2008-03-02

林田紀音夫全句集拾読 008 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
008


野口 裕






火葬より濃く稼働する炉の人体

「製鋼 十句」から。

まだ小学校に上がる前の頃、近所のおじさんがかわいがってくれた。親抜きで、おじさんだけで動物園に連れて行ってもらったりした。おじさんにも子供がいたが、もう小学校高学年ではかわいいと思えなかったのだろうか。

私が小学校低学年の時、おじさんは突然死んだ。製鉄工場の事故だった。詳しい原因は覚えていないが、よくある水蒸気爆発だったのだろうか。

句中の人体はもちろん死んでいないが、ちょっとそんな思い出話をしたくなる雰囲気を持っている。

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肋まで解体された眠りを買う

「眠りを買う」は睡眠薬だろう。「肋まで解体」が胸の病気特有の感覚なのだろうが分かりにくい。意味として分かっても、身体感覚がともなわない。にもかかわらず、句全体として、焦燥感を伝え得ている。安っぽい眠りでも買わざるを得ないところに作者は居る。

消えた映画の無名の死体椅子を立つ
水色の蟹を這わせる無名の死体

「無名の死体」二句。大量死の時代が過ぎたあと、記憶の中に残るもの。ここから数句あとに…

洗った手から軍艦の錆よみがえる

…がある。


これで、第一句集「風蝕」を終える。私が生まれる前から幼児までの頃が舞台となり、句を読んでいるのか時代を読んでいるのか分からなくなるときがあった。林田紀音夫というと取りざたされるペシミズムよりも、必死に生きる一個の人間が印象深かった。


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タンカーに拡大された印肉の朱の疲れ

第二句集「幻燈」に入る。破調の句。

まだタイムレコーダーの時代ではない。出勤簿のそばに印肉が置いてある。それが巨大に見える。と、読めた。判子を押す場面は、出勤簿と限らないのはもちろんだろう。しかし、「疲れ」は疲労を覚える作者の心象と同時に、くたびれた印肉と取りたい。そのダブルイメージは何かしらユーモアをともなう。そうしたダブルイメージにぴったりなのが、朝の出勤風景ということなのだ。


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列の拘束いつまでも白いトルソ立つ

鋼材を移し囚徒の歩幅に似る
胸腔に海を湛えたながい失語
遺体の泥は拭った後も忘れるな

トンネルが奪う日本海上の星一粒
沖の曇天パン抱いて漂泊をこころざす

個々の句の意味、個々の句の鑑賞は今回やらない。一気に連続六句を並べたのは、どうもこのあたりリズムが悪いなと感じるからだ。現代仮名遣いの変更にともなって、口語文脈を句に取り入れようとしたせいだろうか。「立つ」。「似る」が必要なのか、などとどうしても考えてしまう。実験中という不安定さを抱えている、としておこう。ただし、トンネルの句は捨てがたい原石の輝きを放っていると見た。



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