2008-10-12

林田紀音夫全句集拾読 039 野口 裕


林田紀音夫
全句集拾読
039




野口 裕





日の当らない独楽きりきりと土を揉む


「独楽きりきりと土を揉む」、特に「土を揉む」が効果抜群だけに、「日の当らない」がなんとかならなかったか、との思いがつのる。句集未収録。


終日人に預けた顔が鏡に返る

どこかであったような表現が気になったか、句集未収録。イタリア未来派の作家ボンテンペルリの短編に、爆弾騒ぎで鏡の中の「私」が失踪し、また何気なく鏡の中に戻る、というのがある。林田紀音夫なら読んでいたかもしれない。


  

昭和三十七年、「海程」発表句に入る。

旋盤周辺の鉄いろを持ち帰る

職業現場からの句。旋盤の調子がおかしい。本体を調べるのは明日のこととして、削り屑を持ち帰り自宅で念入りに見てみよう、という情景。あるいは、材料の鉄の具合がおかしいか。それはまあどちらでも良い。

旋盤から削り出され螺旋状となった金属は、独特の虹色を放つ。虹色と書いたが、空に架かる虹のようには整然とした色合いではない。水面に浮かんだ油も同様の色彩を放つが、それとも違う。光を跳ね返す材質の違いが大きい。その色は弾んだ気分よりも、どんよりとした気分をもたらす。作者の脳裏には、家という生命体に非生命体を持ち込む、いまわしさのような感覚があっただろうか。

だが、職業人として身についた身体感覚は、それを裏切るように淡々と「持ち帰る」作業を進める。句表面の色合いは、淡いものである。


群衆の支流となって落付く椅子

群衆を、川の流れにたとえるのはいつに始まったことだろうか。既視感は免れないが、支流を持ち出したことで人目は引く。椅子が人の流れに揉まれ揉まれてようやく落ちついたような印象がある。昭和三十七年、「海程」発表句。

階段の途中の脚が女を生む

階段を上っていくと、脚があった。視線を上げると女がいた。生まれたばかりのようだ。昭和三十七年、「海程」発表句。



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