2008-03-02

『俳句界』2008年3月号を読む 舟倉雅史

【俳誌を読む】
『俳句界』2008年3月号を読む ……舟倉雅史




「俳句界」を買うため、仕事帰りの僕はわざわざ通勤電車を途中下車して、Y書店に寄ります。「俳句界」を見つけると(見つからないときは次の駅でもう一度途中下車です)、レジに持っていく前に、まず「雑詠」欄に自分の名前を探します。しかし、「特選」の3人の中にも、「秀逸」の5人の中にも、自分の名前はありません。「俳句ボクシング」のトーナメント表の中にも、僕の名前はエントリーされていません。ああ、またダメか。実は今回「これは会心作だ」と思っていた句がひとつあったんですけどね、残念ながら見向きもされなかったようです。目標は、複数の選者から特選に選ばれて図書券3000円ゲット、あるいは俳句ボクシングでチャンピオン、なんですが…。浮かない気分の僕は、それでもレジへと向かいます。「900円はちょっと高いなあ」などと思いながら。


満田春日「雁木」(読み下ろし連載第九回) p36-

裏山の解けつつこほる水たまり

水仙の根元より雪解け始む

僕が作りたいのは、たとえばこんな句です。平明で、作為がなくて、景が鮮明に立ち上がってくる句。それは何でもないような景でありながら、確実に詩を湛えている。いや、正確には、詩は景の中にあるのではなく、その景を切り取り描き出す〈ことば〉の方にこそあるというべきでしょう。ひと匙の粗目(ざらめ)が割り箸の魔法でふわっと大きな綿飴となるように、巧みなことばの使い手は、十七音をふっくらとした詩の〈ことば〉へと変容させて見せてくれます。


俳句ボクシング p192-
俳句界雑詠 p198-

「俳句界」の投句欄には、各選者による「ここを直せば入選」というコラムがあります。現在のところ「俳句界」の投句欄だけが作句の鍛錬の場である僕にとって、こういうコラムは貴重です。こういうところを丹念に読めば、毎月の900円も安い授業料ということになるのかもしれません。たとえば「クレーンで吊る大鍋や芋煮会(白井良治」)についての岩城久治のコメント。

記せば「クレーンで」で五文字だが、この口語が落ち着かない。「クレーンにて」でどうだろう。更には「大鍋をクレーンにて吊る」と語順を替えればことばはどのように響くであろう。

なるほど。かつて「クレーン」の句を投句して〈没〉になった経験のある僕は、あの句だったらどう直したらいいんだろう、などと考えます。月ごとに高くなる〈没〉の句の山の中には、うまくリメイクすれば入選できる句が少なからず埋もれているはずだと思うのです。

「俳句ボクシング」の赤コーナーの選者、辻桃子の講評は毎回なかなか辛口です。トーナメント表の上の方まで勝ち上がってきた句は、雑詠欄で言えば「特選」「秀逸」のレベルになるのでしょうが、それでも講評を読むと「作文型で説明的な句」「具体的に描写してみてほしい」という厳しいコメント。「三段切れも避けたい」「切れを入れることで俳句らしくなる」「省略して直感的に伝わるようにすること」といった調子で、なかなか褒めてはもらえません。しかし、句作の上達を目指して投句している者にとっては、ありがたいお言葉と言うべきです。実は僕もここで拙句を取り上げていただき、「作文型」とのコメントを頂戴したことがあります。その句をどう手直ししたら「作文型」から脱することができるのか、それはいまだに僕にとっての課題であり続けています。

昨日(2月29日)の「朝日」の夕刊で、「あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか」(新潮社)という本が出ていることを知りました。著者は、辻桃子。

「佳作」には採られるけれど、「入選」「特選」には届かない。あなたの俳句は行き詰っていませんか? 何かが足りないのです。本書がズバリお教えしましょう!

というキャッチフレーズを読むと、これはまるで僕に向かって呼びかけているようじゃないか、と思います。そう、〈没〉になる句には「何かが足りない」んです、きっと。その「何か」を掴んだとき、「作文」は詩の〈ことば〉へとふわっと変容するに違いないと思うのですが…。




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