2008-11-02

〔週俳10月の俳句を読む〕西村薫 近寄れそうで近寄れない

〔週俳10月の俳句を読む〕
西村薫

近寄れそうで近寄れない


たましひ    越智友亮

制服の折目正しくして秋思

よほどの高熱でもないかぎり、登校することが当たり前だった学校
今から思えば、目には見えないけれど閉鎖的で高圧的な学校だった
人の目を気にすることはとてもよいことだ
でも過剰な自意識は自由をうしなう
自分を過大にも過小にも評価しないことは、むずかしい

林檎にへた地球に地軸かつ引力

平凡な発想のダメ押しと思えるような「かつ引力」がやんちゃで面白い

ひかりつつことばは声に水の秋

ことばが言霊になって光りだす水の惑星ということ


い ざ 鎌 倉    馬場龍吉

この風は都へかよふ稲子麿

線路は日本全国津々浦々につづいていると思えば、心がやすらぐ
だからではないが、稲子麿の気持ちがわたしはよく分る
稲子麿はイナゴを擬人化したことばだ
新奇を衒うことなく傍題を効果的に詠んだ次の句を思い出した
裏山に鬼の子の棲む暮色かな   龍吉

狐のかみそり主従はここに祀らるる

狐の剃刀はヒガンバナ科の多年草で晩夏から秋に開花するので
夏季とする歳時記と秋季とするものに分れている
独特な名と「主従ここに祀らるる」がよく照応している
「親子は一世 夫婦は二世 主従は三世」と言われるように
主従の関係は、前世、現世、来世と三世までに渡る因縁
主従関係は「恋」より重いのだ

衣ずれも律の調べのなかにかな

律の調べ(りちのしらべ)は秋風のこと、律の風とともに雅やかな季語だ
着物やドレスの裾の擦れあう音が聞こえてくるようだ


海 鳴    福田若之

会ひにゆく秋茱萸ふたつ掌に隠し

「掌に隠し」が如何にも秘密めいていい
「秋茱萸ふたつ」が「会ひにゆく」に呼応している

合鍵は銀河に浮いてゐるらしい

虚構と現実の狭間にたゆたう合鍵が詩的に描かれている

心まで菊人形として香る

「として」の解釈が難しく、そのせいだろうか
近寄れそうで近寄れない菊人形ができた


鳥の切手    加藤光彦

豊年や鳥のはばたく切手貼る

「鳥の切手貼る」俳句は見たことがあるが
「鳥のはばたく切手貼る」はない
季語の斡旋も遠からず近からずで平板から脱していると思う

鍵閉めて色の深まる秋灯

玄関の鍵又は部屋の鍵でもいい
鍵をかける前と後では心理的な閉塞感又は解放感が微妙に違う
誰からも侵害されない空間にいて
秋灯がいよいよ深まるのである

歯ブラシのどれも濃き色神無月

歯ブラシは紺・緑・赤・黄・透明なパステルカラー
ホテルの歯ブラシは白
神無月の解釈に悩むが、この句の眼目は「どれも濃き色」


艦 橋    三村凌霄

赤い羽根まづ弟を前に出す

これも長幼の序ということか

割引券ばかりの財布豊の秋

「ポケットの奥に十円豊の秋  小野あらら」
の句と作り方が似ている
季語の斡旋が巧みで遠い呼応がある

朝寒の急須に茶葉の踊りけり
「茶葉」の音が一句にリズムを生み「朝寒」の様子を巧く伝えている

カレーの膜    小野あらら

栗飯に栗の形の残りけり

10月12日付け読売新聞の「四季」長谷川櫂紹介の
栗飯に黄金の栗を掘り当てる    福島勲
を読んで大いに共感したばかりだが、
この句にも感心させられた

種なしの葡萄の小さき種を噛む

植物ホルモンの一種で、細胞の分裂を早める薬につけて種なし葡萄を作るらしいが
種の形骸のようなものを舌先に感じ、愛しむように噛んでいる

秋の暮カレーに膜の張りにけり

すっかり冷めて表面に膜が張ってしまったカレー
外界と境をなしている薄い皮膜を目の前にして秋の夕暮に思いを馳せている
「秋の暮」に「カレーの膜」を結合させるという荒業に驚かされる



高山れおな 共に憐れむ 詩経「秦風」によせて 10句 →読む
越智友亮 たましひ 10句   →読む
馬場龍吉 いざ鎌倉 10句  →読む
福田若之 海鳴 8句 →読む
加藤光彦 鳥の切手 8句 →読む
三村凌霄 艦橋 8句 →読む
小野あらら カレーの膜 8句 →読む
鳥居真里子 月の義足 10句 →読む


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