2008-10-05

〔週俳9月の俳句を読む〕鈴木茂雄 最後のひと頷きの仕草

〔週俳9月の俳句を読む〕
鈴木茂雄
最後のひと頷きの仕草



よし分った君はつくつく法師である  池田澄子

俳人・池田澄子というと誰もが思い浮かぶのは「ピーマン切って中を明るくしてあげた」「じゃんけんで負けて螢に生まれたの」「月の夜の柱よ咲きたいならどうぞ」「初恋のあとの永生き春満月」「青嵐神社があったので拝む」「想像のつく夜桜を見に来たわ」「腐みつつ桃のかたちをしていたり」等々の、独特な文体と俳句的見方で描き出した日常の断面を、あるときは詳細図にして、あるときは拡大図にして読者に提示するという、その意表を突いた詩的手法を用いた反(アンチ)写生俳句だろう。

その池田澄子という俳人を語るときに念頭に置きたい作品が、わたしにはひとつある。「忘れたや五十年見し四季の景」という句だ。どの句集に載っていたのかいま調べるいとまはないが、この一句には池田澄子という俳人の俳句観がある。季語というたんに季節現象を表すコトバの意味には囚われたくないが、雪月花に代表される季題という伝統的情趣の呪縛からは逃れがたい俳句という詩形と向き合う姿勢がある。

もうひとつ。「的はあなた矢に花咲いてしまいけり」という作品だ。わたしは長い間、この「的はあなた」という口語調で始まり、「しまいけり」と文語調で終わるこの作品は、いわゆる恋の句だと思っていたが、つい先日出版された評論集『休むに似たり』(ふらんす堂)を読んでいて驚いた。【(略)そして、この世の俳句に出会った。現れるかもしれない未だ見ぬ俳句を思うと心が躍った。それは切なくて恋に似ていた。「的はあなた」と呼びかけている「あなた」は、恋しい私の未来の一句。遥か彼方(あなた)に隠れて私を待っている一句。】と、恋には違いなかったが、それはまだ見ぬ俳句への想いだったのである。この作品もまた彼女の俳句を語る上で忘れてはならない一句になるだろう。生来の詩的感覚が選ぶべくして俳句というこの詩形を選ばせたことを窺わせる一文だった。

さて上掲の句について。この作品はまさに池田澄子の俳句だ。「よし分った、君はつくつく法師である。」と、まるでつくつく法師と面と向かい合っているようで、その面と向かった相手が何度も何度も繰り返すその主張を受け入れる作者の姿を想像すると、おかしくて思わず笑ってしまった。「法師」という連想からまるで大きな荒くれ男を見上げるように、腰に手を当て足を大股に開いて、つくつく法師の鳴いている大きな木を見上げている作者の姿が見えたからだ。それも執拗に自己主張する相手に根負けしたからというのではなく、相手の話に耳を傾けてウンウンと頷いている作者に一途で真剣な幼い少女の面持ちが重なって見えたからである。

「よし分った」というのは何度も何度も頷いたあとの、最後のひと頷きの仕草でもあるのだ。しかも「つくつく法師」の「つくつく」には副詞「つくづく」が見え隠れする。「君は、つくづく(しんから)つくつく法師である。」と。そう言ったとたんにつくつく法師の鳴き声は止み、辺りは静寂につつまれたことだろう。一読、歳時記から取り出した季語を兼題として詠んだ作と思われるかも知れないが、この句は紛れもなくつくつく法師と作者との一期一会の作品だ。

そう思うのはわたしにも同じ体験があったからである。わたしの場合はつくつく法師ではなく殿様飛蝗だった。こんなところでしかも自作を持ち出すのは甚だ恐縮なのだが、その「殿様飛蝗」に出会ったとき「よしわかった(とは言わなかったが)、きみはたしかに殿様飛蝗である。」と、その威風を認めたことがあり、その堂々とした容姿をどう表現しようかと思い巡らしているうちに、「どの角度からも殿様飛蝗かな」という句を授かったことがあるからである。余談だが、それまで机上派だったわたしを吟行へと駆り出してくれたのは、一見、机上派そのものと思えるインターネット俳句結社「きっこのハイヒール」を主宰する横山きっことその句座の仲間だった。机上派と思われるこの作者もまた案外吟行派の人に違いない。共感を覚える所以である。



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