2007-05-13

モノの味方 〔2〕 五十嵐秀彦

モノの味方 〔2  ……五十嵐秀彦

灰皿
                             初出:『藍生』2006年10月号


職場で禁煙を迫られている。個人の嗜好に何を干渉するか、との思いもあったが敵も真剣で、受動喫煙の恐ろしさも含め縷々説明説得工作を続けられると、さすがに揺らいでくるのだ。

もはや職場では喫煙のしようもない状況で、とっくの前に灰皿は全面撤去されている。そして自宅では何年も前から禁煙。そうなればいわば難民のようなもので、職場への行き帰りの時に自然と喫茶店に飛び込み一二本楽しむのである。そのときの灰皿のなんと愛らしいことか。

どうも何か書いている時に煙草がないと筆が進まない。これまで何度か禁煙をしたがそのたびに執筆のスピードはあきらかに落ちた。医師や禁煙論者に言わせると、それこそ蒙昧であって煙草は脳の働きにも悪いのだと諭される。けれど煙草二本吸う間に四百字一枚が楽に書ける。煙草無しだとその一枚がなかなか埋まらない。禁煙してもいつも元に戻るのはそのためもある。

悪癖であることは認めるが、悪癖もまた人生と嘯くしかなく、今日もまた灰皿を探すのであった。


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