2007-07-08

古季語とハバネロ 青島玄武

古季語とハバネロ ……青島玄武




「徹底解明! ヒトはどうして辛い物が好きなのか?」
先日、とあるテレビ番組でこんなことをやっていた。

わたくしはあまり辛い物が好きではないのだが、たしかに世の中には唐辛子やわさびが大好きだという人はかなり多い。

アメリカの心理学の教授が、この原因究明のため、人間に近いとされる動物、チンパンジーで味覚実験をした。

まず、餌となるビスケットを用意する。これをAとB、ふたつのボールに二十枚ずつ入れる。Aは何の変哲もない普通のビスケット。Bは耳かき数杯ほどの微量の唐辛子の粉を混入させたもの。これを朝・昼・晩と、三食与えて様子を見る。

実験開始当初、チンパンジーはBの唐辛子入りのビスケットを食べて天地がひっくり返ったかのように驚いた。それ以後は手を付けず、普通のビスケットを何事もなかったかのように完食した。

そののち、実験を進めていくと、奇妙なことがおこる。Aのビスケットしか食べなかったチンパンジーが、徐々にBのビスケットに手を伸ばしはじめたのだ。Bのビスケットは確かに、彼らにとっては未体験の味で、仰天したかもしれないが、だからといって自分の身体にまったく害はなかった。そのことを学習すると、こんどはAのビスケットへの興味がなくなり、一気にBのビスケットばかりをねだるようになった。しかも、混入させた唐辛子の量を耳かき数杯から小さじ数杯へ増量させてもAのビスケットを手に取ることはなかったというから驚きだ。

このように、より刺激的なものを求めるというDNAは、われわれ人間の本能に深い因縁を与えているのかもしれない。

また、昨今は激辛ブームとかで、口に入るものに、何でも「激辛」の文字をくっつけた商品が店頭に並ぶ機会が増えた。コンビニの弁当やファーストフードのみならず、スナック菓子などでも、メキシコの唐辛子・ハバネロを用いた『暴君ハバネロ』などは有名で、近頃はこの「辛さ1.5倍」とする『超暴君ハバネロ』が発売されて当たり前のように店頭に並んでいる。

なんとまあ、ヒトは欲深い生き物であることか。

かくいうわたくしも、辛いもの以外であるならば、自分の欲求を抑えきれず、刺激を求めてしまう気質の持ち主である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

俳句をはじめて三年目。一日に一句は必ず作ると自らに命題を課してきた。
「一日に一句詠むって、やろうと思えばすぐ出来るんでしょ?」
と嘲るような口調で言ってくる人もいる。たしかに、多作多捨を日常とし、一日に十句以上と作る人もいる。ところが、自分の場合はそういうわけにはいかず、作るたびに苦吟している。

ただなんとなく十七文字を並べれば俳句になるというものでもない。それだけならばいくらでも出来るだろう。俳句には約束事が多く、それらを無視すれば俳句にはならないし、約束事を守っていたとしても、やれ「句柄」だの「俳句性」などが求められる。

カルチャーセンターの俳句講座受講者募集のポスターなどに、
「あなたも今日から、楽しく学べる」
と太字の大見出しで謳われたりするが、ちょっと首を捻ってしまう。そんなことで俳句は出来上がらない。出来上がったとしても、そんな句は絶対に褒められることはない。還暦を超えて俳句を始めた人など、自分の経験と年齢的なプライドがあるのか、二転三転してようやく出来た自分の俳句に朱が入ることを嫌うことも多い。

一句を立てるには無心になることが肝心である。わたくしもそれを心得て、句を作るときは「無我の境地に入る」というような『体』で作ってはいるが、やはり、できるならば「これは!」というような会心の一句が作りたい。句会に出して満票を得たい。だが、一句を作るのはつらい。

……ああ。なんと、人間の欲の深いことか。

そのつらさを乗り越え、会心の一句を得て、あまつさえ『○○○全国俳句大会』とか言う場所で入選して、小さいなりに賞状までもらえるようになると、ただ会心の一句を得るだけでは満足しなくなってしまう。それこそ先述のチンパンジーがより多くの唐辛子入りのビスケットをねだったように、「会心の一句」を十句、二十句、いやそれ以上と追い求めるようになる。

そうなると、病膏肓というところを軽く飛び越え、どんな苦吟をしてでも悶絶をしてでも、岩に齧り付きその岩から血が噴き出すほどの執念で一句を生み出そうとする。

現在、熊本に在住しているのだが、この熊本というところは十月中頃まで残暑が続き、秋の気配を感じたかと思えばすぐ冬になってしまうため、実作面で秋の句を読むのにあまり適さず、また、冬になっても雪が降るのはわずかであるため、高々と積もった雪を見ることもない。「俳句は現場で作れ」と言われているが、これでは秋や冬の景色を、実感を込めて詠むことは難しいだろう。

そこで、わたくしは毎年二月初旬に北陸・甲信地方に、九月には北海道に行くことにしている。

冬の終わり、春の初めの北陸は寒気が骨の髄まで染み込む。そんな中、あるときなどは白鳥の群れを追って能登に行き、雪でぬかるんだ冬の田んぼに集まる白鳥の前で、凍えながら句作した。また、北海道では旭川のキャンプ場に、真夜中に訪れ、虫の集くなかを立ち尽くしていると、現地の管理人に呼び止められ、怪訝な目で見られたこともある。

もともと、引きこもることを嫌う自分の性分にこういった俳句の吟行という作業は合い、九州各地、行かなかったところはないというほどにまでなった。

ところが、そうやって吟行で一句を得ることに飽き足らなくなってきた。もっともっと辛い刺激を欲している。

そして今、注目しているのが古季語である。

昨今、俳壇では古季語の見直しが進んでいる。角川書店『俳句』誌のなかで宇多喜代子氏が「古季語と遊ぶ」の連載(現在は終了)をし、夏井いつき氏が『絶滅寸前古季語辞典(正・続)』(東京堂出版)を刊行、現在でも茨城和生氏・大石悦子氏らが「あ句会」で、積極的に古季語を兼題として扱っている。

近頃『俳句大歳時記』(角川書店)を通巻で買い、ゴルフにたとえるなら「ウッド・アイアン・パター全部そろいましたよ」というような気分になっていたのだが、実際、紐解いてみると聞いたこともない古季語がずらりと居並んでいて驚いた。

「神水」「五月の鏡」「艾虎」「桃印符」「印字打」「香薷散」「地紙売」……。

このように、夏の季語だけでもかなりある。文字を読んだだけでは何がなにやらまったくわからない。先述した俳句総合誌などで古季語の存在を知ってから、俳句にはそら恐ろしい世界があるものだと思っていたものの、まだまだその奥は深く、唖然とせずに入られない。そのなかでもわが目を驚かせた「井守を搗く」という季語の語釈を読んでみよう。

漢の武帝の故事。守宮に丹砂(たんさ)を与え飼うと体ことごとく赤くなる、これを搗いて人膚に塗ると一生消えることがない、しかし淫行を行うと消えることから、宮女の貞操を守る意味で守宮と名付けられた。日本に伝わるにあたり、守宮が井守となり、さらに端午の節句に限るようになった。
 角川書店『俳句大歳時記』143ページ上段。文・筑紫磐井

中国から渡ってきた季語というのは多いが、何ゆえ漢の武帝の閨事にまつわる言葉までも季語として残っているのか。日本でもヤモリを搗いて女官の肌に塗ったように書かれているが、尋常ではない。天皇家でも当たり前にあったのであろうか。これ以上は憶測になるので避けるが、ともかくも、たった一語の中に込められた「物語」はどうだ。

歴史というのは、何も教科書で習うような時代の流れだけで成り立つものではない。漢の武帝でいうなら、秦の崩壊後、再び中華を統一したことなどは、もしかしたら現代のわれわれの生活に十分に関わっているかもしれない一大事業であるといえる。しかしそれ事前に武帝こと劉邦も、現在のわれわれと同じように、朝になれば起き、人々との会話を楽しみ、食事し、排泄し、夜になれば寝ていたはずである。その意味では人間は昔から、貴賎や民族の境なく同じような生活の営みを繰り返してきた。その上にその時代時代の、各民族それぞれの文化文明があり、歴史がある。

そして、この古季語こそ、天皇(皇帝)から庶民まで、どのように衣食住を行ってきたのか、そういうわれわれの人間としての生活の息吹をダイレクトに感じることが出来る魔法の言葉なのだ。

しかし、この魔法というのも一筋縄ではいかない。古季語は、俳句の面白さを高めてくれる夢の魔法というよりも、その奥の深さで脳髄と心臓を締め付ける、世界一辛い唐辛子といわれる、ハバネロのような存在といえる。

その激辛の激辛たる所以は「季感が掴みきれない」ということにあるだろう。

たとえば「春の雨」といった場合、意味としては「春に降る雨」ということで十分なのだが、先人たちがこの春に降る、やわらかくて暖かく、しかもなかなか止まない雨に「生命を息づかせる明るさがあり、どことなく艶っぽい感じ」というイメージで俳句のなかに詠み込んできた。

このように、季語を扱うにあたっては、こういった言葉の意味だけでない、季感の生かし方が俳句では重要な要素になってくる。

ところが古季語は、すでに失われた風習や、その時代でしかなかった言い伝えなどから成り立っているため、その時代の人がどう生活したか、どういう思想であったかはわかっても、そこから立ち表れる季感を捉えるのは至難の業と言っていい。こういう古季語に関して「現場で俳句を作れ」というなら、いずこかの科学者にタイムマシーンでも造っていただかねばなるまい。

漢の劉邦が「守宮搗く」という古季語のきっかけを作ったのならば、それを俳句にするこちら側としてはその語釈の情報しか手掛かりがなく、それこそ楚の項羽のごとく四面楚歌となってしまう。

そうやって古季語と苦闘を続け数ヶ月。数句であるができるにはできた。おこがましいとは存じ上げるが、そのいくつかを並べてみたいと思う。

音に聞く井守の印消えしこと

梟の羹に浮く脂かな

空ふかくたなびく声や地紙売

湯餅を進まん東武練馬駅

※井守の印……「守宮搗く」の傍題。
※梟の羹……ふくろうのあつもの。梟は成長すると母鳥を食うという習性があることから親不孝の鳥とされ、武家では陣中でこれを食べることを勧められた。多くは端午の節句に食べられたことから、夏の季語とする。
※湯餅を進む……「湯餅(とうへい)」はうどんに似た中国の汁麺。暑気払いとして食べられたという。
※地紙売……じがみうり。江戸時代にいた、扇子の修繕を行う行商人。多くは美少年であり、ときには春をひさぐこともあったという。


さて、果たしてこういう句の作り方で、十分なのだろうか。不安でならない。

そういうとき、歳時記をめくって季語を転がしている自分に対して、今度は古季語のほうから囁いてくる。

「おまえはほんとうに俳句をやっていていいのか?」

この声ならぬ声が脳裏に響くとき、わたくしはドッと冷や汗に襲われる。この瞬間が一番怖い。

そう。古季語はただ激辛だけの刺激物ではない。その裏には、作る側の俳句に対する考え方や、俳句を作る意義までも問われるような激しい毒性を秘めている。この毒に犯されてしまっては終わりだ。われわれはそれを乗り越えていかなければならない。俳句を詠むのであれば、積極的に古季語に挑戦し、自分の現在の生活が先人たちの生活の延長線上にあることを確認すべきだろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

「暴君ハバネロ」は株式会社東ハトの製品だが、これに対してエスビー食品株式会社は、このハバネロよりも二~三倍は辛いという「SBカプマックス」を開発したそうだ。

まあ。とりあえず、欲の皮の云々は横に置いて、何事にも好奇心と探究心を持つことは大切だということを感じずにはいられない。

3 コメント:

高山れおな さんのコメント...

御原稿面白く拝読しました。特にチンパンジーの話が。井守を搗くというのも凄いですね。なお、漢の武帝(劉徹)は7代目の皇帝で、高祖=劉邦とは別人です。「湯餅を進まん」とあるのは「進めん」の誤記でしょうか。現状では活用としては誤りかと思います。ブログの御句、土用芝居の句など秀逸だと思いました。高山れおな拝

hanagatami_kurui さんのコメント...

うわわわ……。すごい方からコメントいただいてるぞ!(おろおろ)

なにぶん勉強不足ですみません。
ここにおいでの方には、高山先生のコメントを註釈としてお読みくださいますよう、お願い申し上げます。(汗!)

未熟な点は多いですが、たゆまず努力精進をいたしますので、これからもよろしくお願い申し上げます。

追記……前年の『握手』誌上多産祭で佳作をいただきました。心より御礼申し上げます。

伍藤暉之 さんのコメント...

愉快な論文ですね。学術的な考察は別として、なぜ、ここまで古季語にこだわるのでしょうか? 古季語から影響を受け、それを実験的に使う実作種がいてこそ、古季語の見直しも進むのでしょうが、さてさて? 試作の句はどれも面白いし、言葉に対する欲情が漲った文章からは手練れの作者だなと感じられました。