2008-06-08

【俳誌を読む】『俳句界』2008年6月号を読む 舟倉 雅史

【俳誌を読む】
『俳句界』2008年6月号を読む……舟倉 雅史


●魅惑の俳人たち6 林田紀音夫  p78-

栗林浩氏の「林田紀音夫探訪—超季への安息」は20ページに及ぶ、読み応えのある紀音夫論です。その中で栗林氏は、芭蕉の有名な「恋・旅・名所・離別等、 無季の句ありたきものなり」という言葉をひきながら、林田紀音夫は俳句にとって季語は絶対条件ではないという本来の原則に従って、無季の句も有季の句も自 在に作り続けたのだと言います。また、それが可能だったのは彼が「死」「病」「地震」などの重いテーマを読んだからだとも言います。

(紀音夫は)「死」という大きなテーマに挑戦した俳人である。「死」という身近だが未知で、荘厳で、かつ自己を投影できる哀しいテーマを詠うには季語は要らなかった。むしろ邪魔になった。

地震のような大変事を詠むとき、そもそも季語は必ずしも要らないのである。

しかし、無季の句として成功しているのは、必ずしも重いテーマを詠んだ句とは限らないように思います。例えば

隅占めてうどんの箸を割り損ず

この句からは栗林氏が言うように「小市民のアンニュイな気分」 を読み取ることも可能でしょうが、大岡信が『第三折々のうた』の中で述べているように、「(人目を避けて隅に座りたい気分の日に)えりにえって、箸を割り 損じるおかしさ、わびしさ」を面白がるという読み方もあるでしょう。『折々のうた』では「春のうた」の章に収められていますが、必ずしも特定の季節の中に 置いて読む必要はなく、あくまでも無季の句として気楽に楽しめる作品なのだと思います。

一方、次のような句はどうでしょうか。

黄の廃水を河へ刺すくたびれた街

これは特集中の「紀音夫句セレクション」の中の一句として取り上げられているのですが、どうしても山口誓子の「夏の河赤き鉄鎖のはし浸る」と比べたくなっ てしまいます。「黄の廃水を河へ刺す」だけ言えば、汚れた街の情景はある程度は思い浮かぶのですが、さらに「くたびれた街」とダメを押さずにいられないの が林田紀音夫。(紀音夫という人は多くの句でこのダメ押しをやっているように思うのですが、それはさておき…)誓子の場合は、「くたびれた街」と言う代わ りに「夏」という季節を示すことで、かえって淀んだ流れを鮮明にイメージさせます。このように比較してみると、季語の働きというのはやはりバカにできない なあと思わずにはいられません。紀音夫の句も、「くたびれた街」の代わりに何か季語を持ってきたらどうだったのだろう、などとも考えてしまうのです。

また、栗林氏の文章中に有季の句として引用された中には、印象鮮明で魅力的な次のような作品があります。

手花火の手に包帯の白まじる

鶏頭の呼ぶ近道を海へ出る

これらの句は紀音夫の本来の資質を体現した句ではない、「鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ」のような無季の句こそ読まれ継がれる価値があるのだと言われそう です。確かに上に挙げたような句だったら紀音夫でなくても詠むかもしれません。しかし、これらの句もどうしても捨てがたい魅力を湛えていることは確かであ り、またその魅力が季語の力に負うところが大きいのは動かしようのない事実のように思うのです。

俳句にとって季語とは何なのか、あれこれと思いを巡らさずにはいられなくなる特集でした。また、林田紀音夫のような作家が今後どのように評価され、一万句あるという中のどういう句が生き残っていくのか、興味のあるところです。  

●俳句界雑詠  p280-

このような投句欄では、同じ句が選者によってまるで違う評価を下されるというのは決して珍しいことではないのでしょうが、今回はこんなことがありました。

ころころと音の乾ける芋の露   伊藤久見子

この句を高橋悦男氏はコラム「ここを直せば入選」で取り上げ、次のように述べています。

…「音の乾ける」はいくらなんでも無理。「ころころと音」まではいいのだからそれを生かして、ここは素直に「転がる」としたい。
(添)ころころと音の転がる芋の露


一方、中原道夫氏はこの句を特選とし、「講評」欄で次のようにコメントしています。

芋の露、即ち水分百パーセントの玉。その転がる音を乾いた音と穿つ。確かに露は芋の葉に媚ることなく不即不離の乾いた関係を続ける。

さて、自分の句が一人の先生によって添削され、別の先生によって特選に選ばれて、作者の伊藤さんはさぞかし戸惑ったのではないでしょうか。こんな事態を、 投句者はどのように受け止めるべきか。一人の選者が特選に選んでくれたんだから、このままでいいんだ…と、僕だったら考えてしまいそうですけど。

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