2009-01-11

〔週俳12月の俳句を読む〕西村 薫 発散するものは説明できない 

〔週俳12月の俳句を読む〕
西村 薫
発散するものは説明できない


水に影それよりあわき四国かな  大本義幸

徳島・香川・愛媛・高知の四県からなる四国地方
きらきら光る水と影
その影よりも淡いという四国
「あわき」の平仮名表示は「泡」をも連想させる

 

日向ぼこ何聞かれてもうなづいて  仁平 勝

これまで「然り」を「否」と言ったことがある
または「否」を「然り」とも言った
今は、頷くことだけにするという内面深くしまい込んだ境地

いちにちを終へて蒲団のありがたし

屈託なく生きた表情をしている作品(作家)だ

 

雨月なり後部座席に人眠らせ  榮 猿丸

運転席と後部座席の間でおしゃべりをしている
ふと後ろを見ると、座席に沈み込むように眠っている「人」
今宵は「雨月なり」これから、
<私>ひとりの時間に埋没してゆくのである

竹馬に乗りたる父や何処まで行く

現実の風景ではない夢の中の出来事のようだ
まるで原初の感覚に導かれるように行く無意識の父に
思わず呼びかける「何処まで行く」が還ってこない木魂のようだ

 

地下道の光一本冬の夕  生駒大祐
 

階段を下り、薄暗い地下道を歩き、再び階段を上って地上へ出る
「光一筋」の詩的イメージとは異なる地下道
「光一本」と「冬の夕」が巧みだ

危絵や手袋草に忘れある
 

手袋を脱いで危絵を一枚一枚めくって見たのだろう
身体の中心が熱くなったのだろうか
手袋をすることも忘れて・・・

 

虎落笛あらゆる声となりにけり  照井 翠


「虎落笛」は精霊やもののけを含める森羅万象の声なのだ

 

芒から人立ちあがりくるゆふべ  鴇田智哉

芒原に分け入ると異次元の世界に迷い込んだような気分になる
神隠しにあった人間が忽然と目の前に現れたような摩訶不思議さ

ひとりづつ眠つてつはの花ひらく

幼子の温みを抱いて眠っていも、恋人の胸に眠っても
眠りに落ちるときは一人で落ちる
ぬばたまの闇に浮ぶ石蕗の花の黄

ひなたなら鹿の形があてはまる
桃の実に鏡の立つてゐる机
ほそい木に巻きつく風が神無月
あふむけに凩は削げ落ちてゆく

何かの本の、
優れた抽象画はその細部は緻密で、その発散するものは説明できない
というような文章をこれらの作品を読んで思い出したのだが、

人参を並べておけば分かるなり

と鴇田氏はいう

 

狼のふぐりに夜の来てゐたり  さいばら天気

ふぐりは急所
男たるもの、否、オスたるもの一瞬たりとも気が抜けない
冬満月の下、交尾を終えた2頭は一生同じ相手に添い続けるという

寒き夜を紙のごとくに眠りたり

疲れ果てて、正体もなくぐっすりと眠ることを「泥のように眠る」
というが、この句は「紙のごとく」
無機質な一枚の紙と「寒い夜」の距離の近さに寧ろ、詩があるのだ

贋札の見本のやうな冬のともだち

つまらない道徳や常識を口にしない
手垢の付いた科白を吐かない自意識の塊のようなともだち
そう思わせるのは「冬のともだち」だからだろう
魅力的な比喩だ



江渡華子 雪 女 10句 ≫読む
大本義幸 月光のかけら 10句 ≫読む
仁平 勝 合 鍵 10句 ≫読む
榮 猿丸 何処まで行く 10句 ≫読む
生駒大祐 聖 10句 ≫読む
照井 翠  夜 鷹 10句 ≫ 読む
鴇田智哉  人 参 10句 ≫ 読む
村田 篠 冬の壁 7句 ≫読む
上田信治 週 末 7句 ≫読む
さいばら天気 贋 札 7句 ≫読む

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