〔週俳12月の俳句を読む〕
西村 薫
発散するものは説明できない
水に影それよりあわき四国かな 大本義幸
徳島・香川・愛媛・高知の四県からなる四国地方
きらきら光る水と影
その影よりも淡いという四国
「あわき」の平仮名表示は「泡」をも連想させる
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日向ぼこ何聞かれてもうなづいて 仁平 勝
これまで「然り」を「否」と言ったことがある
または「否」を「然り」とも言った
今は、頷くことだけにするという内面深くしまい込んだ境地
いちにちを終へて蒲団のありがたし
屈託なく生きた表情をしている作品(作家)だ
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雨月なり後部座席に人眠らせ 榮 猿丸
運転席と後部座席の間でおしゃべりをしている
ふと後ろを見ると、座席に沈み込むように眠っている「人」
今宵は「雨月なり」これから、
<私>ひとりの時間に埋没してゆくのである
竹馬に乗りたる父や何処まで行く
現実の風景ではない夢の中の出来事のようだ
まるで原初の感覚に導かれるように行く無意識の父に
思わず呼びかける「何処まで行く」が還ってこない木魂のようだ
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地下道の光一本冬の夕 生駒大祐
階段を下り、薄暗い地下道を歩き、再び階段を上って地上へ出る
「光一筋」の詩的イメージとは異なる地下道
「光一本」と「冬の夕」が巧みだ
危絵や手袋草に忘れある
手袋を脱いで危絵を一枚一枚めくって見たのだろう
身体の中心が熱くなったのだろうか
手袋をすることも忘れて・・・
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虎落笛あらゆる声となりにけり 照井 翠
「虎落笛」は精霊やもののけを含める森羅万象の声なのだ
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芒から人立ちあがりくるゆふべ 鴇田智哉
芒原に分け入ると異次元の世界に迷い込んだような気分になる
神隠しにあった人間が忽然と目の前に現れたような摩訶不思議さ
ひとりづつ眠つてつはの花ひらく
幼子の温みを抱いて眠っていも、恋人の胸に眠っても
眠りに落ちるときは一人で落ちる
ぬばたまの闇に浮ぶ石蕗の花の黄
ひなたなら鹿の形があてはまる
桃の実に鏡の立つてゐる机
ほそい木に巻きつく風が神無月
あふむけに凩は削げ落ちてゆく
何かの本の、
優れた抽象画はその細部は緻密で、その発散するものは説明できない
というような文章をこれらの作品を読んで思い出したのだが、
人参を並べておけば分かるなり
と鴇田氏はいう
●
狼のふぐりに夜の来てゐたり さいばら天気
ふぐりは急所
男たるもの、否、オスたるもの一瞬たりとも気が抜けない
冬満月の下、交尾を終えた2頭は一生同じ相手に添い続けるという
寒き夜を紙のごとくに眠りたり
疲れ果てて、正体もなくぐっすりと眠ることを「泥のように眠る」
というが、この句は「紙のごとく」
無機質な一枚の紙と「寒い夜」の距離の近さに寧ろ、詩があるのだ
贋札の見本のやうな冬のともだち
つまらない道徳や常識を口にしない
手垢の付いた科白を吐かない自意識の塊のようなともだち
そう思わせるのは「冬のともだち」だからだろう
魅力的な比喩だ
■江渡華子 雪 女 10句 ≫読む
■大本義幸 月光のかけら 10句 ≫読む
■仁平 勝 合 鍵 10句 ≫読む
■榮 猿丸 何処まで行く 10句 ≫読む
■生駒大祐 聖 10句 ≫読む
■照井 翠 夜 鷹 10句 ≫ 読む
■鴇田智哉 人 参 10句 ≫ 読む
■村田 篠 冬の壁 7句 ≫読む
■上田信治 週 末 7句 ≫読む
■さいばら天気 贋 札 7句 ≫読む
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