2008-10-12

〔週俳9月の俳句を読む〕菊田一平 光って立つ言葉〔前篇〕

〔週俳9月の俳句を読む〕
菊田一平
タイトル考 …光って立つ言葉 〔前篇



俳句を始めてすぐに入会した会では2、3句欄から先に進むと掲載句にタイトルがついた。巻末の綴じ込みはがきで投句した6句から主宰が5句抜き、タイトルをつけて掲載された。タイトルつきの句が掲載された号を手にしたときは嬉しかった。タイトルがついただけで、拙句がいかにも作品という表情をかもしだす。タイトルの効果につくづく感心した。

タイトルのつけ方が上手い作家に山本周五郎がいる。「さぶ」「ちゃん」「あだこ」「ちいさこべ」「やぶからし」「落葉の隣り」「その木戸を通って」「つゆのひぬま」……思い出すだけでぞくぞくする。

小説やエッセイのタイトルと違って俳句は掲載句のなかの「光って立つ」言葉を選んでタイトルとするのが一般的だ。毎月の掲載誌を読みながら主宰のタイトルのつけ方にはパターンがあることに気がついた。ひとつは掲載された5句のうちで最も出来のいい句からとられている場合。もうひとつはほどよく作者の個性がでている句からとたれている場合。このふたつだ。

初めて自分でタイトルをつけたのは、その会の新人賞に応募したときだった。はるか昔のことなので20句の通しタイトルをなんとつけたかは覚えていない。けれども20句全体を見渡すような、それでいて山本周五郎のように簡潔で個性的なものにしたいという気負いだけはあった。

以来、自作を発表したり、総合誌の賞に応募するたびにタイトルには頭を悩ました。けれどもそれでいてこの作業はなぜか楽しい。多分、ひとりわたくしだけではなく、誰しもが経験していることに違いない。

だからどうだというわけではないけれど、「週俳9月を読む」は作者が拠ったタイトル命名の句とわたしが魅かれた句に注目してみた。

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桑原三郎「ポスターに雨」

地芝居のポスターに雨横なぐり

「地芝居」のポスターというからには多分主催者側の作製した手描きのポスターに違いない。例えば中央に墨文字で「小鹿野歌舞伎」と大書してあり、やや小さく日時と場所、演目が続いている。時おり、風にあおられた横なぐりの雨が、激しい音をたててポスターに吹き付け、雨に濡れたポスターの墨文字がかすかに滲んでいる。作者はこの横なぐりの雨を「ポスターに雨横なぐり」と簡潔に表現した。「に」の巧みな使い方と「横なぐり」で止めた歯切れのよさが台風一過の青空を予感させる。掲句の奥から芝居の開始を告げる昼花火が、秋空高く鳴り渡る音が聴こえてくる。

平成永し芋蔓にいもの花咲き

昭和天皇が下血したと報じられてから亡くなられるまでの半年間はいつもぴりぴりしていた。その頃広告部の内勤をやっていて担当雑誌を持っていた。天皇陛下崩御の場合、広告主は喪に服し、一定期間TV、新聞、雑誌等への広告掲載を自粛する約束になっていた。あらかじめ代替の広告の用意はしているもののその瞬間の見極めを誤ってはならない。週末になるとしばしば仮眠室に泊り込んだ。新しい年号は「平成」に決まったと小渕幹事長が重々しく発表するのを見ながら、「昭和」に馴染んだ身にはなんとなく薄っぺらな命名のようにも思えた。その「平成」もすでに20年。「いもの花」がどんな花か知らない。が、夕顔やとろろ葵のように、淡くてはかなげ花なのではないかと想像する。その質感と「平成永し」の作者の感慨がたゆたうように溶け合っている。

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中村十朗「家に帰ろう」

家に帰ろう桃が腐つているよ

程度の差こそあれ男はみんなマザコンだ。が、十朗さんほどお母さんに慕情を抱きつづけているひとはまずいない。

「おふくろはさあ」と、彼の愚痴っぽい話を聞いたのは、第一句集『荒川くん』が出たすぐあとのことだった。「若いとき大部屋女優で苦労して……、オヤジで苦労して……、兄弟みんな出来が悪いからこどもで苦労して……」。句集の中の「耳遠き母にポインセチアと告ぐ」を引きながら、「十朗さんはいつまでもお母さんと居られて幸せだ」とでもわたしがまぜっかえすようにいったのかもしれない。「この句集だっておふくろに喜んでもらいたいから出したんだよ。他にたいした事できるわけでもないし……休みにどこかに連れて行ったり、こんなことでしかおふくろを喜ばせることはできないんだよ」。酔いに任せて互いにいいたい放題をいったり、いい淀んだ話も、酒が覚めたらもうあらかたは忘れてしまった。

そのお母さんを見たのは亡くなった通夜の席の祭壇に飾られた遺影の写真だった。若い頃女優だったというだけあってわたしが知る限りの誰の母親よりも品があってきれいだった。「ああ、このお母さんならなあ」遺影に手を合わせながら得心するところがあった。

「桃」の句は、お母さんとの過去の実景に違いない。なにかの事情があって家を出たお母さんが、十朗さんを連れたまま夜になっても家に帰ろうとしない。不安になって「おかあさん」と呼びかけ、「おうちにかえろう」と泣きべそをかいたその日の記憶をそのまま句にしたのではないだろうか。帰ろう、という理由付けは「桃が腐る」でなくてもいいのだ。「カナリア」でも「金魚に餌をやらなければ」でも……突き放したようなつっけんどんな言葉の裏に、十朗さんの泣き出したいような「苛立ち」と「不安」をひしひしと感じとることができる。

星飛んでアトムの親は二十世紀

TVの出現は昭和のこどもたちにとって科学の最先端のできごとに思えるほどの驚異だった。それ以前の娯楽の主流は月刊のまんが誌。思い出すだけでも「日の丸」「少年」「ぼくら」「冒険王」「漫画王」「野球少年」「少年画報」と浮かんできてこの他にもいくつかあった。「鉄腕アトム」は光文社の「少年」に連載されていた。けれども「少年」で「鉄腕アトム」読んだ記憶はおぼろだ。「鉄腕アトム」の人気が爆発的に上昇したのはTVアニメ化されて谷川俊太郎の作詞した主題歌とともにお茶の間に流れてからだった。雑誌と映像のふたつのメディアがミックスした最大の産物が「鉄腕アトム」。「アトム」こそ科学の時代の二十世紀が生み出した最大のヒーローだった。と同時に、二十世紀は十朗さんが十朗たり得て最も輝いていた時期でもあった。

あれから空をたくさんの星が飛んで、時代はすでに二十一世紀に突入している。




桑原三郎 ポスターに雨 10句   →読む
中村十朗 家に帰ろう 10句    →読む
池田澄子 よし分った 10句  →読む
武井清子 笹山 10句  →読む
さいばら天気 チェ・ゲバラ 10句  →読む

3 コメント:

音彦 さんのコメント...

「芋の花」の「芋」は俳句では里芋のことのようですね。
里芋の花は珍しいようで、私も実物は見たことがありません。
この秋の話題になっているのが、里芋の花。ググってみると100,000件も記事がヒット。多分そのほとんどが、花が咲いてびっくりという内容のようで、「温暖化で、熱帯原産の遺伝子が目をさましたのでは」と農事専門家が語っています。三郎さんはいちはやくそれを捉えてのではないかと推察しています。
参考になればと書きこみました。

後先になりましたが、「タイトル考」はたしかに、おっしゃるとおりで、共感や大です。

hukosanbo さんのコメント...
このコメントは投稿者によって削除されました。
音彦 さんのコメント...

追伸
先のコメントで「いもの花」を「里芋の花」としたのは、どうも私の早とちりのようです。
「芋蔓」がありますから、サツマイモのことですね。となると一平さんのおっしゃるとおりだと思います。
「三郎さんはいちはやくそれを捉えてのではないかと推察しています。」は撤回します。
よろしく、ご海容のほど。