2009-01-18

林田紀音夫全句集拾読 053 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
053




野口 裕





前回の葱の句、炭太祇に

  はる寒く葱の折ふす畠かな

というのがあった。とすると、前回は書きすぎ。葱の持つ含意に若干の変遷がある、ということに変わりはないと思ってはいるが。


鶏の追う手のやがて夢の中

昭和五十四年、「海程」発表句。これで、昭和五十四年が終わり。「やがて」というゆるい接続、「夢」を登場させる反則技、すべてが有効に働いている。日中の出来事を夢の中で反芻しているようにも取れるし、子供の頃の思い出を思い出しているようにも取れる。時間の尺度も夢の中にとけ込んでいる。

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鬼たちの息の桜の彼方の夜

昭和五十五年、「海程」発表句。例によって、たたみかけるような叙法。桜の、ことに夜の桜に、異世界を幻視するのは常道ではあるが、「の」を連続させて緊張感を高め、幻視の世界にむりやり引きずってゆくやり方は、あまり「怪力乱神」を語らぬ林田紀音夫だけに目を引く。

 

爪半月なくて行きあう護摩けむり

昭和五十五年、「海程」発表句。爪の根元にある乳白色の部分が爪半月。無いと不健康の印とよく言われる。この俗説を下敷きにして、句の解釈が成立する。ふと手元を見たときに爪の半月がなかった、のではないだろう。爪の半月がないことを熟知して、すなわち自身の身体状況に自信がない状態だった、と思うべきだろう。外見ではわからないことを句に滲ませながら。



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