2008-10-12

スズキさん第13回 アクエリアス 中嶋憲武

スズキさん
第13回 アクエリアス

中嶋憲武



5月の連休が終わった頃から、スズキさんは体の不調を訴え、辛そうにしていたのであるが、とうとう医者へ行って診てもらったところ、老人性肺結核であることが判明し、しばらく通院しながら家で養生することになった。

医者から帰ってきて、スズキさんは「昔から呼吸器系が悪くてね」と言って、力無く笑った。なんでも、肺結核はこれまで二度ほど患っており、最初は下井草の駅前で鳩の羽毛を、むやみに吸い込んでしまったのが原因であったと、おろおろと語った。

俺は、鳩が原因で肺結核などという病に罹ってしまうものかと、少しく疑問であったので、その辺をそれとなく聞いてみたが、スズキさんは「いやもう、下井草駅前は鳩がすごいわけよ」と鳩一点張りであるので、人生にはまだまだ俺のごとき素床独乞には、預かり知れぬ道理というものがあるのだなと、風に吹かれてひとり首肯していた。

スズキさんが養生している間、社長と俺が手分けして配達やら集金やら、やらなければならないので、スズキさんが静養に入る前に、普段スズキさんが回っているお得意先のルートを知っておく必要があるということで、半日ほど、スズキさんの助手席に座って、配達のお供をした。

いつもの仲見世裏の細い路地を車で徐行していると、浅草寺にぶつかる突き当たりのところで、金髪の長身の女性がデジタルカメラを手に、なにやらしきりにアングルを狙っていた。ちょうど、細い路地が浅草寺にぶつかって、右へ折れる角の真ん中あたりにその女性が立っていて、カメラを覗いているのでこちらに気付く素振りはまったくない。スズキさんはそろそろと車を停止させ、気付くのを待っていた。女性がカメラから目を離し、こちらに目を向けると、フランス語と思しき言葉でなにか言って、脇へよけた。

スズキさんは窓から顔を出し、その女性へ「ソーリー、ソーリー」と言って、徐行を始めた。「ソーリー、ソーリー、ひげソーリーなんてね」と独り言のように言って笑ったので、俺も笑った。

そこからちょっと行った先の、自動販売機でコーラなどを買って飲み、小休止するのが通例であったので、スズキさんは車を停め、俺に小銭入れを渡した。いつもここでスズキさんに飲み物を御馳走になっているのである。俺はスズキさんに「なにがいいですか」と聞くと、スズキさんは「アクエリアスがいいかな」と言った。

自動販売機でアクエリアスとコーラを買って車に戻り、アクエリアスをスズキさんに渡し、通常であればスズキさんは、紙パックのマンゴージュースを所望するので、アクエリアスなんて珍しいですねと言うと、なんでもアクエリアスには、点滴と同じ成分が含まれていて、医者に薦められたのだそうだ。

それから、言問橋を渡り向島に入り、隅田川畔の和菓子屋へ寄り、昨日俺が刷った熨斗紙を納品して、京島、八広などのくねくねした道を行き、1軒。そこから旧中川を越えて江戸川区へ入り一之江、瑞之江、松江、春江町、などを回り、葛西橋を渡り、江東区へ入り、南砂町、石島、冬木、深川を回った。いろいろと配達し、道順などもしっかり記憶したつもりであるが、余りにもくねくねと細い路地や、裏道を行ったりしたので、店へ戻ってきたらあらかた忘れてしまっていた。

戻ってきて俺は残っていた印刷の仕事をし、スズキさんは注文のあった品物を車に積むと、ふたたび配達に行った。

機械を回して、印刷の出来をチェックしていると、背後を誰かが通った気配がしたので、振り向くと誰もいなかった。確かに人の気配がしたが、誰もいない。イクちゃんか?

イクちゃんとは、以前ここで機械を回していた職工のことだ。18で入社してきて、40年機械を回していたのだとか。俺はイクちゃんとは一面識もないが、みんなそう呼んでいるので、「イクちゃん」と記憶している。イクオとかいう名前だったような気がする。アル中で体を壊し、入退院を繰り返していたが、一年ほどまえに亡くなった。その後釜が俺だ。イクちゃんが俺の仕事ぶりを見に来たのかもしれない。そう思うと、どこかその辺の物陰からイクちゃんの視線があるような気がしてきた。伝え聞く風貌をぼんやりと思い浮かべながら、機械に向かっていた。

5時過ぎに戻ってきたスズキさんは、手早く片付けると作業着を着替えはじめた。

「ナカジマくん、じゃあ頼むね」と言って、スズキさんは帰った。スズキさんはそれから3週間くらい休んだ。





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