2009-04-05

林田紀音夫全句集拾読 062 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
062




野口 裕





陸橋の夕日脆弱流れる雲

平成四年、「海程」発表句。句そのものはどうと言うことはない。陸橋が好きなだなあと、ふと思ったまで。おりに触れて陸橋の句が出てくる。

現在読んでいるところは、二百二十五頁。句は、四百五十四頁まで。ほぼ半分のところで、

陸橋の弧に沿う胸の砂漠渇き (「十七音詩」 昭和三十七年)
陸橋に瞼幼く鴉追う (第二句集「幻燈」風痕 昭和四十二~四十五年)
陸橋の弧の残像を疲れて彫る (第二句集「幻燈」綾とり 昭和四十五~四十七年)
陸橋を越えて死に遇う雫の傘 (「海程」 昭和五十三年)
陸橋の真昼朱肉の疲れのこり (「海程」 昭和五十六年)
陸橋に雨の糸そのさびしさを頒つ (「海程」 昭和六十三年)

これだけの句を拾い出すことができる。

もともと、

鉄橋の下の古風な薄暮に遇ふ(「十七音詩」 昭和二十九年)

というような、橋自体に愛着を持つ傾向がある。蒸気機関車の時代であれば、鉄橋に詩情を感じる人は多かったと思う。

しかし、紀音夫は陸橋に詩情を感じるのではなく、詩情を読みとろうとした。彼なりの時代に即した対応だったのだろう。

 

弦楽器時に落葉の傷みもつ

平成四年、「海程」発表句。弦楽器の色・形態は、そう言われれば落葉に見える。句は、胸に響く曲を奏でつつある。先例がありそうにも思えるが、見つからない。

 

渚に日箭ひそかに時間減らしいて
雨溜めて砲車とおなじ轍あり
日の翳るまで戦争の沖を見る

平成四年、「海程」発表句。連作ではない。「海程」発表句をとびとびに繋ぐと、戦争に関するそれらしきものができてしまう。一句目と三句目は見事に照応しているし、泥濘のタイヤ痕からかつての日々を思い出す二句目も、句としてそれ自体独立していると同時に、一句目と三句目をうまく繋ぐ。戦争が彼の想念から去ることはなく、おりに触れて作る句が連作をなしてしまう、ということなのだろう。一句目、死期への予感をも含まれ、とりわけ印象深い。

 

緩慢なクレーン眼鏡かけ直す

平成五年、「海程」発表句。クレーンの動きは遅い。都会の喧噪に紛れ込むと、音では判断できないから、動いているかどうかはしばらくじっと見ていないと分からない。しかし、じっと見ているとこんどはクレーンが動いているのか、自分の視線が動いたのかが分からなくなってくる。しばらくじっと見つめた後、もういちど一からやり直しとばかり、眼鏡をかけ直す。気に留めなければ気にならない光景だが、気にし出すと結論が出るまで動けなくなる。クレーンを詠んでいるというよりも、クレーンを気にしている自身の視線を句にしているのだろう。



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