【週俳4月の俳句を読む】
興梠隆
God only knows
空港の使はぬ場所に雪解くる 寺澤一雄
推理作家の有栖川有栖氏がインタビューの中で鉄道ミステリの魅力として、時刻表という実用品から「なかったはずの時間」が生まれ「行けなかったはずの場所」に行くことができる奇跡をあげている。合理性と機能性を徹底的に追求した空港という建造物に、誰も知らないスキマ空間が出現していても不思議ではない気がする。離着陸時の旅客機の窓からその死角に気がついたのか、あくまで想像の中なのか。本来神の視座からしか見えないはずのその場所に雪が降り積み、そして消えていく。
不健全図書を世に出しあたたかし 松本てふこ
罪ぶかく春空に浮く飛行船 守谷茂泰
――法律というのは風俗や風土に関係あるもので、土地土地によってずいぶんと変わるものだから、例えば船とか駅馬車とかいうものを使えば、日曜日の朝パリで死罪になるはずだったこのおれが、同じ週の土曜にはアジアの辺境あるいはアフリカ海岸で、同じ行為を賞讃されているという事情も起り得るのである――マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』澁澤龍彦訳
豚の不敗神話の中のさくらかな 二輪 通
「不敗」が必ずしも常勝を意味するわけではない。サッカーやチェスのように勝ち目のない相手、勝たなくてもいい状況下では最初から引き分けを目指す戦略もあるだろうし、勝負をひたすら避けて遁走し続けるという賢明な生き方もあるだろう。決着をつけない限り、何も始まらないかもしれないが、何かが終わることもない。その世界で永遠に咲き続け散り続ける桜。
鳥帰る白磁の首のうつくしき 佐藤郁良
花瓶や水差しといった器には、土をロクロで立ち上げていく成形の段階において、上昇を指向することによって生ずる美の形態が確かにある。北を目指し飛翔する渡り鳥の伸びきった姿態がそこに重なる。
蜃気楼失敗作のごとく立つ 佐藤郁良
上五のあとに切れ。「失敗作」は作者と、作者を取り巻く現実の世界であり、実在しないはずの蜃気楼に完成された世界を見ている。生物としてもっとも進化を遂げたはずの人間も、その人間が作り出す現実の世界も、精緻精妙を極めようとすればするほど成功作と呼ぶには程遠い代物になってしまうことを意識せざるをえない逆説。
■寺澤一雄 「春の服」10句 →読む
■松本てふこ 「不健全図書」10句 →読む
■二輪 通 「豚の春」10句 →読む
■守谷茂泰 「春の坂」10句 →読む
■佐藤郁良 「白磁の首」10句 →読む
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2008-05-11
【週俳4月の俳句を読む】興梠隆
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