2008-06-08

【俳誌を読む】『俳句界』2008年6月号を読む 五十嵐秀彦

【俳誌を読む】
『俳句界』2008年6月号を読む ……五十嵐秀彦

          

シリーズ:6 魅惑の俳人たち 林田紀音夫 p78-

今月の『俳句界』ではなんといっても「魅惑の俳人たち:6 林田紀音夫」を読みたい。
これまで特集されてきた俳人たちは、橋本夢道、京極杞陽、横山白虹、福永耕二、折笠美秋。そして今月が紀音夫とくるわけだから、かなり編集部としては気合の入った企画であろう。
福田基、高岡修、栗林浩の論考と、俳句抄、略年譜というシンプルな構成ではあるが、読み応えがあった。

紀音夫の弟子であった福田基の「林田紀音夫の俤 雑感風に」は、紀音夫の特徴であるペシミズムを、人生の中で右手から左手にそれを移し替えたものと捉えている点で興味深かった。

2年前(平成18年)に福田基の編纂で富士見書房から『林田紀音夫全句集』が出版されている。
それは私も出版されてすぐに買い求めて読んだ。

この『全句集』の反応はさまざまあっただろうが、紀音夫のピークが『風蝕』『幻燈』の既刊2句集に全て記録されていたことがあからさまになっている、つまりこの句集のほかに注目すべき句が非常に少なく、また、無季俳人という印象も『全句集』を読むと修正せざるを得ないのか、という印象を持った人が多かったようだ。それは私の読後感でもあった。

福田は編纂者として、この一文でそうした疑問に回答しようと思ったのだろう。

ぼくは『林田紀音夫全句集』を編纂しつつ彼の無季作家として名をほしいままにして来たその実績を毀すのではないかと思ったことは、しばしばであった。けれども、親族や弟妹のために、彼の句作の真実を網羅したつもりである。彼のイメージを毀したとする批判は、ぼくが一身に受けとめよう。と同時に思うことは、戦争とか地震とか、何か歴史的なナンセンスの時代に無季や反抗や抵抗がはびこり、歴史の流れが、それらを稀釈しているということである。彼の初期のペシミスティックな作品も、これまた真実である。もっと深くいうなれば、彼が職を得てからの、また社会的な地位を得てからのペシミスティックな作品は、彼の一種の「芸」でありあらゆる現象を自我に誘導したものである

『幻燈』以後の作品は彼が社会的に成功し戦争戦後を右手から左手に移し替えた人生の豊かな記録である

弟子として常にそばに寄り添っていた福田だから言える紀音夫俳句の真相であると受けとめた。

高岡修の「垂直の一章 林田紀音夫の作品世界」は、まさに福田が答えようとした全句集読者の感想を代表するものである。

 鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ

この有名な句を筆頭に十句並べ、《林田のつくった一万句近い作品は次に列記するただ十句のためにだけ費やされたのだと、いまの私は思う》と高岡は言う。
そして紀音夫俳句の真骨頂を、現代詩における鮎川信夫や田村隆一らの「荒地」になぞらえて《原体験である死と絶望から再生する方法としてそれまでの詩法を否定した》姿勢にあると捉える。
鮎川信夫の「死んだ男」を引用し、紀音夫俳句を「荒地」派と並べることの意味はかなり深いと私は感じた。
そうすることで紀音夫が言った「垂直の一章」という言葉の意味もわかるのではなかろうか。

栗林浩の「没後十年 林田紀音夫探訪 超季への安息」は、20頁の力作。
栗林は福田基に直接取材しこの論考を書いている。
そして第1句集『風蝕』と第2句集『幻燈』を丹念に読み込んで紀音夫の人生を追っている。
福田基が前述の論考で後半の紀音夫の句を「芸」と言っているが、栗林はそれを紀音夫と親交のあった和田悟朗の意見として挙げ、そのことに疑問を呈しているところが福田の論と対照的で面白い。
《「芸」というより、もっと根からの感情に近いところに彼の句は常にあったような気がするのである》としながら、紀音夫が実は明るい人だったという彼の周辺にいた人たちの証言の意味も考えつつ既発表・未発表句を検証していく中で、栗林は《彼の本質に根ざして生まれた彼の俳句は後半生の充実した環境になってからさえ変わらなかった。彼の俳句が「芸」なのではなく、日常の明るさがむしろ見せかけの「芸」ではなかったか、とさえ私には思えるのである》との結論を得るのだ。

《改まって紀音夫の句業を俯瞰するとき、俳壇のある過去の場面にぽっかりと紀音夫の占有する湖面が見えてくる。そこへ流れ入る川は見えない。流れ出る川もない。孤然としている》

栗林の紀音夫論には読者としての愛情がある。福田には生身の紀音夫との関係の深さゆえのフィルターがあり、そのため逆に作品への醒めた目があったのかもしれない。
俳句が文芸である限り、読者としての愛情が事実以上の真実を導き出すこともあるだろう。


   「紀音夫句セレクション」より

 夜も遺る鰯雲海を永く見ず

 妻に呼ばれ身の月光を失へる

 乳房嵩なし死者の形に落着けば

 洗つた手から軍艦の錆よみがえる

 乳母車水の暮色を遠く押す


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