林田紀音夫全句集拾読 061
野口 裕
罐詰を切る帆走の揺れ抱いて
平成二年、「海程」発表句。缶切をヨットの帆に見立てた。「抱いて」となると、ちょっと大ぶりのパイナップル缶か。軽く仕上げた日常詠。
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橋越えて落日に遭う他人の街
平成二年、「海程」発表句。前田雀郎に、「音もなく花火のあがる他所の町」というのがある。どことなく他人の空似程度に似たところがあり、抱いている心情には大きな差がありというところ、なんとなく面白い。
湾岸の見馴れた昼の酸性雨
平成二年、「海程」発表句。おそらく「酸性雨」を使った句は初出。日常の中に入り込んだ新しい現象を、肩肘張らずに見ている。時期的に、「湾岸戦争」を意識していた、とは考えにくい。
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蜜柑剥く食後の時間薄汚れ
平成三年、「海程」発表句。茨木和生の書いたものに、冬休みの宿題として俳句を高校生に作らせると、炬燵で蜜柑というような句ばかりだった、そんな文章があったと記憶している。日常生活での蜜柑は、あまりに日常の意識と密着しすぎて詩的感興のある句になりにくい。
常に生活の細部に目を向ける紀音夫にして、ようやく鑑賞にたえる句に仕上げた、いや類想感をまぬがれていない、二様の感想を同時に生じる。いずれにしろ、抽象的に「薄汚れ」なる語を入れて、句を類型化から救う方法論は頭に入れておこう。
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対岸の灯もまた冬を終わる色
紅梅に老いざままざと日の途中
行きずりの紅梅としてつまびらか
雛飾る手をとめてまた老兆す
歩く昼横たわる夜の杉花粉
ほつほつと灯に浮くさくら老人も
眼を病めば夜が早く来る桜の樹
平成三年、「海程」発表句。いつまでも引用したいところだが、これぐらいにしておく。一句一句がどうこうというよりも、句から句への流れが面白い。連句とは違い、行っては戻り、行っては戻りして、よどみつつ海に入るうねうねとした川の流れを彷彿させる。杉花粉がワンポイント。
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