2008-11-16

スズキさん 第15回 シングルマザー 中嶋憲武

スズキさん
第15回 シングルマザー

中嶋憲武



風も出てきてうすら寒いし、ちょっと腹も減っていたので、たこ焼きを買った。

神社の狭い境内に、大音響でカラオケがこだましている。ソースをかけてもらって、屋台のおばさんにマヨネーズかけますか?と聞かれたので、お願いしますといった瞬間、たこ焼きへソースぬらぬら十三夜という句が浮かんだが、余りにも駄作で持っていた帳面にも書き付けなかった。

大きなたこの入っている熱いやつを、はふはふいいながら、下品に食べる。何もそんなに急いで食べるいわれは全く無いのだが、冷めないうちにと慌てて食べていると、くちびるを軽く火傷したようである。さえざえとした、風のなかの月をみながら食べても、火傷はいっこうに収まらなかった。

くちびるの火傷を気にしながら、本日のメインステージである神楽殿をみると、神楽殿の欄干の下に、模造紙を2枚張り合わせたものが、ガムテープで貼ってあって、出演者と、曲名が書かれてあった。出場者は30人で、いま、歌っている人は「命くれない」を歌っているから、スズキさんの出番は、とみていくと、あった。「箱根八里の半次郎」。名前は、氷川ただしという名前にしたようだ。順番がいま歌っている人よりも前なので、もう歌い終わってしまったのだろうか。今日、仕事が終わって俺よりちょっと早く、仕事場を出たからひと足違いなくらいのものなのだが、渡世人の扮装をして歌い終わってしまうには、すこし時間が合わないような感じがした。

歌が終わって、ステージへ花束を持って駆けつける女性がふたりいた。司会者が出てきたので、みるとスズキさんではない。たしか今日、前半は司会もするというようなことを聞いたと思ったが。ステージの下に貼られてある曲目をみると、「つぐない」「ラブユー東京」「天城越え」「さざんかの宿」「恋の季節」「戻り川」「さすらい海峡」といった曲名が並んでいて、30曲のうち、曲名をみて曲が浮かんでくるものが半分にも満たなかった。たこ焼きを食べ終わってしまって、所在無くしていると、神楽殿の控え室みたような場所にスズキさんが座っているのが見えた。同時に向こうでもこちらに気付き、スズキさんは右手を「やあ」というふうに挙げるとこちらへ近づいてきた。

「来てくれたんだ」スズキさんは、帰ってからすぐに着替えたのか、スーツにネクタイを締めている。
「出番、もうすぐじゃないですか」と聞くと、
「ああ、あの貼り紙に書いてあるやつは、順番通りじゃないんだよ。貼り紙では、8番目になってるけど、もうちょっと後のほうだと思うよ」といった。
「司会もね、今日はやらなくてよくなったよ」
「そうなんすか。仕事で遅くなったからですか?」
「いや、そうじゃなくてね。なんか、やってくれるらしいよ」

話していると、ふたりの女性と、かわいい小さな女の子が寄ってきた。

「あ、こちら、ナカジマくん」とスズキさんに言われて、「ナカジマです」と挨拶すると、スズキさんの奥さんと、娘さん、娘さんのお子さんという事がわかった。スズキさんの娘さんはたいへんな美人で、年の頃は三十代前半でシングルマザーであると聞いていた。「いつもスズキさんにはお世話になってます」というと、娘さんは「こちらこそ。迷惑おかけしてるんじゃないですか。いつもこうですから」と美しい眉根を顰めた。

「いいぞー」とスズキさんは、歌っている人に声を掛けた。知り合いかと思っていたら、スズキさんは全然知らない人だといった。こうやって声掛けたほうが、歌ってるほうも気分いいでしょといって笑った。歌が終わって、先ほどの女性ふたりが花束を持って、ステージへ寄って行った。スズキさんの娘さんと、お孫さんも花束を抱えてステージへ近づいている。

「あの花束ね、使い回ししてるんだよ。歌ってるほうも了解済みだからさ」とスズキさんはいった。なるほど、どうも毎度歌い終わるたびに、同じような花束を渡してるなと思っていたのだが、謎が解けた。

香具師のお兄さんたちも、狭い境内のことで、客足もだいたい一巡してしまうと、暇そうにしていたが、わた飴屋の茶色のロングヘアーのお兄さんが、ふらふらと参道を挟んだ反対側にあるあんず飴の屋台へ行き、二言三言交わすと、あんず飴を片手に戻ってくると、そのあんず飴へわた飴をくるくる巻き付け、小さな聖火のようなスイーツを拵えた。じゃがバタ屋の兄さんと冗談を言い合いながら、あんずわた飴をしゃぶっているところへ、あんず飴の兄さんが、自分の屋台を空っぽにしてふらふらとやって来た。そして徐に、じゃがバタ屋の食材から、勝手にフランクフルトを選ぶと、鉄板へ油を引いて、フランクフルトを炒めはじめた。じゃがいもも、細かく手で千切って一緒に炒めている。ちょっとした料理である。

フランクフルトのじゅうじゅういっているのを見ていると、スズキさんの娘さんが大きなプラスティックのコップに注がれたビールを持ってきて、どうぞと俺に渡した。俺はアルコールは一切駄目なのであるが、せっかく持ってきてくれたものを、無下に断ることもできず、冷たく重いプラスティックの容器を受け取った。

「歌を詠まれてるんですってね」と、聞かれたので、歌ではなくて、俳句です、と説明するのも面倒で気恥ずかしいことで、
「ええ」と返事すると、
「いつ、そんな時間があるんですか。大変でしょ?」と聞かれ、いえ、そんなことはありません、駄作ならホイホイできます。現にさっき一句浮かびました、とは答えず、
「一日にそういう時間を持つことができた日は、幸せです」と答えると、
スズキさんの娘さんは、謎めいた魅力ある笑い方をした。





2 コメント:

さんのコメント...

こんな書き方する作家いたなあ、とおもいだそうとしてなかなかおもいだせませんが、つかこうへい、・・・でもなかったなあ。


「ふーてんの寅さん」がどこかでたたき売りをやっているのではないか、と思わせました。縁日やおまつりの雑多な動きを同時に書きわける、こころよいノリのあるお饒舌体の文章、自然体(を演出したタッシャな作意?)なのが。とてもおもしろかったです。狂言回しというべきは、女性なのか書き手の中島さんなのかはよくわかりかせんが、マドンナの女性がいきいきとして、それにたいする、貴下の観察や関心もいきいきとして・・、貴下はインテリになった寅さんみたいなキャラクターでカラオケをきいていたのですね。うたわなかったの?

匿名 さんのコメント...

ご感想、痛み入ります。
なかなか評判を聞く事が出来ないので、大変ありがたかったです。
カラオケは飛び入り参加できるのは、衆議院議員の方だけで、一般人は参加できないようです、つーか、町内会の出場枠しかないようでした。