2007-08-12

週俳7月の俳句を読む(下) 3/3

週俳7月の俳句を読む(下) 3/3

媚 庵 「三 汀」10句   →読む 菊田一平 「オペラグラス」10  →読む
田中亜美 「白 蝶」10句  →読む 鴇田智哉 「てがかり」10  →読む
佐山哲郎 「みづぐるま」10  →読む
寺澤一雄 「銀蜻蜒」50句  →読む
村田 篠 「窓がある」10句  →読む 山口東人 「週 末」10  →読む
遠藤 治 「海の日」10  →読む


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榊 倫代 



頬 い つ も 張 り つ く 痛 み 夏 の 蝶    田中亜美


あ、と思ったときはもう叩かれていた。目の前のママは真っ赤な顔をしている。多分あたしも。

黙ったまま家を出た。そんなつもりはなかったのだけれど、ドアは乱暴な音をたてて閉まった。行く当てのないまま、ずんずん前だけ見て歩く。

それにしても、打たなくったっていいじゃないか。夏期講習をサボって友達と花火をしたのは悪かったと思う。でも中学校最後の夏休みなのだ。隣のクラスのキムラくんも来ると言っていたし、一日くらいどうってことないと思った。ゆうべ何食わぬ顔をして帰ったときは何も言われなかったのに。なんでばれたのか。

頬はまだじんじんする。ママのてのひらの感触が残っていて不愉快。張りついているものを落とすみたいに、首を思い切り振ってみたけれど、もちろん何も変わらないし。

蝉がうるさくていまいましい。タバコ屋さんの角のところの百日紅は、なんでいつもバカみたいに咲き続けるのか。わしゃわしゃと重たそうな枝先に蝶が来ている。

そう言えば、今朝のママは蝶の柄のエプロンをしていた。母の日にあたしがプレゼントしたハナヱモリのやつ。問い質されたときすぐに謝ればよかったのに、あたしもつい意地になって口ごたえした。交友関係まで否定されてカッとしたのだ。でも「ママがそんなだからパパが出ていったんだよ」は言い過ぎだったかも。

蝶はどこかに行ってしまった。頬はまだ痛い。

ママの手もまだ痛いだろうか。



啜 り た る 枇 杷 の 滴 が 枇 杷 の 上     菊田一平

眠る大伯母の顔を見ている。

さっきまで大伯母は枇杷を食べていた。入れ歯を外した口で、食べにくそうにだらだらと汁をこぼしながら。枇杷の汁は指から手首へ、そしてまだ剥いていない枇杷の上へと、滴になって落ちていった。

枇杷は実家の庭の木からもいだものだ。入院してから日に日に食欲がなくなっていく様子を心配した母が、これなら食べられるかもしれないから、と私に持たせたのだ。

咽喉に詰まらせてはいけないので薄く切って少しずつわたす。大伯母は力無く口に運んでは、歯茎で潰しながら時間をかけて食べる。啜るようにしてゆっくりゆっくり食べる口元を見つめていると、子どもの頃に戻ったような妙な心持ちになる。

早くに亡くなった祖母に代わって母を育てたのが大伯母で、母が働きに出たので幼い私も毎日の面倒を見てもらっていた。食が細かった私は、食事時には必ず大伯母を困らせた。

「おいしいよ。ほら、食べてごらん」と匙を差し出しながら大伯母は大きな口を開けてみせる。口に入れたままなかなか飲み込めないでいる様子を見ると、一緒になって噛む真似をする。もそもそと食べながら大伯母の口を見ていると、食べているのが自分なのか大伯母なのか、そもそもいま口に入っている物は何なのか、噛んでそれからどうするのか、すべてがあやふやなような心許なさばかりが募るのだった。

あの頃の大伯母は美味しいものには目が無く、恰幅がよかった。歯もちゃんと揃っていて、こんな枇杷など一口か二口だったのに。

すっかり小さくなってしまった口を、かすかに開けて眠る大伯母の顔と、枇杷の皮と種。点々と残る枇杷の汁のあと。病室の窓の外はもうすっかり夏の色だ。

結局一つ食べるのがやっとで、たくさん残ってしまった枇杷の中から、一番大きいのを選んで思い切り齧った。

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上田信治 



筑紫磐井氏は、「虚子の新研究」(2004)で、虚子の俳句理論、作句法の体系化を試み、その研究の最終節で、季題趣味に終らず、俳句の伝統にもつながらない、虚子句のいくつか(「流れ行く大根の葉の早さかな」「帚木に影といふものありにけり」etc)を念頭に、氏の命名になると思われる「ゼロ化」の手法について、論じている。

外部要素をゼロ化(形式化・記号化・無意味化)し、内部要素も極力ゼロ化する。例えば、内部要素の中でも意味を伴いやすい季題をゼロ化するのである。(…)このようにしてゼロ化した構文の上に微妙な意味を乗せることにより生まれる成功が俳句とは何かを答えてくれるだろう。(『近代定型の論理』p299)

週俳7月の俳句を見ていると、今日の俳句が「ゼロ」として書かれることは、もはや当然至極の前提であるように思えてくる。世間の常識は、必ずしも、そういうことになっていないと思うんですが。


背 中 に は 手 の 届 か ざ る と こ ろ あ り   寺澤一雄

「銀蜻蜒」50句より。その俳句のゼロ化した場所が(グラウンド・ゼロですね)、いかに広く、いつまでも遊んでいられる場所であるかを、証明し続けている作者。「背中には手の届かないところがある」そう思ったんだから、仕方がないじゃないか。そして、こんなふうに書かれてしまったら、もはや、そこに永遠感のようなものが漂ってしまうんだから、仕方がないじゃないか。それは、きっと、例の「形式が書く」という事態に関係がある。無私の手が、俳句の歴史に、こんなご無体な一句を刻んでしまう。


螢 ほ も よ ろ を 逢 瀬 の ど ん づ ま り    佐山哲郎

五七五というのは、なんだかんだ言って、日本語の土俗のリズムなわけで、それがカッコヨクなりうるとしたら、粋とかいなせとかは、はずせないのだということが、よく分る。あと、〈鯵として熱く激しく皮膚匂ふ〉。こういう美味しそうさは、あまりないでしょう。われと我が身が、美味しそうだ、という恍惚。


サ ボ テ ン や 仏 の 顔 が 玄 関 に     山口東人

この作者の他の句〈芝を刈るボタンダウンの男かな〉などからして、ここは、玄関に仏頭か何かが飾ってある知的中産階級の居宅を、イメージするのが正解のはずなのだが、「仏の顔」ということばが、典型的にシュールな絵柄であり、日に三度なものだという、含意をもつために、読者は、ついつい面白すぎる想像を強いられて苦しむ。それが作者のたくらみであることは、わざわざ玄関に「サボテン」などを配していることからも、明らかである。すべての句に、季語のような、そうでないような言葉があることは、そのたくらみの繊細にして投げやりであることの証左であろう。



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