2008-06-15

スズキさん 第12回 パフォーマンス

スズキさん
第12回 パフォーマンス

中嶋憲武



「まったく毎日、寒いか暑いか、どっちかにしてほしいよ。体に悪いからね」
「そうっすね」と、俺は助手席で首肯した。

昼休みにスズキさんは、三畳の仏間で、テレビジョンも見ずに卓袱台に突っ伏して寝ていた。この2、3週間というものスズキさんは弁当を食べてしまうと、うとうととし始め、そのうち必ずといっていいほど、突っ伏して寝てしまうのである。時には、軽くいびきを掻くこともある。風邪が治らないといっているけれど、それだけではないような気がする。どこか悪いのではないかと思う。

昼のバラエティ番組に氷川きよしが出てきたときは、はっと起き上がり、「氷川きよしか」といって見始めた。「箱根八里の半次郎」を歌い始めると、「秋にこれ、やるわけよ」といった。なんでも秋にスズキさんの町内会のかくし芸大会のようなものがあり、去年、山本リンダのものまねをして女装までしたので、今年は三度笠に縞の合羽で刀を差し、「箱根八里の半次郎」を歌うというのである。「途中に殺陣とか入れてさ、真面目に歌ってて、最後にね、三度笠を脱いでお辞儀すると、カトちゃんみたいな、はげのズラを付けててね、それがオチになるわけよ。面白いだろ?最後にはげのズラ」といって楽しそうに笑った。

午後は雷門のちかくの和菓子屋へ納品があり、俺はこれを手伝うことになり、助手席に座った。和菓子屋の4階の倉庫へ、手提げ袋200個入りの包みを60個運び込むのだ。その包みはひとつ5キロほどあり、大きさもかなりのものだった。

和菓子屋の前へ車を停め、荷台から台車を降ろしてそのうえに包みを8個置き、1階の店の脇から入り、奥の工場の横の狭い通路を通り、工場裏のエレベーターで4階まで上がり、倉庫へ運び込むという手順で、全部運び終えるまで、この作業を繰り返すのだ。

スズキさんが、車から降ろした荷物を台車へ積み4階まで上げ、4階で待っている俺は、それを倉庫へ運び込み積み上げるという役割分担だった。

4階の暗くて狭いエレベーターホールに、小窓があり、これを開けるとごみごみと立ち並ぶビルの向うに、隅田川がきらきらと光っていた。隅田川の向うの岸に男女が座っていて、男が女の膝枕で気持ち良さそうに寝ている。のぞき窓の向うのミニチュアの世界のようだ。「立版古」という古い季語を思い出す。

エレベーターのドアが開いて、スズキさんが台車を押して出た。スズキさんは、「じゃ、まずこれを入れるための場所を作っておこうか」と言って、間口二間くらいの入口に立った。奥の倉庫とは狭い廊下で繋がっていて、廊下の右側は窓で、その前に所狭しと段ボール箱や寿司桶(寿司桶?なんのために?)、さまざまながらくた類が積まれている。左側には従業員の休むための6畳ほどの座敷があって、入口の襖には、流麗な女性の筆文字で、「ねづみが出るので出入の時に締めてね」と書かれた紙が貼ってあった。

廊下へ上がるには、一旦靴を脱いで、スリッパに履き替え、倉庫へ降りるときに専用のサンダルを履かねばならず、廊下は5、6メートルほどしかないし、やや面倒だと思っていると、スズキさんは「そこの部屋に誰もいないようだから、このまま上がっちゃおうよ」と言って、土足のまま、すたすたと廊下を歩いていった。俺もスズキさんに倣い、土足のまま失礼した。廊下は幅一間ほどだが、片側に荷物が置かれているので、すこぶる狭い。ここを蟹歩きして荷物を運んでゆくのだ。

奥の倉庫は、30平方メートルほどの広さで、コンクリートが剥き出しになっている。ここも廊下からはみ出した荷物が、そのまま流れて広がって行ったのではないかと思えるほど、シュールレアリスティックに雑然と、混沌としている。「のだめカンタービレ」ののだめの部屋の倉庫版と言い替えることも出来よう。

まず、ぱっと目に付く巨大な茶筅。壁に掛けてあるのだが、一体何に使う道具なのか、2メートルほどはあり、竹製の工芸品である。そこいらじゅうに荷物が積まれ、倉庫内を自由に行き来出来ない。L字型のけもの道のような狭い通路が、乱雑に積まれた荷物の間にわずかにある。その廻りには荷物のほかに、みかんやりんご、夏みかん、梨などの段ボールの空き箱、天井から逆さまに吊られているマウンテンバイク、スチールの棚の上に置かれた神輿時計。神輿の飾り物なのだが、人形ケースのようなもののなかに入っていて、神輿の側面が時計になっている。コーラ壜の1ダース用の赤い容器が積み重なっていたり、スキー板、カーテンレールが狭い通路へ突き出ていたりして、剣呑である。キャンディキャンディのポニーのおうちなどのおもちゃの空き箱なども散見される。漬物の樽や青いゴムホースの渦なども転がっている。

そんななかをスズキさんは、L字型の通路に沿ってずんずん進み、「このあたりに置こうか」と見当を付けた。60個が入るだけの場所を作っておかねばならぬ。積まれた荷物が崩れていたり、元からあった先に納品されていた荷物を整理しなければならぬのである。

「ナカジマくん、出来る? ぼくはその間、下から荷物用意してくるから」と聞いてきたので、俺は「はあ、出来ます」と答えた。

俺は、以前、自らの意志弱きがゆえの放蕩がたたり、親の遺してくれた貯金を食いつぶし、生活苦に追われ、引越のこともあり、前の会社の契約社員の安い月給だけでは、とてもやってはいけぬので、学生時代の先輩の助言に従い、派遣のアルバイトを始めたことがある。事務所の移転や、民間の引越、倉庫内軽作業などを土日のたびにしていたので、こういう体力仕事はお手のものなのだ。大きな声で「スズキさん、まかしといてください」と言いたい気分だった。「じゃ、それが終ったら、積んどいてね」と言って、スズキさんは下へ降りて行った。

60個を運び込み、きっちりと積み上げて作業は終了。スズキさんと一階の帳場へ行って、今日入れた荷物の確認をしてもらい、店を出た。店を出る際、スズキさんは菓子袋に入った人形焼を店長から貰った。

車のなかで二人で人形焼を食いながら、土曜日の人通りの多い雷門前で信号待ちをしていると、
「ナカジマくん、明日は句会?」とスズキさん。スズキさんには、なにかの折に俺が俳句をやっていることを話したことがある。その時、スズキさんに、おいしい夕食の出る句会がありますからどうですかと誘ってみたが、やんわりとかわされた。

「明日はどこにも行かず、部屋にいる予定です」と俺。
「やっぱり、俳句やってたら、なんかパフォーマンスをしてみたら」
「パフォーマンスすか?」
「そうそう。芭蕉みたいな格好してさ、道に立って、あなたの俳句詠みますとかどう?」
「あなたの俳句すか?」
「イッサとか名前付けてね。即興で3秒くらいでさらさら色紙に書くわけよ。そういう自己表現が大事なんじゃないの」
「イッサは誰かやっていた気がするんすけど」
「そうか。じゃあ、ニサでもサンサでもいいや」
「ニサはともかく、サンサは面白いかもしれませんね」
「まあ、ゴサがあったら困るけどね」

スズキさんの体調が今よりも悪くなったら困るけどね、と俺は思った。





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