スズキさん第14回 20ワット
中嶋憲武
熱とひかりの白い夏は過ぎ去って、秋になった。
スズキさんの体調もすっかり回復し、最近では医者にも通っていないという。夏の間は、昼飯のときによく薬を嚥んでいたが、もう薬袋をがさごそとすることも無くなった。
昼飯は、仏間でスズキさんと俺、テレビジョンを見ながら仕出しの弁当を食う。決まってNHKだ。10月になって、新しい連続ドラマが始まった。双子の姉妹がいて、食事もすれば、散歩もする、恋もするといった態のドラマで、舞台が京都祇園と松江の2箇所で、スズキさんは松江に行ったことがあるらしく、「いいところだよ」といった。出雲大社が出てくると、「太い注連縄があるんだよ」というので、見守っていると、かなり太い注連縄だったので、感心して「太いっすね」というと、「ねっ、太いでしょ。太いんだよ」といって頷いた。見ていると、なんだか松江へ行ってみたい心持ちに駆られてきて、「行ってみたいっすね」というと、「行ってみるといいよ。宍道湖はいいよ」といった。スズキさんは、町内会の旅行で全国津々浦々へ出かけていて、沖縄以外はたいがい行ったことがあるそうである。だいたいいつでも幹事を引き受けているのだそうだ。
町内会といえば、今度の土曜日にスズキさんの町内会の神社の秋まつりで、奉納カラオケ大会があり、スズキさんは前から決めていた通りに氷川きよしの「箱根八里の半次郎」を歌うことになって、最近、あちこちの店で衣装を買い集めているのだ。三度笠に縞の合羽と、手甲脚絆に草蛙と、大方は東急ハンズで買い揃え、あとはハゲのズラを揃えるだけとなり、納品のついでに仲見世のみやげもの屋などをチェックしているのだが、スズキさんの意に添うような品物が無く、あったとしても三千円以上するしろものであり、三度笠などでほぼ一万円掛かっているので、スズキさんとしては一万円の範囲内で収めたいらしく、今回はハゲのズラ無しでいくという方針に、一大転換した模様だ。スズキさんの演出としては、歌い終わって、最後に三度笠を脱ぎ、お辞儀すると、ハゲのズラの脳天のあたりに朱文字で、大きく「祭」と書かれてあるという寸法に持ち込みたかったようである。俺はそれは面白いっすね、と賛同していたのであるが。
当日の土曜日の昼休みに、スズキさんに「今夜ですね」というと、自宅でゆうべ衣装合わせをした話などを聞かされ、聞いているうちになんだか見てみたいような気になって「見に行ってもいいすか」と聞くと、「見にくる?」と嬉しそうにしたので、神社への道順などを聞いて、駅からどこへ行くバスに乗ればいいのかも聞いた。
スズキさんから「稲荷神社」というバス停で降りるのだと聞いていたので、バスに乗るとき、車掌に「稲荷神社、停まりますか」と聞くと、車掌は腑に落ちない顔をして、「稲荷横町でしょ?」と聞くので、「稲荷神社です」と強い口調で、立ち食いそば屋で、間違ってうどんを出され、「ソバですっ」と訂正するタナカヒロシのように訂正すると、車掌はいよいよ困った顔をしたので、「日大二高通りの」というと、車掌は「日大二高通りなら通ります」と答えたので、乗車賃を払って、重油の染み込んだような黒っぽい床を踏んだ。
停留所は、車掌のいった通り、「稲荷横町」という名前だった。バスを降りる直前、路地の奥に明かりの灯ったお社が見えたので、神社の場所も判然とした。
神社は百坪ほどの小さな神社だった。奉納カラオケ大会はもう始まっている。参道の脇に、たこ焼き屋、じゃがバタ、フランクフルト、ラムネなどを売る屋台、わた飴屋と並んでいて、反対側にぽつんとあんず飴屋の屋台があった。小さな提灯が、境内いっぱいに吊るされてあった。二三日前に、納品に向かう車のなかでスズキさんに、「ナカジマくん、祭とか縁日に吊るす提灯ね、あれ、なかに入ってる電球何ワットか知ってる?」と聞かれたので、当てずっぽうに「20ワットすか」と答えると、「おっ、よく知ってるね。20ワットなんだよ」といった。俺は別に知っていた訳ではなくて、飽くまでも当てずっぽうだったのだが、それはおくびにも出さず、「提灯見てると、もっと明るいような感じしますけどね」というと、「そう。明るく見えるよね。でも、20ワットより上だと、熱で張ってある紙が燃えちゃうらしいよ」とスズキさん。「便所の20ワットってのは、暗いんすけどね。祭や縁日の20ワットは明るいすね」と俺がいうと、「そうなんだよ。明るいワケよ」といった。
提灯を眺めながら、そんな会話を思い出していた。今日の昼の天気予報で、予報士が、「今夜は木枯らし0.5号くらいの風が吹きます」といっていた通り、すこし寒い風が出てきて、提灯がゆらゆらしていた。
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2008-11-09
スズキさん 第14回 20ワット 中嶋憲武
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