2008-11-02

〔週俳10月の俳句を読む〕相子智恵 さまよう島

〔週俳10月の俳句を読む〕
相子智恵 
さまよう島

 蒹葭 よしとあし
美しき島(フオルモサ)は露原隠れさまよふ島  高山れおな

高山れおな氏は、詩歌文藝誌「ガニメデ」43号に「九州前衛歌 『詩経国風』に寄せて」という、百句の大作を詠みおろしている。

中国最古の詩篇『詩経』の中の、各地の古代民謡を集めた「国風」に収められた百六十篇の詩、その一篇ごとに一句を和してゆくスタイルだ。

「九州前衛歌」百句の中には、美しい句がいくつもあり、そしてその中のいくつかは、なんというか、ぞっとするほど美しかった。清らかなものも禍々しいものも、まるごと抱え込んで混沌とした、根の太い美というか。

その百句を読んで、どうしても『詩経』が読みたくなり、思わずアマゾンで本を2冊、衝動買いしたほどだ。

そして今度は「詩経国風」と一緒に読んでみた。

詩の世界から俳句への跳躍の具合が、なんだかやっぱり飛んでいて、こう来るかと非常に面白かった。「国風」に想を得ながらも、明らかに異質な世界なので、原典にあたっても俳句が色褪せることはない。

「ガニメデ」では『詩経国風』百六十篇に寄せたうちの百句(正確には九十九句)しか読めなかったので、今回「共に憐れむ 詩経「秦風」によせて」で、また続きを読めてうれしい。

さて、掲句である。

せっかくなので、まずはこの句のもととなった『詩経国風』の「秦風」に収められた「蒹葭(けんか)」という詩の訳から読んでみたい。

引用元は、白川静『詩経国風』(東洋文庫)と、目加田誠『詩経』(講談社学術文庫)である。

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蒹葭(あし草) 白川 静 訳

一.

蒹葭蒼蒼 白露為霜  あし草は蒼々として 白露は霜と結びたり

所謂伊人 在水一方  この神にます方(かた)は 水のかなたにあらはるる

溯洄從之 道阻且長  こぎのぼり追はむとすれば 道けはしくてへだたれり

溯游從之 宛在水中央 こぎゆきて追はむとすれば さながらに川のさ中に

二.

蒹葭萋萋 白露未晞  あし草は萋々として 白露はなほしとどなり

所謂伊人 在水之湄  この神にます方は 水のほとりにあらはるる

溯洄從之 道阻且躋  こぎのぼり追はむとすれば 道けはしくてのぼりたり

溯游從之 宛在水中坻 こぎゆきて追はむとすれば さながらに川の中洲(なかす)に

三.

蒹葭采采 白露未已  あし草は色づきて 白露はなほ残りたり

所謂伊人 在水之涘  この神にます方は 水のほとりにあらはるる

溯洄從之 道阻且右  こぎのぼり追はむとすれば 道けはしくてめぐりたり

溯游從之 宛在水中沚 こぎゆきて追はむとすれば さながらに水のなぎさに


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蒹葭(けんか) 目加田 誠 訳

一.

蒹葭蒼蒼 白露為霜  兼葭(あし)の葉は蒼々(あおあお)として 白露はいつかおく霜

所謂伊人 在水一方  あわれわが思える人は 大川の水の彼方に

溯洄從之 道阻且長  川のぼりゆかむとすれば 道とおく至りもやらず

溯游從之 宛在水中央 川くだりゆかむとすれば おもかげは水のさ中に

二.

蒹葭萋萋 白露未晞  兼葭(あし)の葉は萋々(せいせい)として 白露はいまだ晞(かわ)かず

所謂伊人 在水之湄  あわれわが思える人は 大川の水の湄(ほとり)に

溯洄從之 道阻且躋  川のぼりゆかむとすれば 道とおく至りもやらず

溯游從之 宛在水中坻 川くだりゆかむとすれば おもかげは水の中洲(なかす)に

三.

蒹葭采采 白露未已  兼葭(あし)の葉は茂り茂りて 白露はいまも已(や)まず

所謂伊人 在水之涘  あわれわが思える人は 大川の水の涘(ほとり)に

溯洄從之 道阻且右  川のぼりゆかむとすれば 道とおく至りもやらず

溯游從之 宛在水中沚 川くだりゆかむとすれば おもかげは水の中沚(なかす)に

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白川静はこの詩を「水の女神を祀る歌」としていて、それが訳に表れている。

神と結婚をするためにさすらう水の女神を、祀る者が追うものの、それをするすると逃れ、女神は神婚を果たし、祭が終わる。女神に対して「所謂(いはゆる)伊人(この人)」という漠然とした表現を用いている、と書いている。

一方、目加田誠はこの詩を「かなしく人を思う詩であろうか」と書く。

「所謂伊人」がそのまま活きている読みであろう。ただし「何か神韻縹渺たるものがあり、むしろ水中の神をすらほうふつさせる」と書いている。

個人的な好みとしては、「神」を彷彿とさせながらも「わが思える人」にとどまる目加田氏の訳の方が、素朴で好きだ。

さて、高山氏の句である。

驚くのは、さまようのが水の女神でも、思いびとでもなく、意表を突いて、「島」になっていることである。

「美しい島」そのものがさまよう、そのなんとも美しい奇想にぞくっとする。

葦に露の降りた、薄白くて茫漠とした湿地帯に浮かぶ美しい島。

たどり着きたいと願うのに、その島は意志を持つようにさまよい、隠れてしまう。この島の存在そのものに神々しさがあり、白川静が『詩経国風』に書くような「地霊」を感じる。

さて、「美しい島」をこのように、そのまま読んでもよいのだが、わざわざ「フォルモサ」と振ってあるのだから、そこを読み落としてはいけないだろう。「美しい島(フォルモサ)」は、「台湾」を指す。するとまた「さまよふ島」がこんどは、一気に現代の政治的なニュアンスを帯びてくる。

このようにこの句の中には、二重の面白さが潜んでいて、何とも楽しい俳句読み体験をさせてくれる。

題名の蒹も葭もアシの意味だが、アシを嫌ってヨシとしたことを思うと、あえてここに氏が「よしとあし」と振ったのは、この二重性の喩としての「善しと悪し」だとも思えてくる。

そこまで読むのはちょっと嵌め込みすぎか。

ところで、中西進氏の「中西人間塾」講座録に、次のような話が出てくる。
http://www.wedge.co.jp/ningenjyuku/bk_no/2005/050911/index2.html

日本文学の発句は中国の詩である。

『詩経』に「桃夭」という詩があり、それをもとに大伴家持が歌を作った。するとその歌をもとにして、小林一茶が『詩経』も含めて、このテーマの句を作った。するとまた、一茶の句をもとにして、金子兜太が『詩経国風』という句集を編んだ…。

このような流れそのものを指し、中西氏は「日本文学は連句だ」と書く。

そして、ここにまた高山氏が(おそらく明確な意図を持って)連なるのである。

そして、同時代に生きている、私のような『詩経』をちゃんと読んだこともない、ぼんやりとした読者がその句に驚き、そこからさらに「詩経という発句」に遡る楽しみを得る。

このような、大きな流れを前にしながら、伝統とは、前衛とは、私たちは何をもってそれを言うか、考えてみるのもおもしろい。私たちのいまの議論は、いかにも近視眼的な気がしてくるのだから。

おそらく「週刊俳句」の句も、「ガニメデ」の句も、それからまだ見ぬ『詩経国風』の詩に和したほかの句も、いずれはすべてが一冊にまとめられるであろう。

そしてその一冊はきっと、大きな話題となるにちがいない。


高山れおな 共に憐れむ 詩経「秦風」によせて 10句 →読む
越智友亮 たましひ 10句   →読む
馬場龍吉 いざ鎌倉 10句  →読む
福田若之 海鳴 8句 →読む
加藤光彦 鳥の切手 8句 →読む
三村凌霄 艦橋 8句 →読む
小野あらら カレーの膜 8句 →読む
鳥居真里子 月の義足 10句 →読む


2 コメント:

高山れおな さんのコメント...

相子智恵様

拙作について書いて下さいましたこと、御礼申し上げます。いろいろな意味で嬉しいです。

まずはもちろん、拙作を丁寧に読み解いて下さったことが嬉しい。まさか、詩経原典と読み比べてくれる読者がいようとは思いませんでした。一般論としては、詩経との引き合わせなどは要求しておらず、書いてある通りに読んで貰えればと思って書いております。詩経はひとつの世界を立ち上げるためのテコであり、枠組として考えております。最終的に本になればそれも見やすくなるとは考えていますが、きれぎれに雑誌に発表した段階では、いたずらに敷居が高く、面倒臭いものと受け取られることは覚悟しておりました。その面倒臭げなところを忌避せず、作者の期待をはるかに超えたところまで踏み込んでくださったのは、なんと言っても有難いことです。

一方、原典と読み比べられるのは冷や汗ものでもあります(笑)。お取り上げ下さった句は、原詩との付かず離れずの関係がわりあいうまく成立していると思いますが、ご承知のように、こじつけに近いものもあれば、単なる俳句への翻案に終わっているものもあって、出来は一様ではありません。「ガニメデ」に百句を発表する以前に、「俳句界」で一年間、同じく詩経の一連を毎月十句ずつ詠みおろす連載をしておりました。つまり百二十余句。あれやこれやと併せ、あと五十句程でシリーズ完成なのですが(既発表分の手直しは別にして)、週刊の俳句ブログなど始めたせいで、作句の時間が限りなくゼロに近くなってしまったのは誤算でした。正月休みが勝負か(笑)。金欠の問題もあり、第三句集は今のところ手が届きそうで届かない、まさにさまよえる島。

もうひとつ嬉しいのは、現在の俳句界の議論がしばしば近視眼的なものになっているのではないかというご指摘。これは自戒をこめつつ申しますが、実作者というのは(俳句に限らず、短歌でも詩でも同じでしょうが)、とかく心が狭くなりがちなもの。常に自分を相対化しつづける必要がありますが、そこに注意が向かなくなると、簡単にわかる句だけしかわかろうとしない平明原理主義のようなところへ行き着いてしまいます(少数ですが難解原理主義者もいます、もちろん)。ましてや、仮名遣いがどうとか文語体がどうとか、非本質的な部分にああだこうだこだわる連中はアホです(といった口の利き方にも心の狭さが出ていますね)。昨日、神野紗希さんとお話する機会がありましたが、相子さんにせよ神野さんにせよ、易きにつかず読みに立ち向かおうとするタフな意欲が感じられて、それが何より心強く、嬉しい。といったあたりで筆を擱きます。  十一月三日

高山れおな拝

相子智恵 さんのコメント...

高山れおな様

こちらこそ、楽しい読書体験をさせていただきました。

>一般論としては、詩経との引き合わせなどは要求しておらず、書いてある通りに読んで貰えればと思って書いております。

もちろん、私も要求されたおぼえはないです(笑)。あの百句を読んで「詩経」が読みたくなったから読み、そして、面白さをみなさんにお伝えしたくなったので、あのように鑑賞したので…。純粋に読みの楽しみです。

>「俳句界」で一年間、同じく詩経の一連を毎月十句ずつ詠みおろす連載をしておりました。

存じ上げずに失礼しました。これで私の、ぼんやり読者っぷりがわかるかと思います(笑)。またひとつ読む楽しみが増えました。しかしながら、最初に百句のスケールで読めたことも幸運だったと思います。全体から立ち上ってくる力というのが確かにありましたので。だからこそ、こういう作品はいつか一冊にまとめられてほしいものです。

>現在の俳句界の議論がしばしば近視眼的なものになっているのではないかというご指摘

紀元前の「詩経」と今との2000~3000年の繋がりに思いを馳せたら、とても広やかな気持ちになり、書いてしまったもので、指摘と呼べるほどのことでは…。ただ「相対化」というか、「開く」ということはいつも頭のどこかにはおいておきたいと思っています。そうでないと何か面白いものを掴み損ねてしまいそうなので。一方で、確固たる考えを持つことにも憧れます。そのためには、たとえ今はどんなに拙い考えしか持てなくて、誰かの影響を受けた結論しか出せなくても、一つ一つ自分で読んで考えていくことですかね。そうすればきっと50年後ぐらいには、自分が持てるようになっているでしょう。

   ***

最後に、「週刊俳句」を読んだり、書いたりしているみなさまへ。
リアルタイムなコメントが苦手なので、今まで書き込んだことはありませんでしたが、読んでいます。
(なんとなく読んでいることを伝えてみたくなりました。)
それでは。

11月6日
相子智恵 拝