モノの味方 〔6〕 ……五十嵐秀彦
鏡
初出:『藍生』2007年3月号
じっと自分の顔を見つめることがある。
男だって鏡を見る。毎朝、髭を剃る儀式から解放されぬうちは、いやでも不細工なご面相とつきあわねばならない。そしてこのごろ思うことは、自分で想像している我が顔と、なんだか違ってきてしまったということだ。
そこに居るのは別人、というわけではないが、自分自身と思い込んでいる顔の上に、しだいに見覚えのある別な顔が重なってくる。それは父の顔だ。私の口はこんなに「への字」ではなかったと思ったとき、それが父の顔の特徴であることに気づくのである。私と父が鏡の中に居る。それはこの世の光景であろうか。そんなことを言うと、まだ健在の父に失礼かもしれないが、何かの準備が、私の顔の上にあらわれているようにも思える。いずれが現し世であるか、と思えばそれが仮の世との木霊が聴こえてくる。
じっと鏡を見つめる。現実はいずれか分からぬ。「おい」と思わず声を掛けた。
すると、鏡の向うに影がよぎった。
■
■■
0 comments:
コメントを投稿