2008-03-23

林田紀音夫全句集拾読 011 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
011





野口 裕




流血の広場の匂い幼児は駈け

広場という言葉は短詩型文学から縁遠くなった。短詩型文学に限らず、文学一般、いやそれに限らず人の意識にはのぼらない言葉になっている。群衆の意識が時として共振する場として、広場という言葉は使われやすかったが、現在そうした現象の起こる余地はないからだろう。一時代前の中村草田男、「壮行や深雪に犬のみ腰をおとし」と同じ構造になっている点が興味を引く。

火のガラス吹く瞳孔にけものを飼い

ガラス職人の瞳孔に着目できるところは凄い。

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星の濃い二月の死者を胸にもつ

子供の頃、二月は冬であった。銭湯帰りに夜空がまばゆかったことを思い出す。


手が生えて眠るみどりご風の祝祭

「手が生えて」に、一瞬ぎょっとする。だが、「風の祝祭」で動物植物という区別が無関係の生命への頌歌を意図していると読める。そう思えば、「手」が何かの花のつぼみに見えないこともない。
 だが人によっては、「手が生えて」への違和感がぬぐいされないまま句を通り過ぎるだろう。そういう人が皆無ではないだろうと予想されることが、逆に私を楽しくさせる。

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風のみどりがしんと弔うおくれた走者

七七七のリズム。第二句集の最初とくらべると、練れた韻律が紡ぎ出されている。敗者に向ける眼差しが優しい。


幼児はためきロードローラーのながい休止

ロードローラーの進行を邪魔するような位置に幼児がいるのか、停止中のロードローラーをはしゃぎながら眺めている幼児がいるのか、どちらとも決めがたいが、「幼児はためき」が独特かつ的確。幼児の姿がより印象的に浮かび上がる点で、前者の解釈がやや勝るだろうか。

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月に低く毛髪の黒詰まる倉庫

大量死を連想させる措辞。何句か前に「被爆者」の語あり。だが、この句は被害と同時に加害のニュアンスがこもる。一層複雑な景。





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