2008-03-16

小野裕三 NHK『俳句王国』出演記

俳句ツーリズム 第13回 山梨篇
NHKBS『俳句王国』出演記 ……小野裕三



一月のある日、僕の自宅に電話が掛かってきた。電話の主は、NHKの『俳句王国』制作に携わっているスタッフの方。勿論、出演の依頼である。「いかがでしょうか、ご都合は?」と甘い声で丁寧に訊ねられ、こちらもたじろぐ。日程はと尋ねると二月中旬。特段の予定とは重なってなかったが、撮影日程は平日も含むということなので、仕事の都合によって直前でスケジュールが合わなくなる可能性もある。それにそもそも、実は人前で話をするのは苦手なほうなのだ。そう思って電話口で躊躇っていると、僕が所属する結社の主宰からの推薦でもあり、と詰め寄られ、さらにたじろぐ。場所は、と聞くと、山梨県。それなら、比較的近場だ。ちょっとした小旅行のつもりで出かけるのも悪くはないという思いも頭を擡げ、気持ちが揺らぐ。

そんなこんなで迷った末に、初めての『俳句王国』出演(同時に初めてのテレビ出演)のために山梨県まで出かけることになった。場所は山梨県の身延町。行ったことはないが、富士山も近くて風光明媚な場所のようだ。ちなみに、当日までにやらなくてはならないことがひとつだけある。それは、兼題句を作って制作スタッフまで郵送すること。今回の兼題は「囀り」。その時はまだ一月だったので、その環境で「囀り」の句を作らなくてはならないというのはいささか辛かった。

かくして二月に入り、無事に仕事その他の差し支えもなく撮影の日がやってくる。あらかじめ番組事務局から郵送してもらった切符を使って、立川駅から特急「あずさ号」に乗車。甲府到着後、身延線という路線に乗り換えて一路身延駅へ。実はこの身延線の車内で早くも、既に主宰のH先生、さらにその他の出演者の方にお会いすることができた。その日は朝から快晴で、車窓からは綺麗な富士山が見える(写真1)

身延駅に到着したのは午後二時前くらいだったが、既に関係者はみな集まっていた。すぐに用意されたマイクロバスに乗り込んで、吟行に出発(翌日の番組で吟行句として使われる句をここで作らなくてはならない)。吟行の場所は身延山。日蓮宗の総本山である「久遠寺」という古刹もある有名な場所だそうだ。それにしても、麗らかな陽光の中をバスに乗って移動するのは、なんだか幼い日の遠足みたいで楽しい。

到着した山門は、壮麗な建物だった(写真2)。そこからは杉並木に挟まれて長い石段が続いている。長いだけでなく、結構急勾配の階段だ。聞けば、三百段近い石段とか。石段の先には、本堂などが並んでいるようだ。当初の予定では、その石段は登らずにまたマイクロバスを使ってその本堂がある辺りまで移動するという予定だったのだが、メンバーから「石段を登りたい」という声が続出し、結局石段を登るチームとバスで移動するチームと分かれることになった。僕は、石段チーム。当然ながら、石段チームは参加メンバーの中でも若いほうの人が集中する。司会のKさんやゲストのエッセイストYさんも石段チームである。

階段を登りきったところに、本堂その他の伽藍がずらりと並んでいた。本堂からはなにやら読経の声も聞こえてくる。実は、その日はちょうど涅槃会の日だったのだ。そんなわけで、われわれ吟行のメンバーも本堂に入らせていただき、説法を聞く。ちなみに、その翌日は日蓮上人の誕生日であるとか。

それから、一行はロープウェーに乗って山頂に向かう。ロープウェーが上って行く途中で、山の稜線の向こうに富士山が顔を出し、車内に歓声が上がる。到着した山頂駅前の広場からは、さらにはっきりと大きな富士山の姿が見えた(写真3)。晴天の下、くっきりと大きな富士山の姿はとにかく美しい。

「私、雨女なんですけどねえ…」
 と、首を傾げているのはKさん。それが事実だとすると、たぶんそれを上回る強力な晴女か晴男が今回の参加メンバーの中にいるのだろう、と参加者の間ではそういう結論に落ち着く。

山頂には奥の院の他、展望台のようなものがある。そこでメンバーはしばらく景色を見ながら休憩。小道を歩いていると、木の枝に積もっている雪が時折ばさばさと音を立てて落ちてくる。それが陽に照らされて美しく舞う。

「ああ、きれいやなあ。あれを俳句に読めんかなあ」
 参加者の間から、そんな声が上がる。
「あれはでも、なんと呼べばいいんでしょうかねぇ」
「さあ…。何か適切な言葉があるんでしょうか?」
「ダイアモンドダストじゃないですしね」
 美しい景色に言葉が追いつかないのがもどかしい。

かくして一行は、夕方にならないうちに身延山から下山して会場となる身延町総合文化会館へ向かう。『俳句王国』は通常はスタジオでの収録なのだが、今回はホールでの収録。スタッフによると、年に四回はこのように各地方のホールでの収録をやっているらしい。身延町は俳句が盛んなのか、今回はホール座席数からも溢れるほどの地元視聴者からの応募があったとか。会場のステージには、舞台も既に出来上がっていた。メンバーは実際の席に着席し、本番時の手順の説明を受けた後、少し掛け合いの練習をする。それで、なんとなく進行の雰囲気がわかる。

その簡単な練習が終わったら、一行は宿泊先に向かう。宿泊先は、身延町かと思っていたら、少し離れた下部温泉だった(写真4)。おや、と思ったら実は十年くらい前、僕は下部温泉に逗留したことがあり、一週間くらい安い湯治宿みたいなところにいたのだけれど、実はその近くに今回宿泊のホテルもあった。なんだか懐かしい思いがする。よく見ると、ホテルの前に句碑が立っている(写真5)。虚子もこの温泉を訪れたらしい。

  裸子をひっさげあるくゆの廊下  虚子

いったん部屋に入ったあと、午後六時半までに吟行句を作って提出しなくてはならない。しかたなく部屋に籠もり、うんうんと頭を悩ませる。

六時半になって、その句を持って食堂に向かう。そこでは既に宴会の準備ができていた。宴会時に、地元の出演者の方から虚子がこの地にやってきた時の話を聞く。

「それはもうすごかったですよ。駅からね、籠に乗ってやってきましたよ」

籠というのは一体いつの時代だろう、と思いつつ、なぜか籠でやってきたというのが虚子らしいと思う。宴会後、入浴。下部温泉の湯は独特で、やや温度の低い湯に長く浸かるというのが本来の正しいやり方。以前に来たときもそう言えばそうやって湯に浸かったなあ、と感慨にふける。浴槽は二つ用意してあって、そのようなやや温度が低めの浴槽と、それを温めた湯の入った浴槽。撮影スタッフや参加メンバーも次々と浴場に現れるが、冷たい方の浴槽は人気がなく、みな少し手を突っ込んだくらいですぐに退散し、温かい浴槽のほうに向かう。しかし、冷たい浴槽も長く入っていると意外に慣れてきてそれはそれで気持ちがいいのである。


翌日の朝、また朝風呂に入った後、朝食。「食堂」と書かれた部屋がレトロな感じでなかなかいい。ちょうどゲストのYさんなどもいらして、いろんな興味深い話が聞ける。それから荷物をまとめて、再びマイクロバスに乗り込んで会場に向かう。午前中は、リハーサル、そして午後が本番というのが大まかなスケジュール。番組収録自体は一時間ほどで終わるが、その後でホールに集まった聴衆の方々のために、司会二人と主宰、ゲストの四人によるフリートークというテレビでは放送しない特別コーナーも用意されている。ちなみに、番組の内容をあまりご存知ない方のために一応番組の構成を説明をしておくと、基本は番組内で句会を二回繰り返す。事前投句しておいたものを出演者全員で選句し、その場で披講と評を行う。最初の回は兼題句、二回目の句は吟行句である。

ここで当日の本番までおよび本番内の手順を順に書き出すときりがないので、少し撮影に関して意外だった点をいくつか記しておく。

まず驚いたのは、実際の本番の句は番組開始の十分前まで見られないということ。午前中のリハーサルでは実際の番組の進行に沿って手順を一通りなぞってみるのだが、ただし、句会に使う句はダミーのもの。本番十分前になるまで、実際の句稿は配られない。したがって、我々は番組の進行の時間内でその句を選句する。句の選も、あるいは句への評も、要するにすべて番組内で考えなくてはならない。しかも、司会のIさんはどんどんアドリブ的な質問を突っ込んでくるので、なかなか気が抜けない。

二点目は、上とも関連するのだが、ほとんど編集もなく生放送に近い形で収録されること。想像していたのは、選句などの時間は充分に取ってその部分はあとの編集でカットしたりするのかと思ったのだが、実はそんなことはまったくない。出演者たちもみな、あの番組の時間の同じ時間の中で選句したりコメントを考えたり、すべてのことをしなくてはならない。だが、たぶんそのほうが本当の句会の生々しい感じが伝わってよいのかも知れない。

三点目は、さすがにテレビ出演ということで全員が化粧をすること。「今のテレビは、ハイビジョンでよく映るから」という説明だったが、老若男女問わず、参加者はみな化粧をするのである。既に数十年の人生を生きてきた僕だが、なにしろ化粧はさすがに初体験。ちょっと不思議な感じである。

四点目は、出演者にちょっとしたお土産がいただけること。物は何かというと、まずは当日の自分の句を書いた色紙。番組内でボードに貼り出されている、あの色紙だ。とても綺麗な字で書いてもらっているので、記念には嬉しい。それから、番組名の入った湯呑みセット。これもなかなか味わいがあって素敵な品である。

まあそんなこんなで無事に番組の収録は終了(参加者のみなさん、撮影スタッフのみなさん、その他関係者の方々、本当にお疲れ様でした&ありがとうございました)。

ところで、番組内で吟行句として僕が出したのはこれ。

  しばらくは戻らぬ先生春の富士

富士山の句はいつかきちんと作りたいと思っていたのだが、間近に美しい姿を見て、富士近くの土地の雰囲気というものを感じることかできたのは、よい体験だった。この句の中に、いくばくかでも富士を取り巻く土地の雰囲気が出ていると嬉しい。

番組終了後、一行はすぐに荷物をまとめて身延駅に移動し、そこで解散。そのまま東京に戻ってもよかったのだが、翌日は日曜ということもあったため、甲府に一泊して日曜には昇仙峡を見て回った(写真6)。山梨は水晶などの加工宝飾品が名産品ということで、いくつかお土産に水晶も買ったりする。それ以外にもいろんなものを次々買っていると、すぐに鞄はいっぱいになる。今回は、生後三ヶ月の息子のために昇仙峡の美術館で涎掛けのお土産も買ってみた。なかなかデザインがよくて、これは最近買ってきたいろんなお土産の中でもかなり優良品です(写真7)。


























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