2008-12-14

〔週俳11月の俳句を読む〕五十嵐秀彦

〔週俳11月の俳句を読む〕
五十嵐秀彦
漆黒の夜空が



 夏服の医大方面明るい夜景  小野裕三

医大方面に向かう大通りから、ちょいと横丁に入ると両側に小さな店の並ぶアーケード。
これと思う店を気ままにのぞき、商品を手にとっては店主に軽口をたたきつつ、何も買わずに店を出る。
ひやかしだ。
ふと見るとガラス戸にこんな貼り紙。

 海蠃打ちの姉(ねえ)はお侠で名はお七  八田木枯

なんだか気になって八田商店に入った。

 赤わたは鐚一文もまかりまへん  八田木枯

頑固そうだがイナセな店主に、いきなり睨まれる。
負けてはならじと、馬耳東風をよそおいながら店内の様子をうかがうが、帳場に端正な様子で正坐している店主の眼光に気おされてしまった。

 老獪の白い芒になりすます    八田木枯

「おすすめは」などと知ったような風に言うと、「ああ・・・」と唸るとも呟くとも思える声で、「本日は・・・」といいながら筆字も鮮やかな品書き出すのだ。

 ふくとじる馬鹿をみるのはいやどつせ  八田木枯

 とつおいつ干鱈を噛みちぎりゐる

 鯰捕夜は付句にまどはさる

こいつはいけない。すっかり足もとをみられてしまったようだ。
椅子におろしかけた腰を上げて、「また来るよ」と言うと、「そうですか。珍しいものも入っていますがね・・・」と、それほど残念そうでもないのっぺりとした声。

 黒なまこ汝臣民啜るべし    八田木枯

道に出て、後ろ手でガラス戸を閉めるとき、中から「おい、塩、塩」という声が聞こえたような気がした。
煌々と街燈に浮き上がるアーケードの裂け目から、漆黒の夜空がのぞいていた。
・・・。
かなわねぇなぁ。



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