2007-07-29

『俳句界』2007年8月号を読む 五十嵐秀彦

『俳句界』2007年8月号を読む ……五十嵐秀彦




「『俳句界』を読む」なのだけれど、今回はいきなり脱線しながらゴロゴロと砂利の上を走ろうかなと思う。
前号の天気さんの「『俳句研究』を読む(下)」を読んで考えさせられてしまったのである。
俳句総合誌って、なんじゃい、というのは私もこのシリーズを書き始めたときから気になってきたことだ。
冒頭で上田信次さんの 「ある意味、俳句総合誌を読もう運動、あるいは俳句総合誌を機能させよう運動である」 という言が天気さんによって紹介されているが(孫引きでごめんなさい)、そういう思いも皆無ではないながら、それ以上に現状の総合誌への疑問のようなものが、私の場合には強かったように思う。
天気さんは、俳句総合誌ははたしてそんなに読まれているのか、と疑問を呈している。

「俳句研究の休刊が決まったそうだ……読んでないけど」
「歴史ある俳句総合誌の休刊、まことに残念……読んでないけど」
「いつこうなっても不思議じゃなかったよね……読んでないけど」
「俳句愛好者は多いのに、ね……読んでないけど」


天気さんのこの皮肉はなかなか強烈だ。

私と俳句総合誌との関係はどうだったか。
今回そのことを少し考えてみたい。(『俳句界』に話を戻せるかどうか自信ないなぁ)
一番最初に読んだ総合誌は角川の『俳句』であった。
そのときのことを今、思い出している。
何か新しい世界に触れる楽しみや期待のようなものがあったかというと、今思い返すと不思議だが、実はほとんど無かった。
書店で『俳句』を立ち読みしての第一印象は、「素人臭い」「ジジ臭い」であった。
そのとき私はすでに俳句を作ることを決めていた。
知り合いに俳人は一人もいなかった。もちろん結社なんてその存在も知らなかった。
それでも私は俳句を作ろうと決心していた。

これから言うことは、実に愚かで、はなもちならない話になるけど、そのころの自分は間違いなくそう思っていたので、隠すことなく書いてしまう。
当時、他の人の俳句を参考にしようとは思ってもみなかった。
『俳句』などの総合誌に載っている俳句は全てくだらないものに見えた。
私はこんな俳句は作らない、それだけを思っていた。
ただ、創作というものは誰かに見せないことには始まらないということぐらいは知っていたし、まわりに俳句を見てくれる人はいなかったので、総合誌の読者欄に投句しようと思った。
恥の上塗りを言えば、私の句は注目されるだろうと思い込んでいた。
なぜなら総合誌に載っている句はどれもこれも、有名俳人の句も読者の投句も実にばかばかしく見えていたからだ。
それで『俳句』読者投句欄に投句したのである。
どうして『俳句』だったかというと、投句ハガキが付いていたというそれだけの理由だった。
こうして当時のことを書いていると、本当に愚かで赤面する。
投句の結果はどうだったか。
案外、根拠のないうぬぼれを増長させる結果になることが多かった。
ふむ、やっぱり私は俳句に向いているのだ。私を認める人も少数ながらいるのだ。なんて思っていた。
そのあとのことを言えば、そこで出会った俳人の結社に入れてもらったのである。
このあたりから自分の根拠のないうぬぼれということに少しづつ気づきはじめた。
この変化には、師の存在が大きかったようだ。
数年をへて、私はうぬぼれを(おおむね)捨てることに成功した。
少し謙虚になり、総合誌も当初とは違う読み方ができるようになった。
とはいえ、どの雑誌が好き、というようなことは無い。
最初の「素人臭い」「ジジ臭い」という印象は今もどこかに張り付いていて、常に眉に唾をつけて読む癖がついてしまっている。
そう言いながらも『俳句』『俳句研究』は、しばらく毎月読んでいた。
楽しいから読んでいたかというと、そうではなく、資料になるものがたまにはあるかもしれないという思い、もっと言うと、大事なものを見逃してしまうことがあるかもしれないという脅迫観念から読んでいたとも言える。
ただ、それもそのうち「見逃して大いに後悔するほど大事なことが載ることなんて、まずない」と思うようになってしまって、「俳句研究の休刊が決まったそうだ……読んでないけど」状態に私もいつのまにかなっていたわけだ。
そういう意味では、この「俳句総合誌を読む」を書く資格のない人物だよなぁ、と今更のごとく気づいている。

ここで『俳句界』について書かせてもらっているのは偶然で、特に意味はなかった。
でも、総合誌の中でもマイナー誌であるこの雑誌をウォッチするのは面白いかな、とは思った。
『俳句』も『俳句研究』も、おおむね同様の企画をたらい回しにしている傾向が見えるので、マイナー誌のほうが何かをしかけてくる可能性があるかも、とも考えているのである。

さて、今月はいつもと趣向を変えて、最後のページから読んでみることにしたい。
(ここから、ようやく本題、です)
何か別なものが見えてくるかもしれない。

●裏表紙
まず裏表紙を開くと、 「文學の森祭のお知らせ」 がある。
文學の森社が出している各賞の受賞式・懇親会が11月27日に開かれるとの案内だが、この授賞式・懇親会は、申し込みをして会費を払えば誰でも参加できるのだそうだ。
授賞式として、これは面白いやり方だと思う。

●出版案内
「新刊句集・近刊予定」のページ。
48冊が、著者名・書名・紹介句2句の形でギッシリと並べられている。
ほとんどが自費出版句集である。
これは文學の森社の事業の柱のひとつ。

さらに「企画句集シリーズのご案内」。
これは買ってくれというよりも、このシリーズで出版するか、参加しませんか、という誘いらしい。

●結社広告
そして延々40ページにわたっての結社広告。
各結社で掲載料を払って宣伝というわけだ。
これを入念に読む人はいないだろう。
けど一度ぐらい試しにチェックしてみると、ちょっと面白いものを見つけたりする。
五島高資の「俳句スクエア」が広告を出しているのには、軽く驚いた。

●編集後記
ここでようやく「編集後記」になる。
清水哲男編集長を先頭に、編集者が実名で短文を書いている。異色なのは、企画出版部という自費出版事業の部門と思われる部署の人も書いているところ。
自費出版事業になみなみならぬ力が入っていることが、ここからもわかる。

●「俳句界雑詠」
これは読者投句欄で、選者は、坊城俊樹、中原道夫・高橋悦男・齋藤愼爾・加古宗也・岩城久治の6氏。
巻末に投句ハガキ付き。共通選(角川『俳句』平成俳壇方式ですなぁ)。
複数選者に特選でとられていた句を一句紹介しておく。

 人形を抱いて万朶の花仰ぐ    松本榮子(宮城)

齋藤愼爾特選の次の句には、やや疑問。

 能面くだけ末黒野を旅はじめ

この句を見て次の句を思い浮かべてしまうのは私だけではないだろう。

 能面のくだけて月の港かな   黒田杏子

選者も杏子句を知らぬはずはなかろうが、あえて選んだのであろうか。

●「俳句ボクシング」
このコーナーも読者投句による。
応募句の中から16句を予選し、それを8組に分けて優劣を競いながら「チャンピオン」を決めるというユニークな企画だ。
しかし、辻桃子、田中陽の二人のレフェリーが、それぞれ独立して2つのトーナメントをしている形式なので、本来の勝ち抜き戦の面白さは、あまり出ていない。
選者の選考過程が透けて見えるという興味はあるが。

●「俳句研究所」
大牧広による添削コーナー。
このあたりまでが読者参加ページというあつらえのようだ。どの総合誌も巻末近くに置いてあり、本誌も例外ではないけれど、今回あらためて見渡してみると(いつもこの辺は読んでないので・・・)他誌より力を入れているのがわかった。

●「文學の森句会報告」
この後は(前は?)「告知板」という情報欄、「出版ダイジェスト」というブック・レヴューを挿み、再び読者企画の「文學の森句会報告」 になる。
同社で定期的に開催されている読者参加のナマ句会の報告である。
これも総合誌としてはユニークな企画。
参加型の雑誌を目指しているのか。そこにある本当の目的は?、などと思ってしまう。

さて、最後のページから遡りながら読んできた。このあとは連載もののエッセイや評論が並ぶ。
こうしてうしろから天邪鬼に見てくると、出版社としての経営方針がけっこう丸見えになるから面白い。
座談会形式をとっている 「句集制作の現場から 装丁とこだわり」 (中原道夫・池田澄子・姜琪東)も、その目的が透けて見えてくる。

●坂口昌弘「ライバル俳句史」
毎月たのしみにしている連載評論の第20回は 「この世の浄土 茅舎と朱鳥」
このふたりに共通する祈りについて、かなり突っ込んだ考察が見られる。
特に茅舎の代表句「金剛の露ひとつぶや石の上」の解釈は秀逸であった。ご一読いただきたい。

●松尾あつゆき「原爆句抄」
今月号の特集は 「めぐりくる敗戦忌」 である。
その中で、天野正子の 「死者に支えられた老い『原爆句抄』再読」 に注目した。
そして、参考資料としてつけられた、松尾あつゆきという「層雲」俳人の「原爆句抄」 は、これまで読んだ原爆俳句の中で特筆すべき作品と感じた。

 この世に生存していた事実、石一つ置く

 子の墓へうちの桔梗を、少し買いそえて持つ

 名づけて平和の泉、ただの水として流れてゆく


今回『俳句界』をうしろから逆に読んでみて、総合誌の仮面の裏を覗き見たような妙な味がした。
これは『俳句界』に限ったことではないはずだ。
たまにはこんな読み方も、出版のホンネが見えてきて面白いかもしれない。

最後に高橋睦郎の特別作品50句から5句を挙げておきたい。

 白芙蓉底紫と申すべし

 大花火近く奈落にわれら逢ふ

 一魔群通過する如(な)す霧奔る

 山深く後架を霧の流れ次ぐ

 鯊釣れて腥くなること迅し


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