2008-06-29

林田紀音夫全句集拾読 024 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
024




野口 裕





雪片の次第に汽車を早めつつ

描写力、いわゆる写生の技法で書いた句。紀音夫の句としてどうこうと言うわけではないが、こうした句も書けるという証拠としてメモしておく。


鴉ども梅雨このごろの米とぼしき
残る日の泣けとや照らひ紫蘇濃ゆし
嗽ぐつとに啼く蝉ひとつならず

まづしさのまつわる指で早桃むく


「俳諧接心」から、「金剛」発表作品に切り替わる冒頭に置かれた四句。同じ四句が、一頁飛ばしてまた出てくる。福田基の解説によると、同じ句を何回も発表する癖が彼にはあるとのことなので、そうした例なのだろう。しかし、同じ雑誌にあまり時を置かずに同じ句を出したことになるわけで、句の内容とも相まって時代の悠長な雰囲気を感じる。一句目と四句目が、第一句集に取られている。

万才が坂みち牛をよけて来る

一句だけ取り出すと、俳句に季語の習慣的な解釈から、「万才」を「まんざい」と読むことになるが、並べられている近くの句は夏。したがって、「ばんざい」と読む可能性は否定しきれない。

句の景としても、「まんざい」が牛をよけるよりは、「ばんざい」の集団が牛をよける方が面白いだろう。「ばんざい」をしながら戸外を練り歩く集団。昔はそうした光景にちょくちょく遭遇したのだろうか。私が子供の頃の記憶をたどってもそうした光景はない。もちろん、駅のホームなら今でもたまにあるだろうが、牛はいない。



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