林田紀音夫全句集拾読 063
野口 裕
渚に日箭ひそかに時間減らしいて
雨溜めて砲車とおなじ轍あり
日の翳るまで戦争の沖を見る
平成四年、「海程」発表句。すでに論じているが、事件の発生時期と発表時期とは一年ずれつつ、湾岸戦争の頃の句になることを失念していた。補足しておく。
秤量の魚や貝や手くらがり
平成五年、「海程」発表句。画面中央に多量の魚介類がある静物画でも見ている感がある。「手くらがり」の置かれ方は、一端見えたものが隠されるように働き、読者は魚や貝の中にある「物自体」に思いが及ばざるを得ない。紀音夫にしては異色作。
●
海の燈に濃い暗闇を嚥みくだす
平成五年、「海程」発表句。ローテクかハイテクかはどちらでもよいが、「燈」は人工物である。光を生み出すと同時に、闇も生み出す。その闇には、出自ゆえに人の蠢いている感がある。空虚ではない。
紀音夫の「嚥みくだし」は、その辺に無自覚なようだ。だが、無自覚だからこそ、異様さを見張り続ける人の切迫感が生まれてくる。句に、読者は闇そのものよりも、闇を見つめる人を発見する。
●
新聞のさまざまな死のひとつが来る
風死んで海はいつもの寝足り色
平成五年、「海程」発表句。「死」の語を含む二句。自己の外側に「死」がある。晩年とは言えども、今の意識は日々の平安の内。同時発表句には、娘の婚礼に関わる句も。若かった頃、身の内にあった死の意識を回想中か。
●
眼に痛い白昼の空兵士を貼り
平成六年、「海程」発表句。空気の乾いている真昼の上空を、飛行機雲をたなびかすこともなく、ジェット戦闘機とおぼしき機体がぽつんと光っていることがある。伊丹に駐屯地を抱えている関係だろうか、阪神間ではしばしば見ることができる。作者の当時の住まいは芦屋市。そこで見たことからの感慨だろう。
●
突堤へ助走の男日々の羽化
突堤に吹奏楽の日が騒ぐ
平成六年、「海程」発表句。一句目、突堤からの投身も想像できるが、とにかく海に向かって走り出した男のイメージ。「日々」とあるので、難解になっている。上五中七自体のイメージが日々更新されるということだろうか。二句目、吹奏楽があり日がありなのか、吹奏楽のような日なのか、不明だが、この吹奏楽に作者は好意を持っていないようだ。
■■
0 comments:
コメントを投稿