2008-09-07

林田紀音夫全句集拾読 034 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
034




野口 裕





生に追われた影絵の動き夜の工事場

「生に追われた」という、生硬な措辞があることから、失敗は明らかなのだが、惜しい。関連句、推敲した句は見あたらない。いまや、夜の工事現場も灯りが煌々として、影絵の雰囲気はなくなった。


  

鉦や太鼓で祈って下水とどこほる

なんやこれ、が第一印象。色々考えたが、鉦や太鼓と下水は関係ないのだろう。滞った下水が匂ってきたか。関連ある句は、「その日暮しの団扇太鼓を透くまで打つ」。こちらは句集収録。


  

昭和三十三年から昭和三十五年「十七音詩」発表句は、ほぼ第一句集に収められている。昭和三十六年「十七音詩」発表句に第一句集から第二句集への切れ目が入る。

雨も夜も檻となる死ななかった憲兵

戦後を生きてきた旧体制派側の人間。状況は違うがいつ何処にでもありえる話。身近にモデルがいたか。


  

焔の黒髪朝の大阪速度を増す

昭和三十六年、「十七音詩」。この句の大阪は、大都会ならどこでも良いという弱点を抱えた地名だろう。黒髪はこの場合、女性を連想させる。三鬼が、「おそるべき君等の乳房夏来る」と詠んだときの感慨と近いものがある。「速度を増す」という表現が、まったく駄目とする意見もありえるが、三鬼の句よりも遠くを見ている視線を感じる。


屋上の流体ビールと妻の声と

昭和三十七年、「十七音詩」。簡単にまとめると、「流体」は液体と気体の総称。理系の人間にとって、ごく普通に語彙として取り込まれている言葉。重力と無縁であるかのように、屋上にビールがあり、妻の声が響く。一方は、ジョッキに閉じこめられ、他方は空へと駆け上がる。ビルなどの屋上ビヤガーデンで、ビールを飲む夫婦は当時としては洒落た風俗だっただろう。


埋没のまま暮れて屈葬を肯定する

昭和三十七年、「十七音詩」。例の「いつか星ぞら屈葬の他は許されず」が、昭和三十八年「海程」発表句である。それの先行句と見ることができる。埋没を星ぞら、肯定を許されず、とする改変は興味深い。「芸としてのペシミズム」という評言が飛び出す由縁か。



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