2008-08-03

林田紀音夫全句集拾読 029 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
029




野口 裕





僅かなる炬燵の天へ雲還らず

「炬燵 天」で、検索をかけてみると「心中天網島」が出てきた。ほう、そういう解釈もできるかと思ったが、やはり「炬燵の天」は、熱気こもる炬燵上部のことだろう。作者が炬燵に入っているのは確かだろうが、視線が良く分からない。

雲を見上げて、ここには来ないのだ、と思っているところなのか、うつむいて炬燵を見つめながら雲が出現しないのをいぶかしんでいるところなのか。雲に、若干の「青雲の志」のようなニュアンスはあるのだろうが、そんなものはどこかに消し飛んでいる。面白い。




炭移しをりて結局手を汚す

最近取りあげた、馬穴の句、フォークの句、炬燵の句、すべて巧まざる笑いを秘めている。この句もそう。当時は、作り手も読み手も余り意識していなかったのだろう。或いは単にしょうもないと思っていたのかもしれない。男の台所俳句とでもいうべきか。


雪につつまれて学校声減らす

 昭和二十八年発表だから、ベビーブームのまっただ中か。当時の一学級の人数は50〜60人。たぶん、午前中に登校する子と、午後から登校する子に分かれている二部制だっただろう。日のある間の学校は、常に歓声が上がっていたはずだ。
 校庭に降り続く雪を眺めながら、いつもはうるさいあの連中えらくおとなしいなと、作者はニヤリとしただろうか。




粗き砂利の音もて防潮堤応ふ
低地にもラジオの巴里祭来る

雨を流すにも運河の傷つきて
低湿の地の夕映に病躯染む

海抜0メートル地帯に取材したと考えられる句を抜き出した。そこは、職場あるいは居住区。巴里祭以外は季語なしの句。しかし、背後に洪水の危機の予感が常にあり、それが句を支えている。




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