2007-09-02

個から個性へ 岡田由季句集「ツインズ」を読んで 大石雄鬼

個から個性へ岡田由季句集「ツインズ」を読んで ……大石雄鬼

初出:豆の木no.8(2004/4発行)※句集「ツインズ」は炎環新鋭叢書『環座』(2003年1月)所収。


かねがね思っていることは、俳句のうまい人というのは、とても柔らかい感じがする。特に女性の場合、それを感じる。内面的な柔らかさを持っている人が、人を惹きつける俳句を作ってゆく。

  自転車の籠の濡れゐし蛍の夜

  マフラーを後ろに結ぶ海の駅

  アトリエにたつぷりの布月涼し

  少女らの靴のぽつてり冬木の芽

これらの句、とってもうまいと思う。読んでいて気持ちよく、豊かな思いにさせられる。これぞ俳句、これぞ正統という感じがする。第一印象の岡田さんらしい俳句だ。岡田由季さんは、こんな句がすらすらと出来てしまうらしい。俳句の骨格をすでに心得ている。そもそもそういう段階からスタートしているのだ。

  公園の奥まで歩く二日かな

  唇の鏡に映る昼寝覚

  美術館上へ上へとゆく晩夏

しかし、この三句を読むとおやっと思う。うまいと思われる部分に、「個」が見え始めるのだ。他者との違いの「個性」という意味ではなく、作者自身から何となく出てくる、個という部分。豊かな思いというものとはまた別などこか寂しい雰囲気。俳句が個と交わり始めた部分。そういう部分を感じることができる。

そして「個」から「家族」へ。岡田さんは家族思いである。それは次の句からなんとなくわかる。

  如露の水わづか残りし母の家

  急須から祖母の離れぬ文化の日

  数へ日の家族の回すマーガリン

娘から母へ。母から祖母へ。作者のやさしい視線がそそがれ、その思いは家族というもののなかで繋がり、そして引き継がれていく。そしていつしか、作者自身の未来の姿を覗いているような錯覚をも引き起こす。

ここで作者の内側らしき部分にもう少し立ち入ってみた。そして選んだのがこの三句。

  内側も誉めらるる茶器春深む

  良心のかたちに焼けし帆立貝

  春の夜を沸騰せぬやう煮詰めをり

おそらく岡田さんは、幼少の頃から優等生だったと思う(勝手な想像だけど)。立派な両親に育てられ、そして期待を裏切らないよう育ってきた(本当に勝手な想像だけど)。裏切ってはならないという思いと現実の世界。「内側も誉めらるる茶器」や「良心のかたちに焼けた帆立貝」。「内側も」としたことや「焼けし」としたこと、この二点に私は彼女の「優等生」になろうとしていた自分に対する、ある思いを感じる。そして「沸騰せぬよう煮詰める」のだ。「木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ 楸邨」をも思いだし、この時点での岡田さんの思いをこの句を読むと感じてしまうのだ。

次に岡田由季さんの俳句の「個性」という部分を考えてみた。あまり俳句に使われないような題材。しかし普段の生活においては、普通に接している題材を取り上げた俳句を選んでみると、これがけっこう多く、またそれが私にとって好きな句が多い。

  自動ドア開くたび散る熱帯魚

  フェレットの平らな散歩春の雲

  間取り図のコピーのコピー小鳥来る

  再生紙積まれゐし窓粉雪降る

  証明写真撮らるるやうに日向ぼこ

自動ドア、フェレット、間取り、コピー、再生紙、証明写真。生活の中ではごくごくありふれたものたち。それらをもう一つの発見で料理しながら、俳句に取り上げている。俳句らしさに流されることのない、作者のしっかりした視点がある。しっかりした視点があるので、この作者を、この俳句を、信用することができる。

自動ドアが開くたびに、はっと身をかわしちりぢりになる熱帯魚。最近よくペットとして飼われ始めたフェレットの平らな歩き方。コピーがコピーされてだんだんと見づらくなっていく間取り図。古紙を原料として積まれている再生紙。自動証明写真用のボックスに入って撮られるような日向ぼこ。

それは、ただの光景にとどまらず、ある喩をもって語りかけてくる。そこに生活する者の様子が、そこに生活する者の心情が、今そのときの様子が、岡田さんの目を通して、俳句となって姿を現す。

その確かな視点、その足の置き場に、岡田由季さんの個性を見るとともに、今後の俳句というものの方向性を見るような気がするのだ。

  誰か一人足りないやうな花疲れ

  こどもの日すぐ裏返る傘のあり

  人日やどちらか眠るまで話す

そしてもうひとつの対象。それは、人間である。今の生活の中にあふれる物たちの間で、わたしたち人間がいて、作者がいる。俳句の対象をパーンさせれば、物と触れあう人間がいて、そして作者がいて、作者の心がある。「一人足りないような」、「裏返る傘」、「どちらか眠るまで話す」という、作者と作者の心との関係がより緊密なこれらの俳句に、納得し、またほろりと安心したりするのである。

個から個性へ。彼女は次のステップへ向かっている。



岡田由季 代表句50句 良き日  →読む
第1回 週刊俳句賞 発表 →読む

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