〔週俳1月の俳句を読む〕
茅根知子
三河屋の三郎さん
【新年詠(1)】
かがむ子をいぢめる遊び松七日 谷口智行
あ~ずきたった にぃたったにぃたかどうか たべてみよう むしゃむしゃむしゃ・・・という遊び歌があった。童歌「かごめかごめ」と同じように、鬼の子のまわりをうたいながらまわり、むしゃむしゃと食べるまねをして、鬼の子の頭を触る。頭を触られるのがとても嫌だった。
遊びは必ずしも楽しいものではなく、遊び手は時に残酷である。靴隠しで本当に靴がなくなったこと、落とし穴に落ちたこと。遊びといじめは“非で似て”いる。いじめと違うところは、みんながする側・される側になることだ。
〈松七日〉にもなれば、正月気分にも飽きてくる。集まっていた親戚の子のひとりが、こんな遊びを知っていると自慢げに昔の遊びを披露する。退屈な正月に〈いぢめる遊び〉は刺激的である。正月の明るさにウンザリしていたとき、揶揄するような正月詠として新鮮であった。
よそゆきの部屋着おろして御節食ぶ 廣島屋
「御節料理はきちんとして食べなさい」と言われたのは、過去のことである。現在は、ホテルやレストランから取り寄せ(斯く言う筆者も)、テレビをみながら、神棚も仏壇もないリビングで食べている。本来、それぞれに意味をもって作られた昆布巻き・数の子などはカタカナ料理に移行しつつある。
パジャマでコンビニに行く人がいる昨今、作者は〈部屋着〉に〈よそいき〉というポジションを与え、しかも正月に〈おろし〉たという。この“せいいっぱい感”に惹かれた。精一杯の思いが滑稽でもあり、真面目でもあり、佳句だと思う。
【新年詠(2)】
二日はや漏斗に吸はれ行く醤油 菊田一平
いつごろだろう、醤油を一升瓶で買っている時代があった。御用聞きといわれる酒屋の兄さんがもっと大きな〈醤油〉の缶から、〈漏斗〉を使って分けてくれた。それを、調理用の醤油差に移し、さらに卓上用の醤油差に移して使っていた。
現在、御用聞きの姿はほとんど見られなくなり、磯野家に出入りする三河屋の三郎さんくらいである。因みに三郎さんは山形に里帰りした三平さんの代わりである。
親戚が大勢集まったのだろうか、〈二日〉になってもう醤油がなくなった。漏斗を渦巻いて落ちてゆく、醤油の濃い色と匂い。懐かしい風景である。
石鹸に牛の絵のある初湯かな 米 男
ぎゅ~にゅ~せっけん よいせっけん……このメロディーがすぐ頭に浮かぶ人は、生年が1965年以前と思われる。ボディーシャンプーが主流となった現在、一部のドラッグストアのみで扱われている、あの「赤箱」。そういえば、わっわっわ~わがみっつ、というのもあった。洋風な女の人の人形が出てきて、歌をうたうのである。いずれもCMの映像と同時に、石鹸の匂いが思い出される。
「赤箱」を開けると、新品の白い石鹸に牛の型押し。〈初湯〉が明るくて、温かくて、幸せが伝わってくる。ささやかな幸せが伝わってくる。
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遠火事や豚は逆上がりの最中 二輪 通
一連の「豚」作品。読み進むにつれ、作品の重さ、豚の意味に気がついた。豚の皮膚は移植に使われる(*注)ほど人間の皮膚に近い。豚の皮膚は薄桃色でキレイだ。豚肉はおいしい。しかし、事実は、豚は滑稽である。デブでブスである。豚足の指が鉄棒を握って逆上がりをしているかと思うと笑っちゃうのだ。〈遠火事〉よりも逆上がり。その必死な感じが〈最中〉に表れ、より豚らしい、もしくは人間らしい豚になる。
(*注)安全性などの面で異論もある。
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獅子舞の右手の終に見えぬまま 興梠 隆
〈獅子舞〉は、舞を詠んだものや行事自体を詠んだものが多い中、掲句は〈右手〉に焦点を当て、類句がないと思う。
子どものころ、家に獅子舞が来た。やたらカチカチと大きな歯を鳴らし、「人が入っているんだよ」と言われても、本当に怖かった。そして一通りの舞を終えると、壊れそうなくらい笑う男の顔が現れた。右手には、さっきまでカチカチと歯を鳴らしていた獅子の頭。遥か昔、たった一度見ただけの記憶なのに、あの日の獅子舞を鮮明に思い出すことができる。掲句の強さと思う。
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みづならは綿虫の来る淋しい木 広渡敬雄
〈みづなら〉〈綿虫〉と淋しいものの重なり。〈淋しい木〉というさらなる重なり。饒舌な淋しさが、意外にも効果的である。作品群の中で、アクセントとなって存在している。俳句を一句として読むときと、俳句を作品群として読むときの違いを、学ぶ俳句である。
一本の杭の抜かるる枯野かな
荒涼とした〈枯野〉が目に浮かぶ。只管に淋しい。〈杭〉が抜けていたのではなく、〈抜かるる〉という故意が働くことによって、物語が見えてくる。下五の〈かな〉に余韻があり、ことさら枯野の広さが感じられる。杭を抜いた穴までをも意識するような、奥深い作品。
2009-02-08
〔週俳1月の俳句を読む〕茅根知子 三河屋の三郎さん
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