2008-06-08

【週俳5月の俳句を読む】上田信治

【週俳5月の俳句を読む】
上田信治
そしてとろろを食べていた



4月12日(土)
庭に出て爪切る人やアマリリス   玉簾
4月17日(木)
眼の中のごろごろとして穀雨かな  近恵
4月18日(金)
遠足の二百人はなれて三人     星力馬
4月29日(火)
昭和の日地下へひろがる喫茶店   中嶋憲武

一日十句「春や春」より。

吉田戦車の「伝染るんです」や中川いさみの「くまのプー太郎」という、いわゆる不条理4コマが、よく流行ったことがありますが、あれらの「笑い」の強度は、じつは狂気よりも多く、「生活感」によって支えられていたのだと、思います。

そもそも「一日十句」は、虚子の平句にあこがれた藤田湘子が、集中的に実践した方法ですから、その方法から『句日記』調の「平句」が生まれるのは、いわば必然。

週刊俳句の「一日十句」シリーズの句の数々も、その「生活感」のディテールの確かさと、まさにそのディテールしか語られないことによって、ナンセンス味をかもしだしています。それぞれの句を、不条理4コマの1コマとして想像してみるのも一興かと。



ピアスの穴たくさんあけて花粉症   伴場とく子

俳句は、平然と日常のスケッチであるとき、「詩」に対するアドバンテージをもっているように思います。あまりに短くて、欲が無いので「詩」らしくなる前に終ってしまう。ゆえに、詩のための詩、ことばのためのことば、つまり「作品」になることを、まぬがれうる「こともある」という意味で。

掲句。そういう人が、いたのだな、と。それ以上の深追いは禁物です。



地球一周してたどりつくキャベツの芯  杉山久子

そして、キャベツを、剥いていたわけです。



麦とろのとろろ泡立て旧端午  菊田一平

そして、とろろを、食べていたわけです、……けれど、とろろの「泡」と「旧端午」のあいだには、なにか「詩」へむかっての跳躍があるような気がしました。油断できません。



滝壺は何で溢れないのかな  PrinceK a.k.a北大路翼

これはつまり、氏の「ミヤコ・ホテル」であり「マダム コルト」であるわけで、サービス過多といえばそうでしょうが、連作というのは、まとめて読んで趣向を楽しみ、たまさか、そこに残る句が生まれればラッキーというものではないかと。掲句。このウワゴト感……どうして、この人はここまで、追い詰められてしまったのか。


伴場とく子 「ふくらんで」10句 →読む
杉山久子 「芯」10句 →読む
一日十句より
   
「春 や 春」……近 恵/星 力馬/玉簾/中嶋憲武 →読む
 
縦組30句 近 恵 →読む /星 力馬 →読む 
         /玉簾 →読む /中嶋憲武 →読む
菊田一平 「指でつぽ」10句  →読む
Prince K(aka 北大路翼) 「KING COBRA」 10句  →読む

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