2008-04-13

林田紀音夫全句集拾読 013 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
013




野口 裕




星の濃い水葬を寝てまなうらに

おそらく「を」で切って、身体を横たえて(寝て)目を閉じたとき、まなうらに星空の中での水葬の景がひろがる、あるいはよみがえる、と詠むとわかりやすくはなるだろう。そのままの順で詠むと、寝ているのが水葬される死者であり、死者のまなうらに星の濃い景が映る、とも読める。こうした不安定な語順の句を嫌う人もいるだろうが、私は嫌いではない。しかし、積極的に推すとなると、強硬に反対されたときの説得力が不足してしまうだろう、とやや頼りなさを感じる。

だが一読して、事あるごとに思い出しそうな感を抱かせる句ではある。


  

都市の灯に山火事の呪詛濃く加わる

都市に電力を供給する水力発電所を連想したのだが、句を深く読むための連想になっていないなあと、我ながら嘆いてしまう。しかし、句の製作年代が昭和四二年~四五年となっており、映画「黒部の太陽」が昭和四三年公開となるとどうしても読みの方向がそちらへ向いてしまう。「呪詛」には、そうした連想よりも力強いものが宿っていると分かってはいるのだが。


ぶらんこの太陽へわが童女放つ

ブルドーザー肉食獣の弧を描く

これはだめでしょう、という句を二句並べてみた。こうした句の混じるところが、林田紀音夫の面白さでもある。

だがこうした句を拾うことが、今後の「拾読」に、結構大きな影響を与えるようにも思える。

まさに、「昨日はどうしていたの?」、「そんな昔のことは忘れた。」、「明日はどうするの?」、「そんな先のことは分からない。」、という心境である。


  

第二句集も終わり近くなって、立ち止まる句が増え、進行が遅くなっている。繰り出す材料がほぼ決まり、どの句も変奏曲を奏でているとも見えるのだが、かえって一句一句に違う味わいを見つけて素通りできなくなっている。「拾読」の拾い読みたる由縁を発揮しているともいえるだろう。自戒を込めて、急がず焦らず。


月夜疲れて石鹸の泡生む手

風呂場の景。心理的には登場人物ひとりなのだが、子役を配するとわかりやすくなる。核家族の経済的基盤を支える「手」、との自負も若干感じられる。


黒の警官ふえる破片のガラスの中

ガラス破片を通して、制服警官の姿が映り、よく見ると一つ一つのガラス破片のどれにも映っている。「ふえる」の上下に配置された(活字横組みなら両側)、「黒の警官」も、「破片のガラス」もどんどんふえてゆく。「黒の警官」と、「破片のガラス」は追いかけあいをしているようだ。




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