットからお茶を注いで、空の弁当箱とお茶を持って仕事場へ行き、弁当箱の回収に来る弁当屋のために丸椅子の上へ弁当箱を置く。

ところが今日は、スズキさんが壁に寄っかかって寝ていたので、引き戸の敷居がスズキさんの腰の裏に伸びていて、引き戸を開けることが出来ず、最初に座布団を仕舞うことが出来なかった。午後のはじまりのいつものリズムが狂った。座布団を仕舞いに、仏間へ戻るとスズキさんが両手を上げて伸びをし、「いっちょう行くか」と言っているところだった。俺も60年代の植木等のように「ブアーッと行くかーっ」と心のなかで両手両足を広げて叫んだ。

シルバーに輝くメタリックボディのスズキのEVERY。その運転席にスズキさんが待っていた。お待たせしましたと助手席に着くと、「今日はナカジマくんにもちょっと運転してもらおうかな」と言うので困った。俺は前の会社を辞めてから、もうかれこれ3年ほどペーパードライバーなのだ。高速を運転する自信が毛頭ない。

頭のなかで「ペイバーバックドライヴァー、ペイプァバックドライヴァアア」とビートルズの「ペイバーバック・ライター」の曲そのままにリピートされていた。入谷で高速道路に入ってから、10分ほどで銀座に来ていた。空いているのかもしれない。「空いてますね」と言うと、「いや、これからだよ。混むのは」と言った。

Dirty story of a dirty manと頭のなかで「ペイバーバック・ライター」が鳴り響く。それでもすいすいと車は滑り、都心環状線から羽田線へ入った。ラジオの交通情報で、警視庁交通管制センターの阿南京子さんのセクスィーな声で、たびたび耳にする道路だ。入谷で乗ってから、まだ1時間そこそこしか経っていない。「空いてますね」と言うと、「いや、まだこれからだよ。混むのは」と言った。

(来週につづく)

2009-03-01

スズキさん 第18回 ピリピリ温泉 中嶋憲武

スズキさん
第18回 ピリピリ温泉

中嶋憲武


例によって助手席に鎮座している。

今年は記録的な暖冬とかで暖かい日が多く、榛名湖の氷が張らないか張っても薄いために、公魚釣りが中止になったとかいう、どちらかといえば悲しいニュースを聞いた。そんなそろそろ春の予感とでもいったものに誘われるかのように、スズキさんは小旅行の計画を立てているようで、どこそこの温泉はどうだとかいう話をしている。

スズキさんの娘さんが、秋田の横手へかまくらを観にいき、やはり暖冬の影響で雪が少なく、係の人がかまくらの屋根へ毎日せっせと雪を積んでいたとか話していたそうだ。雪は少なかったが、宿はよかったようで「あれよ、いま話題のかんぽの宿なんだけどね」といったので、俺もかつて九十九里のかんぽの宿に泊まったことを思い出した。海が宿のすぐ前に迫っていて、見晴らしのいい宿だった。夜には沖に烏賊釣り船の灯が見え、朝、海岸線を散歩していると、桟橋の上に体長40センチくらいの鮫が半ば乾いてくの字に横たわっていた。

日にきらきらとする死魚の鱗を思い出していると、
「温泉もよかったみたいよ。湯がすこし黒いんだって。鉱泉なのかな」
青で走り出してから、スズキさんはいった。
「ぼくは昔、池上に住んでたことがあるんすけど」と、俺がいうと、
「池上?池上線のか?」と、なにかを思い出すようにスズキさん。
「その池上に久松温泉っていう銭湯があるんすけど、そのなかのひとつの浴槽が黒い湯なんすよ」
「へえ、知らなかった」
「みんな薬湯っていって、喜んで入ってましたっけが本当にそれはもうまっ黒で、コーヒーのなかに浸かってる気分で」
「海に近いからだね。有機物質が多く含まれているんじゃない」
「そんなものですかね」
「そんなものだよ」

言問通りのいくつめかの交差点で停車しているとき、スズキさんが、
「友だちがこの間、東松山のピリピリ温泉に行ってね」と、始める。話題は温泉から離れない。
「ピリピリ温泉すか?」
「湯船にね、薬草の網がいっぱい浮いてるんだって」
薬草の網が、最初ちょっと分からなかったが、大方、薬草をブーケガルニのようにネットにひとまとめにしてあるのだろうと思った。
「もう、あちこちにプカプカ浮いててね。とってもピリピリしたらしいよ。先っちょまでピリピリっていってたから、きっと効くんだよ」
「へえ、なんて温泉なんすか」
「いや、それがねえ、なんて温泉っていってたかな。とにかくピリピリするんで、ピリピリ温泉っていってたんだけどね」
「へえ」
「先っちょまでピリピリだからねえ」
スズキさんは飽くまでも先っちょを強調する。

軽自動車は、伝法院通りの交差点を折れ、仲見世裏の路地へ入る手前の狭隘な道へ入る。スズキさんはこのとき、ダッシュボードへ「通行禁止道路通行許可証」を置いた。この許可証は今年になって、交付されたものだ。

それは、暮れも押し詰まり、世の中の人が誰も彼も右往左往、慌ただしくしていた頃だ。いつものように仲見世裏の路地を納品のために、のろのろと徐行させていたところ、自転車に乗った巡査が3人通りかかり、そのなかの一番若い巡査がスズキさんに、「ちょっと。ここは車入っちゃだめなんですよ。すぐ出てってください」と切り口上にいった。スズキさんは晴天の霹靂、寝耳に水の態で「ええっ?だっていつも通ってるんですよ、仕事で」というと、「いつも通ってるっていったって、あそこにちゃんと標識があるし、あなたが入ってくるからこういう事になっているんでしょ」と、若い巡査は回りの立ち往生しているたくさんの通行人の方へ顎をしゃくった。それは普段の賑やかな土曜日の景と、なんら変わりのない風景であったのだが、若い巡査はこの一台の不法に進入してきた車が往来の妨げとなっていると、頭から決めつけてかかって、ややヒステリックな口調で、「とにかくすぐに出てってください。でないと切符切りますよ」と、いまにも発砲しそうな勢いだった。スズキさんはその勢いに押されつつも、「いや、こっちは仕事でここを通らないと…」と言いかけたが、若い巡査がそれを遮り、「仕事も何も規則なんですから。分かりましたね」というと、2人の中年の巡査の後を追いかけるように雑踏のなか自転車を漕いでいった。

納品先はもう目と鼻の先であるのに、「仕方ない。もどるか」と呟き、おろおろと後退を始めた。

仲見世の裏道の入り口を見てみると、どうしていつも見過ごしていたものか、確かに標識が立っていた。10時から22時までは、自転車と通行人のみ通行可という、青い地のなかに、自転車と、あたかも知らないおじさんに手を引いて連れて行かれてしまうような女の子の絵が、白く抜かれてある標識である。しかもご丁寧なことに立て看板も立ててあり、そこには「この先は道路が非常に狭くなっているため通り抜けできません」と書かれてあった。

「標識ありましたね。10時から22時まで通行出来ないみたいっす」と、俺がいうと、
「えっ?標識あった?あったけっかなあ」と、スズキさんは疑うのであった。
「10時から何時だって?」といらいらとした感じでスズキさんが問うので、
「10時から10時です」と簡潔に答える。
「10時から10時じゃまったく仕事にならないじゃないね。ここ、もう10年くらい通ってるけど、こんなこと初めてだよ」
そうなのだ。スズキさんはこの路地をかれこれ10年ほど納品に通っていたのである。標識の存在にまったく気がつかずに。俺は助手席なので、標識がよく見える位置に座っていたのであるが、この標識はまったく意識のなかに入っていなかった。今日、忽然とこの標識が現れたのだ。
「いつから、立ってたんですかね」と俺が訝ると、
「いつからって、むかしからきっと立っていたんだよ。気がつかなかった。目に入ってなかったんだな」

俺はしばらく狐につままれたような心持ちがしていた。いつだったか、向こうから対向車がやってきて、こちらは一方通行を逆走してくる不埒な者と決めつけてかかって、スズキさんは腕でバッテンを作って一所懸命かざしてみせたが、きゃつらは一向に後退せず、われわれが退却を余儀なくさせられ理不尽な思いでいたのだが、いま考えてみるときゃつらが正しくて、われわれが間違っていたのかもしれぬ。

こういう状態では仕事にならぬので、スズキさんは警察へ行って許可証を申請してみるよと言い、その日のうちに申請に行き、年が明けて2週間ほどして許可証が交付されたのだ。

スズキさんは、どうだと言わんばかりに許可証をダッシュボードの上に置いて、
「あの若いおまわり、また来ないかな」とぽつりと言った。





2008-12-21

スズキさん 第17回 あんドーナツ 中嶋憲武

スズキさん
第17回 あんドーナツ

中嶋憲武



「吉展ちゃん事件」のあった公園の銀杏は、まぶしいくらい黄葉している。今年は寒いせいか、銀杏が黄色く色づくのが早いような気がする。助手席から窓の外の、冬の陽光が斜めに差す町を眺めつつ、スズキさんと配達に行く途中の俺。

朝、すこし時雨れていたせいか、葉が洗われてことさらまぶしく見える。その時雨のなか俺は鶯谷駅を降りると、いつものコーヒーショップへ立ち寄るのを、はたと思いとどまり、通勤の道とはすこし遠回りになるが、出勤の前に、昨夜の通夜に出席した寺へ寄っていこうという気になったのだった。

友人が死んだ。木曜日に倒れて土曜日の夕方逝去という流星のような死。53歳。早すぎるという思いは、彼を知る誰の胸にもある。やりたい事をやり、ふたりの妻に看取られて、彼は幸せ者だったのだろう。俺はそう思うことにしたが、喪失感は否応も無く存在を大きくしていく。

寺の階段を上がると、祭壇のある部屋があり、扉を押すと容易に開いたので、なかへ入る。彼の棺へ近づき、線香を、と思い、14、5本も立てる。線香の十四五本もありぬべし、と反射的に頭に浮かび、こんな時に不謹慎な、と思いつつ合掌する。

昨夜、お清めとして飲み食いした仏間の方を覗いてみると、彼の細君が蒲団をすっぽり被って寝ていた。木曜日から、あまり寝ていないのだろう。

棺へ戻り、小窓から彼の顔を見る。すこし笑って寝ているような、おだやかな顔。その顔をじっと見ていると、祭壇の左手にある扉が開いて、ご住職の母上と思われる女性が顔を出したので、俺は挨拶をし、名前を名乗った。急なことで、と言い、二人で棺を見守っていたが、それでは、とその場を辞した。その時、傘を置き忘れて行ってしまったのだ。

配達の出がけにスズキさんに、傘を忘れて来てしまったことを告げ、すみませんが寄ってもらえませんかと言うと、二つ返事でOKしてくれた。今日の行き先とは逆方向になるのに、だ。それで俺は傘を置き忘れた経緯と、亡くなったのが俳句仲間であること、奥さんは二十歳年少で初婚であること、友人にとっての再婚生活が半年だったこと、その再婚のお宅へ2、3回泊まったことがあること、友人と善福寺川や青梅街道を歩いたことなどを話した。根岸通りへ入り、いつも配達している、得意先の倉庫の手前の路地を入ったところがその寺であるので、その路地が近づいたときに俺は、
「そこの路地入ってったところですんで、その辺で」と言うと、
「そこは、一方通行の出口だから反対側まで廻ってあげるよ。時間もあるし」とスズキさんは言った。

そこでぐるりと迂回しその道の反対側の、せんべい屋の分かれ道を右に入って行った。
「あそこの蜜柑の生っているとこっす」と俺が言うと、ああ、あそこねとスズキさんは鷹揚に頷き、ゆっくりと車を停車させた。
「悪友のみな喪服着て冬銀河」スズキさんは声に出して読んだ。掲示板に住職の筆で柔らかく認められた俳句が掲げられていたのだ。
「なるほどね。俳句仲間を悪友に見立てたわけか。冬銀河を渡ってっちゃったんだね」
「悪友と冬銀河がいい味なんすよ」と、俺は言って車を降り、階段を駆け上がった。

傘は元の場所に、元の通りにあった。隣室から、なにやら告別式の打ち合わせをしてでもいるかのような会話がひっそり聞こえている。俺は傘を持ち、そっと外に出た。階段を駆け下り、「ありました」と言って、助手席に座る。

得意先に向かう道すがら、車内でスズキさんは、早すぎるねえ、かわいそうだねえ、奥さんは大変だねえ、でも若いから大丈夫かねえと繰り返していた。

仲見世のいつも行く得意先の倉庫へ、品物を納め、仲見世の裏の路地をのろのろと徐行していると、向こうからひとりのお年寄りが、ひょこひょこと歩いてきた。スズキさんは、窓を開けて顔を出し、そのお年寄りへ向かって、
「おじさん、おじさん、チャック」と言った。そのお年寄りは、前屈みになって、ズボンの前のジッパーを引き上げる仕草をした。
「空いてたんすか」と俺が尋ねると、スズキさんは、
「なかのものが、飛び出してなくてよかったよ」と言った。

路地をゆるゆる走らせ、浅草寺の山門に突き当たるところを右に折れると、甘味屋が並んでいて、そのうちの一軒は何が名物なのか、いつも行列が出来ている。路地は更に狭くなっているのに、人だかりがあって剣呑である。スズキさんは、窓から顔を出し、「すみません。通ります。すみません」と言いつつ、俺も左側の窓を細く開け、「すみません。すみません」と言いつつ走る。行列のなかに小学生の兄弟があって、2年生くらいの弟が、6年生くらいの兄の尻を回し蹴りした。兄はへらへらしているが、弟は怒気に染まって真っ赤である。スズキさんは、窓から顔を出して、「おっ、すごいなあ。元気がいいのはいいけど、危ないよ。兄弟仲良くね」と、その弟へ向かって言った。

すこしのろのろ進むと、高校生がひとりひょろりと立っていて、その高校生は我々に背を向けて立つ格好だった。傍に並んでいた友人らしきもうひとりの高校生が、「ナオト、車」と声をかけると、ナオトと呼ばれた高校生は、緩慢な動作で端へ寄った。スズキさんは、窓から顔を出して、「ナオトくん、ごめんね」と言いながら、ゆるゆる走った。

人だかりを抜けてから、
「はは、研ナオトか」とスズキさんは言っておかしそうに笑った。研ナオトに合点のゆかぬ思いでいると、
「あ、研ナオコだったか」とスズキさんは何でも無いことのように言った。

大通りへ出て、隣に2階立てバスがしばらく並走し、最後尾の非常口のデッキに初老の男性が、祭と書かれた法被を引っ掛けて立っていた。スズキさんは、その男性へ「おっ、いいねえ」とにこにこしながら言った。法被の男性もにこにこしていた。通り去ってから、「知り合いですか」と尋ねると、「いや、知らないひと」と答えた。

帰りの道と、違う方向へ行くのでもう一軒どこか配達か納品でもあったのかと思っていると、「ちょっと、あんドーナツを買っていくから」と、スズキさん。
「美味しいんだよ、その店の」と言うので、俺は酒が嫌いな甘党であるので、
「本当っすか」とひと膝乗り出す気分で聴くと、
「食べてみる?ここいらあたりじゃ、一番じゃないかな。つぶ餡とこし餡とどっちがいい?」
「つぶ餡っすかね」
「つぶ餡か。ぼくはこし餡がいいね。ま、だいたいこし餡かな」
「いや、つぶ餡がいいっすよ。だいたいつぶ餡っすかね」
「へえ。人によって、この好みはさまざまだねえ」
「おはぎはこし餡がいいっすけど」と、俺が言うと、
「ぼくは、おはぎはつぶ餡だ。逆だねえ」
「面白いっすね」
「面白いね」と、話しているうちに、そのベーカリーに着いた。あんドーナツは、ベーカリーの人気商品で、すぐに売り切れてしまうらしい。言問通りから千束通りへ入ってひとつめの信号を左に折れて、しばらく行ったあたりだ。

スズキさんが、あんドーナツを買っている間、カーラジオで、スリー・ドッグ・ナイトの「喜びの世界」がかかった。ジェレマイヤは牛蛙に似てるけどとっても良い友人と歌いだし、この不思議なバンド名は、「寒い夜は犬と一緒に寝て暖まり、もっと寒い夜は2匹の犬と寝て暖まり、さらに冷えて身も凍る夜は3匹の犬が必要だ」というオーストラリアの古い言い伝えに由来しているということをどこかで読んだけど、どこだったかと考えているうち、スズキさんが、あんドーナツを抱えて戻って来た。

つぶ餡のあんドーナツを、つまむ。なるほど美味だ。餡もドーナツもかなりの代物だ。こいつをひとつ仏前に、と目論んだ。





2008-11-23

スズキさん 第16回 ハウリング 中嶋憲武

スズキさん第16回 ハウリング
中嶋憲武



〔前回までのあらすじ〕 スズキさんと俺は、同じ職場で働いている。そんなある日、スズキさんが町内の神社の奉納カラオケ大会に出ることになり、それを見物にいった晩、スズキさん一家も見にきていて、スズキさんのたいそう美人の娘さんに、ビールを勧められ、俳句の話で盛り上がりかけるのだが。

そこへ娘さんのお子さんがやってきて、水ヨーヨーを買ってくれろと、娘さんを引っ張って行った。

さて、これをどうしたものかと考え、一口、啜ってみたが、不味い。冷たい風も吹いているし、無理して飲んでもトイレが近くなるばかりだし、第一、心臓の鼓動が早くなり、頭痛がしてくることも分かりきっていたので、せっかく美人の娘さんに頂いたビールであるが、捨てることにした。どこか、人目につかぬところはないかときょろきょろすると、回りの植え込みのくらがりが目に入った。ビールを持って、木陰のくらがりへ行くと、神社を囲っている低い石垣の向こうに、自転車に乗って、こちらを見ている男と目が合った。近所の人なのだろう。カラオケを見物しているのかもしれない。だが、心に疾しい様子を見て取られたような気がして、俺はビールを捨てるのを躊躇した。何気ないふうを装って、木陰を歩いていると、賑やかな祭の場で、そんなところを歩いていること自体が不自然で、なんだか屋台の兄さんたちや、事務所のひとたちから、不審者として見られているような気がしてきて、ふたたび、冷たく重いビールの容器を持って、明るい場所へ出た。

明るい場所へ出てみたものの、プラスティックの容器を持つてのひらは、いよいよ冷たく重くなるばかりだし、さりとて飲んでしまう訳にも行かず、美人の娘さんに頂いた一杯のビールの処置に困っている俺、47歳。もうすぐ48歳。俺はコーヒーが飲みてえんだよ。酒なんか、不味くて飲んでらんねえんだよ。心の叫びは、十三夜の夜空にむなしく木霊するばかり。元はといえば、あいつがと、石垣のあたりをみると、自転車の男は、どこかへ行ってしまったのか、家へ帰ったのか、見当たらず、これ幸いとばかりに、木陰のくらがりへ忍び込む。森の木陰でドンジャラホイ。シャンシャン手拍子足拍子。太鼓たたいて笛吹いて。今夜はお祭り夢の国。小人さんがそろってにぎやかに。あ ホイホイヨ。ドンジャラホイ。おつむふりふりドンジャラホイ。かわいいお手手で踊り出す。三角帽子に赤い靴。お月さんにこにこ森の中。小人さんがそろっておもしろく。あ ホイホイヨ。ドンジャラホイ。と、感極まって踊りだしたいくらいな心境であった。

俺は、てのひらの冷たく重く、プラスティックを満たしていたところのビールを、うやうやしく、樹の根元へゆっくりと注いだ。きらきらと、月光を受けて黄金の液体が、地面へ染み込んで行く。さようなら、ビールよ。

晴れやかな気分になって、神楽殿の特設ステージ前へ戻ると、この神社の宮司さんが挨拶をしているところだった。まだ若い宮司さんである。

スズキさんが、
「順番は25番になったよ。あと20分くらいかな」といったので、
「着替えなくていいんですか」というと、
「あとふたりくらい、終わったらね」というので、随分余裕があって、慣れているのだなと感じた。
「ずいぶん、風が出てきて寒くなってきたから、みんな帰っちゃうよ」とスズキさんは心配顔だ。

スズキさんと並んで、ステージの進行をみていると、なにやら鳥居のあたりが騒がしくなって、誰かが、「お出でになりました」と大きな声でいうのが聞こえた。スズキさんは、「来たかな。毎年、挨拶に来るんだよ。衆議院議員のね」聞くと、総裁選に出馬した二世の衆議院議員であった。この辺が地元であるらしい。

テレビジョンなどでみているよりも、顔色は浅黒く、背が高くみえた。若い秘書とふたりで来ていて、何度も何度も、集まっていた人たちや、宮司さんと記念写真に収まっていた。会場はもう大半が、カラオケよりも議員のほうへ関心が向いていて、飛び入りで何か一曲ということになり、その議員は、神楽殿のステージに立った。「ええ、こういう場ですから、面倒くさい挨拶は抜きにして、叔父の歌を一番だけ、歌わせていただきます」というと、傍らに控えていた秘書が、セッティングに入った。会場は、さっきまで誰かがステージで歌っていても、ざわざわとしていたが、水を打ったようにシーンとして、「聴こう」という雰囲気に満ち満ちていた。十三夜の風の音すら聞こえるようだった。

その議員が卒なく「北の旅人」を歌い終わると、やんやの喝采が巻き起こった。神楽殿のステージを降りて、二世議員は人々の差し出す手に、もれなく握手して行った。スズキさんが、さっと右手を差し出すと、素早く握手して、鳥居の外に待たせてある黒塗りの車へ足早に立ち去った。

「そろそろだな」といってスズキさんは、神楽殿の楽屋へ入っていった。ステージの後方の幕が、風でときおり翻り、隙間からスズキさんが、花束係の女性ふたりに手伝ってもらって、着替えているのがみえた。化粧もしているらしい。睫毛のあたりに何か塗っている女性の姿がみえた。

司会者が、「もう早いもので、大詰めに近づいて参りました。次は、25番、箱根八里の半次郎。歌うは氷川ただしさんで、氷川きよしさんの義理のお兄さんだそうです」と紹介すると、会場は湧いた。

イントロが流れ出すと、ステージ後方の幕間から、縞の合羽に三度笠、手甲脚絆に二本差しのスズキさんが、ダダッと現れ、刀を抜いて、欄干に足を掛けて、ハタと前方を見据え、なにかいったが、これは聞こえなかった。前列の方の人はウケていた。あとで、あのとき何ていったのか聞いたら、「逃げやがったな」といっていたのだそうだ。「そうか、聞こえなかったか。もうちょっと大きくゆっくり言わないと駄目なんだな」と反省していた。歌に入るときに、マイクが大きくハウリングして、これもあとから、「あのとき、あれで調子狂っちゃったねえ」といっていた。歌はスズキさん独特の高音で歌われ、振りも「やだねったらやだね」という箇所で、ちゃんと付けていた。最後に引っ込むときに、コケてみせると聞いていたので見ていると、コケはせず、割と普通に引っ込んで行った。

スーツに着替えて、戻ってきたスズキさんに「お疲れさまでした」というと、「いやあ、失敗しちゃったね。せっかく見にきてくれたのにね」といった。

帰るときに、スズキさんに挨拶すると、ちょっと待ってといわれ、スズキさんの奥さんにこれから家へ来ないかと誘われたが、時間も結構遅かったのでお断りすると、大きな袋をくれた。スズキさん、奥様、娘さん、娘さんのお子さんにお別れをして、駅へ歩いていった。

家へ帰って、大きな袋を開けてみると、お赤飯、お供物、コアラのマーチ、のど飴、ポッキー、缶ビールなどが入っていた。缶ビールはまだ冷蔵庫に眠っている。



2008-11-16

スズキさん 第15回 シングルマザー 中嶋憲武

スズキさん第15回 シングルマザー
中嶋憲武



風も出てきてうすら寒いし、ちょっと腹も減っていたので、たこ焼きを買った。

神社の狭い境内に、大音響でカラオケがこだましている。ソースをかけてもらって、屋台のおばさんにマヨネーズかけますか?と聞かれたので、お願いしますといった瞬間、たこ焼きへソースぬらぬら十三夜という句が浮かんだが、余りにも駄作で持っていた帳面にも書き付けなかった。

大きなたこの入っている熱いやつを、はふはふいいながら、下品に食べる。何もそんなに急いで食べるいわれは全く無いのだが、冷めないうちにと慌てて食べていると、くちびるを軽く火傷したようである。さえざえとした、風のなかの月をみながら食べても、火傷はいっこうに収まらなかった。

くちびるの火傷を気にしながら、本日のメインステージである神楽殿をみると、神楽殿の欄干の下に、模造紙を2枚張り合わせたものが、ガムテープで貼ってあって、出演者と、曲名が書かれてあった。出場者は30人で、いま、歌っている人は「命くれない」を歌っているから、スズキさんの出番は、とみていくと、あった。「箱根八里の半次郎」。名前は、氷川ただしという名前にしたようだ。順番がいま歌っている人よりも前なので、もう歌い終わってしまったのだろうか。今日、仕事が終わって俺よりちょっと早く、仕事場を出たからひと足違いなくらいのものなのだが、渡世人の扮装をして歌い終わってしまうには、すこし時間が合わないような感じがした。

歌が終わって、ステージへ花束を持って駆けつける女性がふたりいた。司会者が出てきたので、みるとスズキさんではない。たしか今日、前半は司会もするというようなことを聞いたと思ったが。ステージの下に貼られてある曲目をみると、「つぐない」「ラブユー東京」「天城越え」「さざんかの宿」「恋の季節」「戻り川」「さすらい海峡」といった曲名が並んでいて、30曲のうち、曲名をみて曲が浮かんでくるものが半分にも満たなかった。たこ焼きを食べ終わってしまって、所在無くしていると、神楽殿の控え室みたような場所にスズキさんが座っているのが見えた。同時に向こうでもこちらに気付き、スズキさんは右手を「やあ」というふうに挙げるとこちらへ近づいてきた。

「来てくれたんだ」スズキさんは、帰ってからすぐに着替えたのか、スーツにネクタイを締めている。
「出番、もうすぐじゃないですか」と聞くと、
「ああ、あの貼り紙に書いてあるやつは、順番通りじゃないんだよ。貼り紙では、8番目になってるけど、もうちょっと後のほうだと思うよ」といった。
「司会もね、今日はやらなくてよくなったよ」
「そうなんすか。仕事で遅くなったからですか?」
「いや、そうじゃなくてね。なんか、やってくれるらしいよ」

話していると、ふたりの女性と、かわいい小さな女の子が寄ってきた。

「あ、こちら、ナカジマくん」とスズキさんに言われて、「ナカジマです」と挨拶すると、スズキさんの奥さんと、娘さん、娘さんのお子さんという事がわかった。スズキさんの娘さんはたいへんな美人で、年の頃は三十代前半でシングルマザーであると聞いていた。「いつもスズキさんにはお世話になってます」というと、娘さんは「こちらこそ。迷惑おかけしてるんじゃないですか。いつもこうですから」と美しい眉根を顰めた。

「いいぞー」とスズキさんは、歌っている人に声を掛けた。知り合いかと思っていたら、スズキさんは全然知らない人だといった。こうやって声掛けたほうが、歌ってるほうも気分いいでしょといって笑った。歌が終わって、先ほどの女性ふたりが花束を持って、ステージへ寄って行った。スズキさんの娘さんと、お孫さんも花束を抱えてステージへ近づいている。

「あの花束ね、使い回ししてるんだよ。歌ってるほうも了解済みだからさ」とスズキさんはいった。なるほど、どうも毎度歌い終わるたびに、同じような花束を渡してるなと思っていたのだが、謎が解けた。

香具師のお兄さんたちも、狭い境内のことで、客足もだいたい一巡してしまうと、暇そうにしていたが、わた飴屋の茶色のロングヘアーのお兄さんが、ふらふらと参道を挟んだ反対側にあるあんず飴の屋台へ行き、二言三言交わすと、あんず飴を片手に戻ってくると、そのあんず飴へわた飴をくるくる巻き付け、小さな聖火のようなスイーツを拵えた。じゃがバタ屋の兄さんと冗談を言い合いながら、あんずわた飴をしゃぶっているところへ、あんず飴の兄さんが、自分の屋台を空っぽにしてふらふらとやって来た。そして徐に、じゃがバタ屋の食材から、勝手にフランクフルトを選ぶと、鉄板へ油を引いて、フランクフルトを炒めはじめた。じゃがいもも、細かく手で千切って一緒に炒めている。ちょっとした料理である。

フランクフルトのじゅうじゅういっているのを見ていると、スズキさんの娘さんが大きなプラスティックのコップに注がれたビールを持ってきて、どうぞと俺に渡した。俺はアルコールは一切駄目なのであるが、せっかく持ってきてくれたものを、無下に断ることもできず、冷たく重いプラスティックの容器を受け取った。

「歌を詠まれてるんですってね」と、聞かれたので、歌ではなくて、俳句です、と説明するのも面倒で気恥ずかしいことで、
「ええ」と返事すると、
「いつ、そんな時間があるんですか。大変でしょ?」と聞かれ、いえ、そんなことはありません、駄作ならホイホイできます。現にさっき一句浮かびました、とは答えず、
「一日にそういう時間を持つことができた日は、幸せです」と答えると、
スズキさんの娘さんは、謎めいた魅力ある笑い方をした。



2008-11-09

スズキさん 第14回 20ワット 中嶋憲武

スズキさん第14回 20ワット
中嶋憲武


熱とひかりの白い夏は過ぎ去って、秋になった。

スズキさんの体調もすっかり回復し、最近では医者にも通っていないという。夏の間は、昼飯のときによく薬を嚥んでいたが、もう薬袋をがさごそとすることも無くなった。

昼飯は、仏間でスズキさんと俺、テレビジョンを見ながら仕出しの弁当を食う。決まってNHKだ。10月になって、新しい連続ドラマが始まった。双子の姉妹がいて、食事もすれば、散歩もする、恋もするといった態のドラマで、舞台が京都祇園と松江の2箇所で、スズキさんは松江に行ったことがあるらしく、「いいところだよ」といった。出雲大社が出てくると、「太い注連縄があるんだよ」というので、見守っていると、かなり太い注連縄だったので、感心して「太いっすね」というと、「ねっ、太いでしょ。太いんだよ」といって頷いた。見ていると、なんだか松江へ行ってみたい心持ちに駆られてきて、「行ってみたいっすね」というと、「行ってみるといいよ。宍道湖はいいよ」といった。スズキさんは、町内会の旅行で全国津々浦々へ出かけていて、沖縄以外はたいがい行ったことがあるそうである。だいたいいつでも幹事を引き受けているのだそうだ。

町内会といえば、今度の土曜日にスズキさんの町内会の神社の秋まつりで、奉納カラオケ大会があり、スズキさんは前から決めていた通りに氷川きよしの「箱根八里の半次郎」を歌うことになって、最近、あちこちの店で衣装を買い集めているのだ。三度笠に縞の合羽と、手甲脚絆に草蛙と、大方は東急ハンズで買い揃え、あとはハゲのズラを揃えるだけとなり、納品のついでに仲見世のみやげもの屋などをチェックしているのだが、スズキさんの意に添うような品物が無く、あったとしても三千円以上するしろものであり、三度笠などでほぼ一万円掛かっているので、スズキさんとしては一万円の範囲内で収めたいらしく、今回はハゲのズラ無しでいくという方針に、一大転換した模様だ。スズキさんの演出としては、歌い終わって、最後に三度笠を脱ぎ、お辞儀すると、ハゲのズラの脳天のあたりに朱文字で、大きく「祭」と書かれてあるという寸法に持ち込みたかったようである。俺はそれは面白いっすね、と賛同していたのであるが。

当日の土曜日の昼休みに、スズキさんに「今夜ですね」というと、自宅でゆうべ衣装合わせをした話などを聞かされ、聞いているうちになんだか見てみたいような気になって「見に行ってもいいすか」と聞くと、「見にくる?」と嬉しそうにしたので、神社への道順などを聞いて、駅からどこへ行くバスに乗ればいいのかも聞いた。

スズキさんから「稲荷神社」というバス停で降りるのだと聞いていたので、バスに乗るとき、車掌に「稲荷神社、停まりますか」と聞くと、車掌は腑に落ちない顔をして、「稲荷横町でしょ?」と聞くので、「稲荷神社です」と強い口調で、立ち食いそば屋で、間違ってうどんを出され、「ソバですっ」と訂正するタナカヒロシのように訂正すると、車掌はいよいよ困った顔をしたので、「日大二高通りの」というと、車掌は「日大二高通りなら通ります」と答えたので、乗車賃を払って、重油の染み込んだような黒っぽい床を踏んだ。

停留所は、車掌のいった通り、「稲荷横町」という名前だった。バスを降りる直前、路地の奥に明かりの灯ったお社が見えたので、神社の場所も判然とした。

神社は百坪ほどの小さな神社だった。奉納カラオケ大会はもう始まっている。参道の脇に、たこ焼き屋、じゃがバタ、フランクフルト、ラムネなどを売る屋台、わた飴屋と並んでいて、反対側にぽつんとあんず飴屋の屋台があった。小さな提灯が、境内いっぱいに吊るされてあった。二三日前に、納品に向かう車のなかでスズキさんに、「ナカジマくん、祭とか縁日に吊るす提灯ね、あれ、なかに入ってる電球何ワットか知ってる?」と聞かれたので、当てずっぽうに「20ワットすか」と答えると、「おっ、よく知ってるね。20ワットなんだよ」といった。俺は別に知っていた訳ではなくて、飽くまでも当てずっぽうだったのだが、それはおくびにも出さず、「提灯見てると、もっと明るいような感じしますけどね」というと、「そう。明るく見えるよね。でも、20ワットより上だと、熱で張ってある紙が燃えちゃうらしいよ」とスズキさん。「便所の20ワットってのは、暗いんすけどね。祭や縁日の20ワットは明るいすね」と俺がいうと、「そうなんだよ。明るいワケよ」といった。

提灯を眺めながら、そんな会話を思い出していた。今日の昼の天気予報で、予報士が、「今夜は木枯らし0.5号くらいの風が吹きます」といっていた通り、すこし寒い風が出てきて、提灯がゆらゆらしていた。



2008-10-12

スズキさん第13回 アクエリアス 中嶋憲武

スズキさん第13回 アクエリアス
中嶋憲武



5月の連休が終わった頃から、スズキさんは体の不調を訴え、辛そうにしていたのであるが、とうとう医者へ行って診てもらったところ、老人性肺結核であることが判明し、しばらく通院しながら家で養生することになった。

医者から帰ってきて、スズキさんは「昔から呼吸器系が悪くてね」と言って、力無く笑った。なんでも、肺結核はこれまで二度ほど患っており、最初は下井草の駅前で鳩の羽毛を、むやみに吸い込んでしまったのが原因であったと、おろおろと語った。

俺は、鳩が原因で肺結核などという病に罹ってしまうものかと、少しく疑問であったので、その辺をそれとなく聞いてみたが、スズキさんは「いやもう、下井草駅前は鳩がすごいわけよ」と鳩一点張りであるので、人生にはまだまだ俺のごとき素床独乞には、預かり知れぬ道理というものがあるのだなと、風に吹かれてひとり首肯していた。

スズキさんが養生している間、社長と俺が手分けして配達やら集金やら、やらなければならないので、スズキさんが静養に入る前に、普段スズキさんが回っているお得意先のルートを知っておく必要があるということで、半日ほど、スズキさんの助手席に座って、配達のお供をした。

いつもの仲見世裏の細い路地を車で徐行していると、浅草寺にぶつかる突き当たりのところで、金髪の長身の女性がデジタルカメラを手に、なにやらしきりにアングルを狙っていた。ちょうど、細い路地が浅草寺にぶつかって、右へ折れる角の真ん中あたりにその女性が立っていて、カメラを覗いているのでこちらに気付く素振りはまったくない。スズキさんはそろそろと車を停止させ、気付くのを待っていた。女性がカメラから目を離し、こちらに目を向けると、フランス語と思しき言葉でなにか言って、脇へよけた。

スズキさんは窓から顔を出し、その女性へ「ソーリー、ソーリー」と言って、徐行を始めた。「ソーリー、ソーリー、ひげソーリーなんてね」と独り言のように言って笑ったので、俺も笑った。

そこからちょっと行った先の、自動販売機でコーラなどを買って飲み、小休止するのが通例であったので、スズキさんは車を停め、俺に小銭入れを渡した。いつもここでスズキさんに飲み物を御馳走になっているのである。俺はスズキさんに「なにがいいですか」と聞くと、スズキさんは「アクエリアスがいいかな」と言った。

自動販売機でアクエリアスとコーラを買って車に戻り、アクエリアスをスズキさんに渡し、通常であればスズキさんは、紙パックのマンゴージュースを所望するので、アクエリアスなんて珍しいですねと言うと、なんでもアクエリアスには、点滴と同じ成分が含まれていて、医者に薦められたのだそうだ。

それから、言問橋を渡り向島に入り、隅田川畔の和菓子屋へ寄り、昨日俺が刷った熨斗紙を納品して、京島、八広などのくねくねした道を行き、1軒。そこから旧中川を越えて江戸川区へ入り一之江、瑞之江、松江、春江町、などを回り、葛西橋を渡り、江東区へ入り、南砂町、石島、冬木、深川を回った。いろいろと配達し、道順などもしっかり記憶したつもりであるが、余りにもくねくねと細い路地や、裏道を行ったりしたので、店へ戻ってきたらあらかた忘れてしまっていた。

戻ってきて俺は残っていた印刷の仕事をし、スズキさんは注文のあった品物を車に積むと、ふたたび配達に行った。

機械を回して、印刷の出来をチェックしていると、背後を誰かが通った気配がしたので、振り向くと誰もいなかった。確かに人の気配がしたが、誰もいない。イクちゃんか?

イクちゃんとは、以前ここで機械を回していた職工のことだ。18で入社してきて、40年機械を回していたのだとか。俺はイクちゃんとは一面識もないが、みんなそう呼んでいるので、「イクちゃん」と記憶している。イクオとかいう名前だったような気がする。アル中で体を壊し、入退院を繰り返していたが、一年ほどまえに亡くなった。その後釜が俺だ。イクちゃんが俺の仕事ぶりを見に来たのかもしれない。そう思うと、どこかその辺の物陰からイクちゃんの視線があるような気がしてきた。伝え聞く風貌をぼんやりと思い浮かべながら、機械に向かっていた。

5時過ぎに戻ってきたスズキさんは、手早く片付けると作業着を着替えはじめた。

「ナカジマくん、じゃあ頼むね」と言って、スズキさんは帰った。スズキさんはそれから3週間くらい休んだ。



2008-06-15

スズキさん 第12回 パフォーマンス 中嶋憲武

スズキさん第12回 パフォーマンス
中嶋憲武



「まったく毎日、寒いか暑いか、どっちかにしてほしいよ。体に悪いからね」
「そうっすね」と、俺は助手席で首肯した。

昼休みにスズキさんは、三畳の仏間で、テレビジョンも見ずに卓袱台に突っ伏して寝ていた。この2、3週間というものスズキさんは弁当を食べてしまうと、うとうととし始め、そのうち必ずといっていいほど、突っ伏して寝てしまうのである。時には、軽くいびきを掻くこともある。風邪が治らないといっているけれど、それだけではないような気がする。どこか悪いのではないかと思う。

昼のバラエティ番組に氷川きよしが出てきたときは、はっと起き上がり、「氷川きよしか」といって見始めた。「箱根八里の半次郎」を歌い始めると、「秋にこれ、やるわけよ」といった。なんでも秋にスズキさんの町内会のかくし芸大会のようなものがあり、去年、山本リンダのものまねをして女装までしたので、今年は三度笠に縞の合羽で刀を差し、「箱根八里の半次郎」を歌うというのである。「途中に殺陣とか入れてさ、真面目に歌ってて、最後にね、三度笠を脱いでお辞儀すると、カトちゃんみたいな、はげのズラを付けててね、それがオチになるわけよ。面白いだろ?最後にはげのズラ」といって楽しそうに笑った。

午後は雷門のちかくの和菓子屋へ納品があり、俺はこれを手伝うことになり、助手席に座った。和菓子屋の4階の倉庫へ、手提げ袋200個入りの包みを60個運び込むのだ。その包みはひとつ5キロほどあり、大きさもかなりのものだった。

和菓子屋の前へ車を停め、荷台から台車を降ろしてそのうえに包みを8個置き、1階の店の脇から入り、奥の工場の横の狭い通路を通り、工場裏のエレベーターで4階まで上がり、倉庫へ運び込むという手順で、全部運び終えるまで、この作業を繰り返すのだ。

スズキさんが、車から降ろした荷物を台車へ積み4階まで上げ、4階で待っている俺は、それを倉庫へ運び込み積み上げるという役割分担だった。

4階の暗くて狭いエレベーターホールに、小窓があり、これを開けるとごみごみと立ち並ぶビルの向うに、隅田川がきらきらと光っていた。隅田川の向うの岸に男女が座っていて、男が女の膝枕で気持ち良さそうに寝ている。のぞき窓の向うのミニチュアの世界のようだ。「立版古」という古い季語を思い出す。

エレベーターのドアが開いて、スズキさんが台車を押して出た。スズキさんは、「じゃ、まずこれを入れるための場所を作っておこうか」と言って、間口二間くらいの入口に立った。奥の倉庫とは狭い廊下で繋がっていて、廊下の右側は窓で、その前に所狭しと段ボール箱や寿司桶(寿司桶?なんのために?)、さまざまながらくた類が積まれている。左側には従業員の休むための6畳ほどの座敷があって、入口の襖には、流麗な女性の筆文字で、「ねづみが出るので出入の時に締めてね」と書かれた紙が貼ってあった。

廊下へ上がるには、一旦靴を脱いで、スリッパに履き替え、倉庫へ降りるときに専用のサンダルを履かねばならず、廊下は5、6メートルほどしかないし、やや面倒だと思っていると、スズキさんは「そこの部屋に誰もいないようだから、このまま上がっちゃおうよ」と言って、土足のまま、すたすたと廊下を歩いていった。俺もスズキさんに倣い、土足のまま失礼した。廊下は幅一間ほどだが、片側に荷物が置かれているので、すこぶる狭い。ここを蟹歩きして荷物を運んでゆくのだ。

奥の倉庫は、30平方メートルほどの広さで、コンクリートが剥き出しになっている。ここも廊下からはみ出した荷物が、そのまま流れて広がって行ったのではないかと思えるほど、シュールレアリスティックに雑然と、混沌としている。「のだめカンタービレ」ののだめの部屋の倉庫版と言い替えることも出来よう。

まず、ぱっと目に付く巨大な茶筅。壁に掛けてあるのだが、一体何に使う道具なのか、2メートルほどはあり、竹製の工芸品である。そこいらじゅうに荷物が積まれ、倉庫内を自由に行き来出来ない。L字型のけもの道のような狭い通路が、乱雑に積まれた荷物の間にわずかにある。その廻りには荷物のほかに、みかんやりんご、夏みかん、梨などの段ボールの空き箱、天井から逆さまに吊られているマウンテンバイク、スチールの棚の上に置かれた神輿時計。神輿の飾り物なのだが、人形ケースのようなもののなかに入っていて、神輿の側面が時計になっている。コーラ壜の1ダース用の赤い容器が積み重なっていたり、スキー板、カーテンレールが狭い通路へ突き出ていたりして、剣呑である。キャンディキャンディのポニーのおうちなどのおもちゃの空き箱なども散見される。漬物の樽や青いゴムホースの渦なども転がっている。

そんななかをスズキさんは、L字型の通路に沿ってずんずん進み、「このあたりに置こうか」と見当を付けた。60個が入るだけの場所を作っておかねばならぬ。積まれた荷物が崩れていたり、元からあった先に納品されていた荷物を整理しなければならぬのである。

「ナカジマくん、出来る? ぼくはその間、下から荷物用意してくるから」と聞いてきたので、俺は「はあ、出来ます」と答えた。

俺は、以前、自らの意志弱きがゆえの放蕩がたたり、親の遺してくれた貯金を食いつぶし、生活苦に追われ、引越のこともあり、前の会社の契約社員の安い月給だけでは、とてもやってはいけぬので、学生時代の先輩の助言に従い、派遣のアルバイトを始めたことがある。事務所の移転や、民間の引越、倉庫内軽作業などを土日のたびにしていたので、こういう体力仕事はお手のものなのだ。大きな声で「スズキさん、まかしといてください」と言いたい気分だった。「じゃ、それが終ったら、積んどいてね」と言って、スズキさんは下へ降りて行った。

60個を運び込み、きっちりと積み上げて作業は終了。スズキさんと一階の帳場へ行って、今日入れた荷物の確認をしてもらい、店を出た。店を出る際、スズキさんは菓子袋に入った人形焼を店長から貰った。

車のなかで二人で人形焼を食いながら、土曜日の人通りの多い雷門前で信号待ちをしていると、
「ナカジマくん、明日は句会?」とスズキさん。スズキさんには、なにかの折に俺が俳句をやっていることを話したことがある。その時、スズキさんに、おいしい夕食の出る句会がありますからどうですかと誘ってみたが、やんわりとかわされた。

「明日はどこにも行かず、部屋にいる予定です」と俺。
「やっぱり、俳句やってたら、なんかパフォーマンスをしてみたら」
「パフォーマンスすか?」
「そうそう。芭蕉みたいな格好してさ、道に立って、あなたの俳句詠みますとかどう?」
「あなたの俳句すか?」
「イッサとか名前付けてね。即興で3秒くらいでさらさら色紙に書くわけよ。そういう自己表現が大事なんじゃないの」
「イッサは誰かやっていた気がするんすけど」
「そうか。じゃあ、ニサでもサンサでもいいや」
「ニサはともかく、サンサは面白いかもしれませんね」
「まあ、ゴサがあったら困るけどね」

スズキさんの体調が今よりも悪くなったら困るけどね、と俺は思った。



2008-05-25

スズキさん 第11回 闖入者 中嶋憲武

スズキさん 第11回 闖入者 ……中嶋憲武



蠅が入ってきた。昨日と同じような飛び方をして、昨日と同じ所に止まった。

俺はここで、

  蠅が来て昨日と同じところ止まる

という俳句が浮かんだが、黙っていた。スズキさんは箸の手を止めて、蠅をじっとみた。

昨日、いつも昼飯を食っている三畳の仏間に蠅が入って来た。最近は陽気が良くなってきたので、店へ通じる戸も台所への戸も開けっ放しにしている。昼飯の時間には、決まって蠅が入って来るようになり、多少いらいらとした気持ちで飯を食っていたのだ。

店の方の入口から入って来た蠅は、俺とスズキさんの廻りをぐるぐると大きく廻って、俺の左手にある戸の桟に止まった。

「宮本武蔵なら、箸で蠅を静かにつまむんすけどね」と、俺が言うとスズキさんは「武蔵?」とひとこと。

俺はすぐに殺虫剤はどこかと思ったが、飯を食っているこの時に、あの殺虫剤の匂いは無粋であり、閉口である。

スズキさんは、道具箱をごそごそしていたが、竹製の物差しを取り出すと、その先端に輪ゴムを引っ掛けたものだ。

俺はスズキさんの挙動を見守った。俺の利き腕である左手は、もとより箸を持っているので何か行動を起こすと蠅が飛び去ってしまう可能性がある。スズキさんは、物差しの先端を蠅に向けると、息を殺して、輪ゴムをゆっくり引いた。狙いを定める。蠅は動かず、手をすりすりしている。スズキさんは輪ゴムを放った。ばちっと音がして、蠅に当った。

「当った」

俺は思わず声に出していた。蠅は畳の上でぴくぴくしている。

「ナカジマくん、早くちり紙で」と、スズキさんに言われ、ティッシュを引き抜き、蠅にあてがい丸めた。

丸めたティッシュを屑籠に入れながら、スズキさんの様子を見ると、何もなかったかのように弁当を食っている。俺は鎮西八郎為朝や那須与一を思った。

「すごいっすね」俺が感想を洩らすと、
「たいていね、当るんだよ」スズキさんはすこし照れたように言った。

今日入ってきた蠅は、昨日の蠅にそっくりである。大きさと言い、飛び方といい、止まったところまでも。輪ゴムで撃ち落とした蠅が蘇ったきたかのように。ゾンビなのかと一瞬思う。蠅は昨日止まった戸の桟を飛び立って、我々の廻りをぐるぐると飛び始めた。黒い蠅は黒い影を曵きながら、まるで無自覚無思考のように旋回している。

「また来てますね」
「開けておくと、どうもね。来るわけよ」

五月の蠅と書いて、「うるさい」と読ませる向きもあるが、全くその通りでございますと賛同したくなる季節の到来を、この一匹の闖入者によって思い知らされていた。

スズキさんは、箸を置き、その右手に新聞を持った。蠅が低空飛行してきたところを狙って、スズキさんは新聞紙を一閃した。蠅はするりと身を交わし、畳の上へ止まって、あたりを伺う様子を見せた。

「ほらね」と、スズキさん。
「何が、ほらね、なんすか」と、俺。

スズキさんは余裕ある笑顔を見せながら、
「一回、こう仕掛けると、やばいなっていう仕草をするんだよ。こういう風に」

これは、もしかして蠅を怯ませるためのフェイクだったのであろうか。と、思うが早いがスズキさんは身を翻して新聞で畳を打った。

「取った」

スズキさんが新聞を上げてみると、蠅が動かなくなっていた。

俺はここで、

  新聞に叩かれし蠅死ににけり

という俳句が浮かんだが、黙っていた。

うるさい闖入者の存在が消えてしまうと、元に戻って、テレビを見ながら弁当を食べ始めた。

「ちりとてちん」が終って、「瞳」という月島を舞台にした、ヒップホップダンサーを目指す少女の、食事もすれば恋もする、散歩もするといった態のドラマが始まっていた。スズキさんは、「ちりとてちん」ほど、この新しいドラマが好きではないようである。

番組の途中で、卓に突っ伏して寝てしまうことがよくある。疲れているのかもしれないし、季節の変わり目ということもある。俺も眠っても眠っても、まだ眠いという日がよくあり、たまらなく眠くなる事があるが、まぶたに突っ交い棒をしてドラマを見ている。本当はそんな時眠ってしまえれば最高に気持ちいいということは知っているけれど。

午後1時になり、ニュースのアナウンサーが「1時になりました」という。ドラマからニュースに画面が変ったとき、このアナウンサーは、画面に向かって右下の方をいつも見ていて、やおらこちらへ視線を向ける。右下を見ているときの表情はその日によって違う。すこし微笑んでいるときもあれば、厳しい表情のときもある。右下にモニター画面があって、それを見ているのだろうと推察した。

だからドラマが悲しい場面で終るときは、そういう表情をしていて、幸福に終るときは微笑んでいたりするのだろうと。

スズキさんにそう言うと、スズキさんもその表情をいつも見ていたらしく、「毎日、違うものね」と言って、店の方へ降りて行った。



2008-03-23

スズキさん 第10回 天使 中嶋憲武

スズキさん 第10回 天使   中嶋憲武



頭が痛い。額に大きな瘤が出来ている。

この間、機械を動かしている時に、滑り止めの指サックを落してしまい、それを拾って立ち上がろうとした時に、機械のレバーへ頭をしたたかに打ちつけた。

天罰が当ったと思った。

特別に何か仕出かしたわけではない。自分をじっと見ているような、誰かの目を遠い背後に感じていて、その視線に対する後ろめたい感情に、いつも囚われている。

自分はまともな者ではないという思いの、甘美な感情に傾いていると言い直すこともできるだろうか。坂口安吾の学生時代のように、「余はのちに偉大なる落伍者となって、諸君の前に再び姿を現すであろう」というような思想のひとかけらもない。

ただの甘えや狡猾さを以て、日日生活しているので、自転車に乗っていて段差を踏み外して横転しただの、鴨居に頭をぶつけただのした時に、頭上にくるくる回る光の輪のなかに、天使が現れて、
「天罰よ」
と言って立ちどころに消える。

そのような事件が何回あったことだろうか。そういう事件は、このドラマのなかに出てくる人には、ひとりとして無いだろうと思いながら、スズキさんと「ちりとてちん」を眺めていた。

このところ、暖かな日が続いていて、昼めしを食っている三畳の仏間の、大きな扇風機みたいなハロゲンヒーターを750ワットから300ワットにした。正面のテレビジョンの後ろの曇りガラスに差している日も柔らかくなっている。三月いっぱいで、このドラマも終るので、終結へ向けて急速にまとめにかかっているような印象がある。僕がそう言うと、スズキさんは肯定とも否定とも付かないような返事をした。

「ちりとてちん」が終って、国会中継が始まると、僕もスズキさんも、空になった仕出しの弁当箱や、ソース壜や、箸などを持って立ち上がる。

「じゃ、ナカジマ君、頼むね」と、スズキさんは言った。午後一番で、スズキさんの配達を手伝うことになっていたのだ。

胸の奥深くに横たわっている昏い靄のような感情を抱いたまま、前方の風景を見ている。車は馬道の交差点に向かっている。

「今日はあったかいですね」と、感情とはまるで無関係な言葉が出てくる。そうでなければ、日常をやりくりできないからだ。交差点近くにある「ハッスルラーメン」の看板が左手に見えてきた。この看板を見ると、昔、クレージーキャッツの映画に「ハッスルコーラ」というのが出てきて、それに影響を受けた僕は、家にあった未開栓のコーラ瓶に、マジックで「ハッスル」「ハッスル」と全てに書き込んでしまい、親に叱られたことを思い出す。

僕も、ハッスルしなきゃ、と思う。ニセモノの自分を抜け出て、ホンモノの自分になるために。

スズキさんは、ハッスルしていた。

仲見世の裏通りへ車を停め、人形焼屋の裏口から、二階の倉庫へ人形焼を詰める箱を運び込み、二階で待ち受けているスズキさんに渡すのだ。荷台から僕が箱を降ろして運ぶのを、スズキさんは階段の途中まで降りて、待っていてくれた。10箱ほどに括り付けられた箱を手渡すとき、スズキさんは「ハッ」と掛け声を入れて、受け取った。階段の途中まで降りて、スズキさんが箱を受け取ってくれるときは、気合いが入っているときだ。スズキさんが元気なので、僕も影響を受けて、ハッスルコーラを一気飲みしたように、てきぱきと荷台から箱を降ろした。

配達が終って、会社へ戻る車中、僕とスズキさんはアルギンZを飲んでいた。これはスズキさんの奢りだ。カーラジオは、気の弱そうな男がぶつぶつ喋っていたが、突然ビートルズの「レット・イット・ビー」がかかった。街を歩いていたりして、どこかの店から不意にビートルズが聞こえてきたりすると、わくわくしてしまうのだが、このときもわくわくした。

初めからビートルズの曲だと判っているときは、それをビートルズの曲として認識して聴くが、街なかで不意に曲の途中から聞こえてきたりすると、一瞬、誰かの新曲かと思ってしまうことがある。先日、下高井戸の商店街を歩いていて、「ペイパーバック・ライター」が途中から聞こえてきた時、その錯覚を味わった。ビートルズが解散してもうすぐ40年になろうとしているが、そのような嬉しい錯覚を今でも味わうことができる。

フィル・スペクター盤のアルバムでは、ジョン・レノンの「ジョージがやらないって言うんで、ここいらで、ホラ、天使がやってきたっていうのをやります」という短い紹介のあとに始まる、この「レット・イット・ビー」をわくわくして聴いていると、スズキさんがおもむろにボリュームを下げた。

僕は青空がにわかに曇りだしたような気分になって、
「スズキさん、ビートルズ、好きですか」と尋ねてみた。スズキさんは、
「出始めの頃は、なんだかうるさかったけど、だんだん静かな曲も出すようになって、好きになってきたよ。レット・イット・ビーとかイエスタデイなんか、いいね」と言った。

なるほど、スタンダードになっている曲が好きなのだな、と思った。それにしてもあまり大きな音量だったわけでもなく、好きと言っているにかかわらず、なぜボリュームを下げたのかという疑問は残る。

僕はそこは尋ねなかった。額の瘤は痛む。



2008-03-02

スズキさん 第9回 ラビット 中嶋憲武

スズキさん
第9回 ラビット   中嶋憲武



仕事が終わる頃、スズキさんが今夜は会社の車で帰るので、どこか都合のいいところで降ろしてあげるから、乗っていかないかと言う。社長のお母さんもそうしなさいと言うので、俺は乗せて行ってもらう事に決めた。根がさもしいので、人の好意をすぐに受けてしまう。断る事は、十中八九無い。千回に三回は本当の事を言う。そういうふうに俺というものが出来ている。

今夜も冷える。冷たいシートに腰を落すと、正確無比な速さで寒さが頭のてっぺんまで這い上がって来た。

スズキさんが、どこが一番都合がいいか聞くので、俺はちょっと考えて、最寄りの鴬谷を上げたが、スズキさんは「それじゃいつもと一緒じゃない」と言うので、「スズキさんは車で帰る時、いつもどうやって帰るんすか」と聞いてみたところ、高田馬場を通ると言うので、高田馬場で降ろしてもらう事にする。翌朝に朝一番で、配達に行く時は、スズキさんは会社の車で帰っているようである。

言問通りに出て、信号待ちをしている時、スズキさんがなにやら鞄をごそごそやっていたかと思うと、クッキーのようなものを取り出して、「練馬サブレ、食べる?」と言った。
「練馬サブレ?」
「そう、これ、練馬で売ってるんだよね」と言って、俺に差し出した。一見、鎌倉の有名な鳩サブレみたいだが、大幅に違う。

ビニールの袋に練馬区の絵が刷り込んであって、筆文字で「練馬サブレ」ちょっと小さめに「大根入り」と書かれてある。サブレは練馬区のかたちをしているように見える。

「スズキさん、これ、練馬区すか?」
「そう、練馬区」と言ってスズキさんは恬淡としている。更にもっとよく見てみると、青カビのようなものが点々としている。
「練馬大根が練り込んであるんで、ぱっと見、カビみたいだけど、違うわけよ」
「練馬大根すか。これ」
「やっぱり疲れた時は、甘いもの取らないとね。どうぞ」と言うので、食べた。味は鳩サブレのようであるが、大根の葉っぱの味はしなかった。
「悪くないでしょ?」
「はい。美味しいっすね」

俺は包装のビニール袋をポケットに仕舞った。これは小さい頃からの習慣である。近くにごみ箱が無い時はそうしている。なんでもかでもポケットに仕舞うので、俺のポケットはごみで一杯になっている事が往々にしてある。

鶯谷の駅を大きく廻り、谷中を通り、東大農学部の横を抜けた。乗り物に乗っていると、俺は俺をあちこちに置いてけぼりにして行く。コンビニエンスストアーの前を通り掛かると、店の中で立ち読みをしている俺をそのままに、信号待ちをして寒そうに立っている俺をそのままに、屋台のラーメンを背中まるめて啜っている俺をそのままに、どこかのオフィスビルから出て来た俺をそのままに。そうやって、無数の俺が夜のどこかに忘れ去られて立ち尽くす。

「緑ちょうちんって知ってる?」
「緑ちょうちんすか?赤ちょうちんじゃなくて」
「今度、緑ちょうちんを出す店が出て来るらしいよ」

スズキさんによれば、飲食店の品物が50パーセント以上、日本産の場合、目印に赤ではなくて緑のちょうちんを出すようになるらしいのである。

「なんだか、気持ち悪いすね。不味そうだし」と俺が言うと、ぷっとスズキさんは吹き出して、
「そうだね。見たことある?」
「ないっすね」
「気をつけて見てんだけど、僕も見たことないんだよね」
「食い物を扱う店は、たいてい赤か緑色使ってますよね。肉と野菜を表してるらしいんすけど」 と、俺はいつもの半可通の知識をさらけ出す。
「緑より赤がいいけどねえ。そのうち慣れるかな」

春日通りを伝通院の交差点で折れて、江戸川橋から新目白通りへ入る。

「前に肉の卸の外交をしていた時にさ」とスズキさんは語り出す。俺は耳をそばだてる。
「肉屋で兎の肉をくれって言うんで、おろしてたんだけど何に使うのかなって思ってたらね、鶏肉に混ぜて売るんだね」
「鶏肉にすか?」
「そう。ラビまぜとけって言うんだよ。」
「ラビ?」
「ラビットのラビね」
「ええっ?それ今の話じゃないすよね。何年くらい前すか」
「そうだなあ、僕が外交やってた頃だから、もう30年くらい前かなあ」
「今だったら大変じゃないすか」
「むかしはさ、どこでもやってたんだと思うよ。丸儲けだよね。北海道の何とか言う肉屋みたいに」
「俺も食べてたんすかね」
「食べてたんじゃないの」
「色はどうなんすか」
「まったくわからないね。ちょうどおんなしような色してるもの」
「ラビかあ。どこでもやってたんすかね」
「やってたわけよ」と言うスズキさんの向うのウインドウを都電が走っている。いくつもの白く光る窓に人影は無い。

山手線にぶつかると、左へ折れる。その道を真っすぐ行くと高田馬場駅前に出た。いままで寂しい道を通ってきたので、砂漠から一気にペルシャの市場に出たような気分である。こんな経験をかつてした。仕事で新大久保へ行った帰り、線路沿いにフランスベッドの横の寂しい道を歩いていると、ぱっと目の前が開け、明るい大通りに出た。人もたくさん歩いている。新宿の西口に出たのだ。その時もまるでペルシャの市場みたいだった。ウシュクダラの唄を口ずさんでしまったほどだ。

「高田馬場の駅はうるさいねえ」
「そうっすか?」
「うるさいうるさい。あれは、ええと、埼京線か。もの凄い音だよ。びっくりして立ってらんなかったよ。赤ちゃんとか年寄りにはよくないね」
「そんなに。あんまり実感ないすけど」
「今度、ガード下に行ってみなよ。凄いから。あれあ、金かけてないんだね。そのまま素通しみたいよ。鉄骨ケチってんだね」
「手抜きっすね」
「そうそう。じゃあ、ここでね」
「はい、ありがとうございました」

車を降りると、スズキさんに言われた通り、ガード下に立って、電車を待った。 電車はなかなか来なかった。寒い。無数の俺の一人になって立ち尽くす。



2008-02-17

スズキさん 第8回 ワイルドで行こう  中嶋憲武

スズキさん
第8回 ワイルドで行こう   中嶋憲武



このところ、滅法寒い日が続く。こう寒いと、みんなひとところに寄ってたかって、鮟鱇鍋で熱燗などを酌み交わしつつ、あれこれ人の噂話や、なかにはこんなところを知っている、あんなところを知っていると知ったかぶりをして、風聴してまわり、よくよくその場所を聴き正してみるに、昨日見た夢に出て来た場所を誠しやかに思いつきで、語り倒していただけだったという嘘の上塗りこの上無しという、ますます寒くなるようなお話も飛び出す始末。それじゃあよくないてんで、わざわざ話の種を仕込んでくれる人もあるくらいで。

「寒いですね」
「寒いねえ。手足の指先がつめたくってね」
「そうですねえ」

スズキさんと俺は、午前の遅い日を浴びて尾竹橋通りを走っていた。スズキさんの配達を手伝うように言われ、作業着の汚いジーンズを履いたまま助手席に坐ったのだ。

冬の日差しが、車内に斜めに直射してきてまぶしい。俺はこういう冬日を浴びると、オリビア・ニュートンジョンのある曲を思い出す。あれはたしかジョン・トラボルタの「グリース」という映画のなかで歌われていたナンバーだ。「愛すれど悲し」というタイトルだったか。

高校3年の卒業直前の冬の日。高校生活の想い出という事で、友人Fとその彼女と俺とつき合い始めたばかりの俺の彼女と、ダブルデートを試みたのだ。俺はまだ免許を持っていなかったので、 Fの運転でドライブした。

いまになって思えば、行った先が悪かった。当時、国道4号沿いに出来たばかりの「肉のハナマサ」の焼肉食べ放題に繰り出したのだ。俺とFはバレーボール部、Fの彼女は体操部、俺の彼女はバスケットボール部、4人とも体育会系なので、すごい量を食った。肉のほかに、果物も食べ放題だったので、デザートとして、大皿に果物の皮が山盛りになるほど食った。

映画「グリース」がヒットしていたので、帰りの車内のカセットテープは「グリース」のサントラ盤がかかっていた。俺は幾分食い過ぎたのか、腹が重苦しくなっていた。ぐるぐると言っている。Fが面白い話をするので、みんな爆笑。俺も爆笑。腹が苦しい。堪えきれなくなった俺は、大きな放屁を仕出かしてしまった。それも匂いのきつい奴を。

その途端、車内は微妙な空気に包まれ、俺はFに大声で「くっせえなー。窓をあけろよ」と言われて、「ああ」と返事すると、のろのろと窓を開けた。その時かかっていたオリビアの「愛すれど悲し」。このスローなラブバラッドが妙に耳に残っている。

俺はこのように、いまでも自分の仕出かしてしまったことに対しての処分に戸惑い、すぐに適切な対処の出来ない人間である。それで随分失敗もしてきた。そのつき合い始めた彼女とは、それが原因であったのかどうか、卒業を待たずして別れてしまった。

オレンジの断面まるで世田谷区みたような冬日を浴びて、淡い恋の思い出に浸っていると、スズキさんが甲高い声で言った。

「着いたよ」

俺に助手席で待っているように言うと、スズキさんは印刷用の用紙を持って、路地を入って行った。待っていると、前方から来た車の運転手が俺になにやら合図をしている。道の反対側のビルの駐車スペースへ入りたがっているようで、この車が妨げとなっているのだ。ちょっと車を後方へ動かさなければならない。

助手席から運転席へ身体をずらせると、俺は後退を開始した。後退を終えると、前方から来た車は、むすっと駐車スペースへ入っていった。作業用のジーンズで来てしまったので、俺は免許証を携帯していなかった。約2メートルほど、無免許運転を決行した事になる。ひょっこりスズキさんが「あ、車、動かした?」と言って戻ってきた。

ふたたび尾竹橋通りへ戻る。

スズキさんが、「この辺に北島康介の実家があるんだよね」と言った。俺は「北島って、あの平泳ぎのですか?」と聞くと、スズキさんは「そう。実家は肉屋やってんだよ」と言う。

「ちょっと、回り道になるけど、見て行く? こういうのが大切なんだよね」と、スズキさん。「大切なんすか」と、俺。

「なにか話題が出た時に、その話題に乗る事が出来るからね。実物を見ておくと、見たんだよと口火を切ることが出来るよ」
「そうっすね」
「広がるでしょ?話が。まわりもさ、ああ、知ってるんだなと思うから聞いてくるわけよ」
「そうっすね」

道灌山通りへ入り、しばらく走っていると、右手に北島康介の実家の肉屋が見えてきた。

「あっ、見えてきました」
「ねっ、あるでしょ」
「ええ、肉のきたじまって書いてありますね」

店の看板に肉という字が赤ペンキで、の、以下が黒いペンキで太々と書かれてある。肉のきたじまを、あっと言う間に通り過ぎた。

「わりと普通の肉屋ですね」
「オリンピックで有名になっても、敢えてでかくしたりしないところが、いいね。変にでかくしたりしちゃうと、金メダル取って、儲かったんだなと思われるからね。いいことないしね」
「肉屋は入りやすい雰囲気じゃないと、肉屋って感じしませんよね」
「肉屋と言ってもいろいろあるからね。ぼくはいろいろな肉屋を見てきたのでね」

スズキさんはこの仕事をする前は、肉の卸売業の外交をやっていたそうである。

「まあ、この辺では、いくらでも肉買えちゃうって雰囲気の店で、及第というところじゃあないでしょうか」
「及第か。まあ、下町っぽいところがいいよね」
「そうなんですよ、下町っぽいところがいいんですね」

俺は、必殺オウム返しの術で返答した。

もう一軒の配達のために、浅草へ戻ってきた。雷ゴロゴロ会館の裏の路地を走っていると、スズキさんが、「おっ、きれいどころだ」と言うので、前方を見ると、「御家人斬九郎」の若村麻由美を思わせる、粋な芸者がひとり歩いていた。

「この時間、お座敷なんてあるんですかね」と、俺が言うと、
「そうねえ、まだ11時だし。きっと、雷ゴロゴロ会館に出るんじゃないの」
「舞台ですか」
「舞台っつか、まあ、いろいろあるわけよ」
「この辺に置屋、あるんですかね」
「まあ、この辺はね、あるよね」
「こないだ、向島を歩いていたら、髪は日本髪結って、あとはコートにジーンズって女性が歩いてましたよ」
「へえ、かみい(髪結)さんでやってもらったばかりだったのかな」

配達を済ませ、商店街の通りへ出ると、スズキさんは薬屋の前に停めて、「ちょっと待っててね」と言って店内へ入っていった。

俺は、ラジオから流れてくる「ワイルドで行こう!」に合わせて低く、口ずさんでいた。

ボーン・トゥ・ビー・ワイルド
ボーン・トゥ・ビー・ワイルド

スズキさんは、箱を抱えて戻って来ると、「1本飲みなよ」と、その箱のなかから俺にリポビタンDを差し出した。「栄養つけなくっちゃね」と言うと、きゅっと栓を開け、飲んだ。

俺も飲んだ。ファイト一発である。


2008-01-06

スズキさん 第7回 写真 中嶋憲武

スズキさん
第7回 写真   中嶋憲武



寒い朝だった。

雨は夜更けすぎに雪へと変る地域もあるらしい。娑婆駄馬陀とスキャットを口ずさみながら、職場へ向かう。

着替えるために、倉庫の鍵を開けていると、スズキさんが自転車に乗って出勤してきた。いつもこういう場合、スズキさんは右手を敬礼みたように、しゅたっと挙げて、「おはよう」と言う。爽やかな笑顔とともに。

スズキさんの乗ってくる自転車は、最寄りの駅に「置き自転車」しているらしい。阿佐ヶ谷から、職場のある駅まで電車できて、そこから「置き自転車」に乗って、職場まで漕いでくるのだ。

午前中、ぼくは印刷機を廻す。スズキさんは、ポケットのいっぱい付いた、紺色の作業用のジャンパーと、紺色のズボンに着替え、配達して廻る。印刷機を廻していると、帳場からスズキさんの、伝票を確認する甲高い声が聞こえてくる。

昼になって、配達からスズキさんが戻ってくる。12時を過ぎても、まだぼくが、印刷機を廻しているので、「めしだよ」とひと言声をかけてくれる。予定の枚数を刷ってしまってから、機械を止め、台所へ向かう。

お茶を右手に、中濃ソースの壜を左手に、箸を口で銜えて、茶の間に行くと、スズキさんはすでに牛乳をレンジで温め、卓袱台のうえに弁当箱の蓋を開けているところだった。

弁当のほかに、スズキさんは家からおかずを2、3品持ってきていて、薦めてくれるときもある。今日は、「胃下垂で、あまり食欲がなくてね」と言いながら、ウインナーの炒めたものを全部ぼくにくれた。ごはんの量も半分になっていて、弁当のおかずの玉子焼きと、とんかつがない。これは大方、お手伝いのナオちゃんに上げてしまったのだろう。

食事が終わって、お茶を啜りながら、スズキさんはNHKテレビジョンの土曜バラエティを観ている。スズキさんはレギュラーの上沼恵美子が好きらしく、上沼恵美子のギャグに「はははは」と声を立てず、息だけで笑っている。

いつだったか、上沼恵美子が出演せず、大阪の女性漫才師が代わりを勤めていたときに、スズキさんは「やっぱり、上沼恵美子じゃなくちゃ、つまらないね」と言っていた。

そのうち、スズキさんが「今日は、いいものを持ってきた」と言うので、「いいものすか」と言って何が出てくるのかと、手をねめつけていると、スズキさんは写真屋で配っているような、小さなアルバムを取り出した。

「これね、この間、六本木ヒルズへ行ったときに撮ったんだけどね」と言って、見せてくれた。クリスマスの青いイルミネーションが写っている。光りが十字型になっているので、「これ、フィルターすか」と聞くと、「そう、クロスフィルター」と言った。スズキさんは写真を趣味にしてるらしい。

使っているカメラはキャノンA-1だと言っていた。自分で露出や感度を調節するのが楽しいのだとか。

ほかに石神井の三宝寺池の写真もあった。構図がしっかりした写真だった。かわいい女の子の写真があったので聞いてみると、孫だと言う。なるほど、と納得した。スズキさんは、孫が一番可愛いくて仕方ないようで、いつも孫の話をする。そんなお孫さんとスズキさんの仲が、よく現れているようで、お孫さんの表情はとてもよかった。

連続ドラマ「ちりとてちん」が始まると、スズキさんは写真を仕舞い、黙って画面をみる。ぼくも、じーんとする場面があり、食い入るように観ていると、スズキさんは眼鏡を外し、涙を拭って鼻をかんだ。

ドラマが終り、1時のニュースが始まると、スズキさんは無理に元気を作ったような声で「さあ、ハッスルするか」と言った。


2007-12-30

スズキさん 第6回 アルギンZ 中嶋憲武

スズキさん
第6回 アルギンZ   中嶋憲武



昼になっても、スズキさんは配達から帰ってこない。午前中で御用納めというところが多いので、大方、道が混んでいるのかもしれない。

めしを食い終わってしまって、茶も飲んでしまって、ひとり「ちりとてちん」を観ていると、店の方の扉が開いて、スズキさんが顔を出した。スズキさんは画面を見て、「年季明けね」と言うと、伝票を箱に入れて、扉を閉めて行ってしまった。

ドラマ「ちりとてちん」は、女性が若い身空で、ひょんなことから、落語家を目指し、散歩もすれば、恋もする、食事もする、といろいろな経験をし、見事落語家となるといった態のドラマで、今日の放映は、ちょうど年季明けのお祝いの場面だったのだ。

ドラマが終って、1時になっても、スズキさんは戻ってこないので、スズキさんの弁当をそのままに、座を立った。その時、足を卓袱台にぶつけてしまい、スズキさんの弁当の蓋に置いてある箸が、中央からすこし端っこへ転がった。俺は、箸の位置をもとに戻すと、部屋を出た。

夕方、印刷機を廻していると、スズキさんの配達を手伝うように言われる。時計をみると、5時半近かった。この時間からの配達は珍しい。今日も遅くなるのかなと思いながら、助手席に坐る。

配達先は、仲見世の人形焼屋さんである。人形焼を詰める箱が、15個ほど積み重なったものを、紐で縛り、1本と勘定する。それを50本、二階の倉庫へ入れるのだ。俺が車の荷台から下ろし、二階で待ち受けているスズキさんに、階段の途中で渡す。そういう作業の流れだ。

もうすぐ正月のためか、二階の倉庫は、かなりの量の段ボール箱ですでに、ほぼ満杯の様子である。下から見ると、積み上げられた箱の間にスズキさんが立って、さらに自分の居場所を狭くしているといったふうだ。

俺は、箱を手渡しながら、「まだまだ、だいぶありますけど、入りますかね」と聞いた。スズキさんは「大丈夫。なんとかやってるから」と言いながら、低い天井付近まで積み上げていた。

二階の倉庫は極々狭い。階下へ通じる階段のところが、ぽっかりと開いていて、剣呑である。何かの拍子で上げた足を、下ろす場所を間違えれば、階段の穴へ落ちてしまいかねない。はらはらしながら、箱を手渡す。

配達が終って、車に乗り込んだスズキさんが、ズボンの膝あたりを見せながら、「膝、着いちゃったよ」と言う。なにやら、水飴のようなものが貼り付いている。

「鼠取りのさ、ねばねばしてるの、気持ち悪いね。床に着いてた。誰か、鼠取りを踏んで、そのまま床、歩いたんだろうね」

俺には、思い当たる節があった。数日前、社長と配達に来た時、二階で俺が積み上げたのだが、その時、件の鼠取りを踏んでしまったのだ。狭いところに4つも5つも仕掛けてあるので、俺みたいな粗忽者は引っかかってしまうのである。

週刊誌ほどの大きさのボール紙に、水飴状のねばねばする液体が塗布してあって、もがけばもがくほど、くっつくように出来ている。俺は履いていたソックスをその場で脱いで、気持ちが悪いのであとで捨てた。

「まったく、誰だろうね」とスズキさんが言うので、俺は「俺です」と言った。

「ナカジマくんか」とスズキさんは言った。

仲見世の裏通りをのろのろ走り、浅草寺の山門の前で右に折れ、細い道をちょっと行った先の、神社の向かいのラブホテルの前で、スズキさんは車を停めた。

まさかスズキさん…と思っていると、スズキさんはおもむろに車を降り、ラブホテルの入口の隣に設置してある自動販売機の前に立った。

アルギンZを2本買って、スズキさんは戻ってきた。「喉、渇いちゃったからね。飲みなよ」と言って、俺に1本を渡してくれた。車内で栓をひねり、飲む。スズキさんは明日も一日びっしり配達があるのだと言う。

「遠いところがあるからね。行く順番を決めておかないと、予定が狂っちゃうよ」
「遠いところ、何処すか」
「新小岩」
「葛飾は遠いすね」
「それから麻布行って、品川行って」

アルギンZを飲み終わり、空き瓶を車内に据えてあるコンビニエンスストアーのなまっちろい袋へ入れてから、「こんなところにいつまでも居ると、怪しまれるからね」と、スズキさんは言って、ハンドブレーキのレバーを引き上げた。


2007-12-23

スズキさん 第5回 鼠取器 中嶋憲武

スズキさん
第5回 鼠取器   中嶋憲武



スズキさんが、車に荷物を詰め込んでいる。きっちりと七三に分けた、ロマンスグレイの髪が日にきらきらと輝いている。

ぼくが近づいて行くのに気づくと、甲高い声で「来たね」と言った。ぼくは、スズキさん、テンション上がってるなと思った。スズキさんは、ハッスルすると、声が甲高くなるのだ。ぼくは普段は印刷機を回しているが、たまに社長に言われて、スズキさんの配達を手伝う。

今日も、菓子折り50箱を仲見世の人形焼き屋さんへ納品しに行くのだ。

小さなワゴン車に、スズキさんはあれよあれよという間に50箱を収納してしまう。どんな小さな隙間も見逃さず、実に効率よく、手際よく、見事に収まってしまう。これが本当に、世に言う、お茶の子さいさいということなのだと思った。

表通りから、仲見世の裏通りへ入ってゆく。この裏通りは車一台がやっとの道だ。ただでさえ、道が狭いのに、かてて加えて韓国人、中国人、アメリカ人、ドイツ人、タイ人、メキシコ人などの観光客が右往左往していて、危ないことこの上ない。スズキさんはそろそろと車を走らす。「ちょうど、観光客が多い時間帯だね」などと言いながら。

人形焼き屋さんの裏口を開けると、威勢のいいお兄さんたちが立ち働いている。いつも、手前で餡子を詰めているお兄さんとは、文化五年辰年の冬に、江戸で一回会っていると思う。ぼくの古い記憶の深いところから、泡のように浮かびあがってくる記憶。

戸を開けると、すぐに狭い階段があって、そこから二階へ箱を運び込むのだ。階段の途中に、真新しい鼠取りがあった。

受領書を受け取って、スズキさんは車に乗り込む。ドアを閉めてから、「あの鼠取りじゃ、取れないね」と言った。「取れないすか」と、ぼく。「取れないよ。餌がだめだよ。鼠にわかっちゃうからね」と、スズキさんは鼻をうごめかした。スズキさんは、うちの会社の鼠取り締り役でもある。

いまの仕事場で最初びっくりしたのは、鼠取りの現場に出くわしたことであった。ぼくは、鼠が大の苦手なので、3メートルくらい離れたところから、その模様をこっそり見ていた。その時、スズキさんはこれまでに50匹取ったと豪語していた。

「うちみたいに、油揚げを小さく千切って撒いておいたりしないとね、なかなかつかまらないもんだよね」とハンドルを慎重に切りながら、スズキさんは言った。「油揚げ、撒いてるんすか」と、ぼく。「そう、油揚げ。手をかけるところは手をかけないと、成果は望めないからね」

鼠取り締り役面目躍如の発言と思った。

金竜小学校の交差点で、信号待ちしながら、スズキさんは今日はこのあと、麻布へ行かなきゃならないと、ぽつりと言った。麻布か、しばらく行ってないなとぼくは思った。


2007-12-16

スズキさん 第4回 ノルウェイの森 中嶋憲武

スズキさん
第4回 ノルウェイの森 中嶋憲武



冬の日差しが寂しい仲見世裏通り。スズキさんは、のろのろと車を走らせている。配達を終えて、引き上げるところだ。

裏通りはたくさんの人がよちよちとしている。老婆もいれば、子供もいる。とても剣呑である。

浅草寺の山門へぶつかる手前で、いつも右折するのであるが、ここが一番剣呑である。スズキさんは、窓を開けて、「すみませ~ん、通りま~す。すみませんね、仕事なものですから」などと言いながら、ゆっくりとハンドルを切る。

すると、こちらへ左折してくる小型トラックがあった。スズキさんは、両手を胸の前で、クロスさせ、大きなバッテンを示し、ここが一方通行であることを知らせたが、相手の運転手は素知らぬ顔をしてる。スズキさんは、なおもバッテンを強調したが、まったく後退する素振りを見せぬ。

運転手は丸刈りの獰猛そうな中年男で、助手席に当世風の装いをした、小動物を思わせる目の細い若者が座していた。すこし待ったが、全く膠着した時間が過ぎるのみである。

スズキさんは、「ありゃあ、やくざだよ。逆らわないほうが利口だね」と言ったかと思うと、じりじりと後退を始めた。相手もゆるりと前進を始めた。

理不尽な後退を余儀なくさせられて、俺はすこしく業腹だった。50メートルほど後退させられて、小さな四つ角で停車して待っていると、敵は悠然と左折を始めた。丸刈りの男は、軽く会釈をした。助手席の小動物は、両足をダッシュボードに乗せ、へらへらとした様子だった。俺は小動物を、ねめつけてやった。

スズキさんは、いま後退したばかりの道を、黙って前進しはじめた。「ああいうのに関わると、事だからね」と、細い声で言った。

浅草寺の山門の手前で、そろそろと右折し、そのままそろそろと進み、神社の裏あたりで、停車した。スズキさんが、何か飲もうかと、小銭を出して、「なんでも好きなもの買ってきていいよ」と言った。

スズキさんはマンゴー・オレを飲み、俺はコーラを飲んだ。ラジオからビートルズの「ノルウェイの森」が流れてきた。俺はかすかに耳を傾けた。仕方なく風呂場で寝ることにした、とジョンが歌ったとき、スズキさんは「ぼくは、こういうのは苦手だね」と言った。

「どんな曲が好きですか」と聞くと、「演歌だね。五木ひろしとか角川博とか」

ヒロシ系が好きなのだな、と俺は思った。

「神社のさ、お神楽の舞台があるじゃない?」と、唐突に言うので、「ありますね。普通、神社といえばお神楽の舞台がありますね」と、答えると、「毎年、秋に町内会のお祭りがあるんだけど、その舞台でいろいろやるわけよ」と言う。

話を聞いてみると、のど自慢大会のようなものらしい。40人ほど出て、歌を歌うのだとか。スズキさんは、「ただ歌うんじゃ面白くないからね、ぼくは、毎年、扮装を凝らしているんだよね」と、嬉しそうに言った。

「女装するんだよね」と、含み笑いしながら言ったので、「女装すか」と、俺は答えた。

スズキさんは細面で、鼻筋が通っていて、目尻がすこし下がっているので、女装したら可愛いのではないかと思ったが、少しく薹が立ち過ぎ、菜の花もしょんぼりしてる風情なのでどうであろうか。

「山本リンダの、『困っちゃうな』じゃなくて、えーとあれだ、『狂わせたいの』だ」

『狂わせたいの』なら、俺も知っている。阿久悠作詞、都倉俊一作曲の、♪ぼやぼやしてたら私は誰かのいい子になっちゃうよ、というやつだ。

スズキさんは、池袋の東急ハンズで金髪のかつらを、店員に変な目で見られながら購入し、メイクアップもきっちりとし、真っ赤なミニのワンピースを着て、ステージに立ったのだという。

山本リンダは金髪じゃないけどな、と俺は思った。ついでに演歌でもないな、と思ったので、スズキさんに、「山本リンダ、演歌ですか」と聞くと、「あれは、演歌だよ」と言った。山本リンダは演歌か。なるほど。

スズキさんは、本名では出演しないらしい。その時々で、芸名を変えているのだとか。山本リンダの時は、山本ヘンダという名前で出たのだと言った。

「いやあ、自分ではなかなかいい線いってると思ったんだけど、あとで写真見たら、なんかひどくてね、いやんなっちゃった」と、すこし、照れて言った。人間には誰しも少なからず、ナルシスの要素があるのじゃなかろうか。

「来年は、三度笠と合羽を買ってきてね、氷川きよしの、やだねったらやだねっての、やろうかと思ってるんだよ。三度笠、どっかで売ってるかね」と、マンゴー・オレに差したストローから唇を離してから、言った。

冬日はだいぶ、西に傾いた。