2008-02-10

林田紀音夫全句集拾読 005 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
005

野口 裕








低湿の地に煙突の根を感ず

前後の句から、臨時工として働いていた時期の句のようである。臨海工業地帯といっても、まだ工場はまばらで、道にアスファルトが敷き詰められているわけでもないだろう。雨が降ればあたりは泥沼と化す地帯に、煙突が高木のように立っている。地面を見ても、煙突を感じてしまう。「働かねば…」というつぶやきと共に生まれた句だろうか。


葬送の酒に手を出し縁(えにし)消ゆ

これも前後の句から工場での事故死とも判断できるが、この場合はそうした設定を抜きにして読むことができる。酒に手を出したことで死者との淡いつながりが消え、死者と無関係の世俗的な雑談の中に巻き込まれた、と読むことができよう。下五が、若干の惜別と、後悔の念に満たされている自己を見つめて印象的。

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仏壇の金色ひらき寿司もてなす

このあたり、麦酒とか寿司が贅沢の象徴として登場する句が多く、時代を感じる。上掲の句は、林田紀音夫の師である下村槐太の「死にたれば人来て大根煮(た)きはじむ」の後日譚のようなおもしろさがある。普段慎ましやかな生活の中で、精一杯のもてなしを象徴するかのような仏壇の金色。多分いつもは閉じられたままなのだろう。死者を気遣う余裕はないのだ。もてなすのも、生者のためである。

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逃げ場なければ寝顔まで月がさす

「家に時計なければ雪はとめどなし」(森澄雄)


子供の足ながらひびきて朝刊来る

朝刊を配る小学生はいなくなった。


大阪煙るカレーの皿と顔離せば

生きるために食べる。食べて、死からひととき離れ、外界がようやく目に映る。私と同じような人間が沢山集まっている大阪が煙っている。




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