2008-05-25

林田紀音夫全句集拾読 019 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
019




野口 裕




アドバルン泛く原色の涙を溜め

昭和四十七年頃の作品。アドバルンの最盛期は昭和三十・四十年代。したがって、句の意匠としては作られた当時からすでに古びていただろう。作者はそれを承知の上で提出した気がする。

作家が痛切な思いを持って生き抜いてきた時代はすでに過ぎ去っている。それを代弁する風景はすでにない。目に飛び込んでくるアドバルンに託すにしても、それは原色であり、かえって思いは拡散する。涙を溜めるほどに思いを凝縮するには、見つめ続けなければならなかっただろう。やや時代遅れとなりつつある風物だけに、それが可能だったのかもしれない。


  

日時計の日を失った海へ歩く

「日」はSUNの意味でもDAYの意味でも使われ、五七五ではしばしば両方の意味をかけて使われる。この句の場合、日時計とあるので、いやが上にも時間のない時間、日常から浮遊した時間が連想される。しかし、この浮遊した時間は余り楽しそうな表情ではない。林田紀音夫が海に寄せる思いは、常に暗く沈んでいる。決意の表明のように結語は「歩く」。

饒舌は許されないのだ。



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