林田紀音夫全句集拾読 042
野口 裕
乳児は眠りの海に傾く魔法瓶
昭和四十年「海程」発表句。長女誕生の句が二十句近く続くが、この一句にしておく。
乳児が体温を恒常的に保っている。そのことの不思議さを「魔法瓶」と表現した。この発想は紀音夫好みだろう。
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遠い軍歌の日没影の幼児を追う
昭和四十年「海程」発表句。喚き散らすように軍歌を放吟する酔漢には事欠かなかった時代。作者の目は、夕日にシルエットとなった幼児を追いかける。雑音の中からかすかに響く短波放送を探し出しているようだ。
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野犬の眼に棲み鬱々と血流す父
昭和四十一年、「海程」発表句。六句あとに、第二句集収録の
火のガラス吹く瞳孔にけものを飼い
がある。同じような発想が並ぶのを避けて句集からは外したのだろうか。野犬の眼に映るのは父に似てきた自分の姿だろう。昭和三十六年の「海程」発表句にも、
息かけて拭く記憶の父を映す硝子
がある。この句も、句集収録。
外した意味は分かるが、二句を外し一句を残す選択肢はなかったのだろうか。
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昭和四十二年「海程」発表の四十句中、三十六句が句集収録。また、昭和四十三年「海程」発表四十句中には、三十二句。特に取りあげる句なし。
雨に軋むタイヤ他郷の暗黒負い
薄くひらたく寝につくテロの暗さの夜
禽獣に雲走る日の身近かな砲火
重火器の暗さの夜に湖染まる
昭和四十四年「海程」発表句。二句目、三句目が句集収録。どの句も戦争の影を引きずっていると言えるが、その戦争は、昭和四十四年という年代を考えると、時間的に隔たる第二次世界大戦よりも、空間的に隔たるベトナム戦争のように思える。隔たった危機を身に引き受けようと、あるいは感じ取ろうとする努力。
そうした観点から見ると、視覚偏重の二から四句目よりも、句集未収録句だが聴覚を刺激する一句目が印象的である。
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2008-11-02
林田紀音夫全句集拾読 042 野口 裕
Posted by wh at 0:14
Labels: 野口裕, 林田紀音夫, 林田紀音夫全句集拾読
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『林田紀音夫全句集』(福田基編。富士見書房・5500円)には、「公刊されている二句集全収録」、と、残りぼぼ9000余句の句が収録されています。「句集になっていないが、同人誌(海程。花曜」など。総合誌「俳句」「俳句研究」などに発表されたもの」「いわゆる未発表句でそれも完成体か草稿段階か、わからぬ句」と思われるものも収録されています。
これら、未刊行の句については、作家が生前公開して欲しい、といわれたものではないようです。しかし愛弟子であり編集者の福田さんにすれば、キチンと整理されて今すぐにでも刊行に取りかかれるような形で、そこに置いてあった、ということです。
もうひとつ、特筆すべきは、この膨大な遺句には、そのつもりになれば、いわゆる「有季定型俳句」に分類できるものが相当数ある、というより晩年には「無季俳句」を探すのが困難なほどであった、ということです。
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この句集刊行とその編集のしかたへの是非については、私は直接間接にいろいろな意見を聞きました。
どの意見もある程度は正当です。しかし。刊行そのものをやめることはできなかっただろう。と思います。
私は、この「全句集」(「全・句集」:ではなく、「全句・集」です。)の意義をみとめるひとりです。戦後俳句といわれる新興俳句の作家がどういう言う葛藤をひきづって、俳句詩型の根本に関わる領野を「生き抜いたのか」、それが重層的にかつ人間的に示されているからです。そういう風に読むことが、林田紀音夫を理解する鍵になるはずです。
わるのりして長くなってもご迷惑なので、ここらでひとまずコメントをやめますが、野口裕さんと一緒に読書会をやっている者としては、彼の頑固さにあきれながら、しかし林田紀音夫の句に対する無償の関心と優しさには感動します。一緒に一冊の本を読む醍醐味があります。(野口流が、全部正しいといっているわけではありません)。ここの読者のかたがたに、もし似たような関心が湧いたなら、どうぞ、さいばら天気さんの編集感覚がいきているこの欄と、えんえんとつづくかもしれない野口裕の「紀音夫読み」につきあってくだされば、有り難いことだと存じます。
11月9日の紀音夫読書会のお知らせを掲載してくださった天気さんほか編集部に感謝します。 (堀本 吟)
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